1黒スーツがクビになる
それは悲しいぐらいに晴れた日のことだった。
とある工場で働いている作業員がその作業中に突然、事務室に呼ばれた。何事かと思い足を向けるとその部屋では「派遣元の担当」が座っていた。その前に長机が置いてあり簡単な書類が2、3枚置かれていた。
「まあ悪いんだがそこに座ってくれないか。」
作業員がパイプ椅子に座ると、部長は淡々と話を始めた。作業員には何が何だか分からない。いや何となくこれから起こることは予想はできる。しかしそれがなぜ自分に降りかかるのか。それがすぐには理解できなかったというのが正しいのかもしれない。
「・・・誠に申し訳ないんだが今期でね。 契約を終了ということにさせていただきたい。」
担当は何のためらいもなく淡々と、そして恐ろしいまでに言い慣れたような非常に滑らかな口調で話を切り出した。
「・・・・そういうことなんで誠に申し訳ないんだが、ひとまずここに書類を書いてもらってね、そしてここにね印鑑をしてもらいたいんだ。ああ印鑑は明日でいいから持ってきてここに押してくれ。」
呆気に取られてぼーっとしているうちに担当は話をよどみなく進めていく。
「まあ君はまだ若いんだし次は必ずあると思うよ。」
全くもって無責任な発言ではある。頭の中がまだ混乱していた。怒りでもない、悲しみでもない、驚きでもない強いて言えば戸惑いであったか。しかしその混乱の中で何か話さなくては、何か音を口から吐き出さなくては・・・。
「あのー、何か俺やっちゃいましたかね」
必死になって絞り出した言葉がそれであった。おそらくこの質問は何十回とされ、やはり何十回と答えられてきたのだろう。
「いや何が悪いというわけじゃないんだよ。派遣先のここの工場での君の評判も、総務の人に聞く限り悪くない。ただこちらの会社の状況がね、色々まあ変わる時期でもあるということでね。色々今回検討したということなのだよ。」