表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/91

光帝大陸の覇者 1

 


 尻が痛い。

 だが痔ではない。

 昨日、闇魔法の授業でリーザ先生にしこたましごかれたのだ。先生はあの優しそうな容姿からは想像も出来ないほどスパルタだった。

 いや、ドSと言った方が良かったかもしれない。


 先生も俺が魔法の基礎の基礎が出来ない事は知っていたようで、最初は魔力を集めるトレーニングから始めた。

 しかし俺は、魔力の器は大きくても要領が悪いらしく、中々コツが掴めなかった。


 俺がモタモタしていると先生は例のクローゼットから謎の鞭を取り出してきて、ニコニコしながら俺に近づいてきた。そしてその時点では何をするのか分からず、愛想笑いを返した俺の尻を思いっきり引っ叩いたのだった。


「ンヒィイイイっ!」


 あまりの痛さに俺は奇妙な声で鳴きながら床を転げ回った。どうやらそれが良くなかったらしい。


「んふふ。中々良い声で鳴くじゃない」


 先生は半ば恍惚の表情になって、その後も俺がミスする度、俺の尻に的確なダメージを与えてきた。あれはやり慣れている。被害者が俺以外にもいるに違いない。ひょっとして他に闇魔法専攻の生徒が居ないのってあれが原因なんじゃ……。


 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。俺は自分の尻を労っていた手を戻し学校の

 正門を潜った。




 見られている。すれ違う生徒たちがみんな、ギョッとした表情で俺を見ているのが分かる。それなりの人数が歩いているが、廊下の真ん中をゆったり歩む俺に誰も寄ってこず、みんな端っこを歩いている。まるで波を割って進む船になった気分だ。


 何故こんなあからさまにドン引きされているかというと、別に俺の顔にムカデとかクモが付いているからではない。

 昨日リーザ先生から渡された闇魔道士の衣装を着たまま登校したからである。

 頭から爪先までを漆黒の衣装に包まれ、歩くたび、背中のマントに描かれた棺がたなびいている。それに加えて俺は口元を頭巾で隠しているのでほとんど顔が見えない状態なのだ。


 自分で言うのも何だが不気味な事この上ない。もし俺が他の生徒の立場でも廊下の端に寄って避けるだろう。



「明日もそれ、着てきてね」


 昨日の闇魔法の授業終わり、リーザ先生は言った。


「分かりましたよ。闇魔法の授業に着てくれば良いんですよね」


 俺はズタボロになったケツをさすりながら言った。


「ううん、登校の時から着て来て」

「……え?」

「言ったでしょ。形から入らなきゃ」

「い、いや流石にそれはやり過ぎじゃ……」

「やり過ぎじゃないよ。みんなにクラウス君が闇魔道士である事を認知してもらうんだよ。そうしたら君も【俺は棺流の闇魔道士なんだ!】って気持ちになってくるから」

「いや、でも恥ずかし……」

「最初は誰でも恥ずかしいんだよ。私の友達に、外で全裸で過ごすのが恥ずかしいと思っていた人が居るんだけど」

「何で過去形なの?」

「一ヶ月も経つ頃には何の抵抗もなく外を全裸で過ごせるよになったらしいよ」

「それはただの頭のおかしい人だと思います」

「とにかく、【形から入る】のが何より大事だから。そうすれば君の心も絶対に付いてくるよ」


 と、強引に押し切られた形で俺は同意してしまった。ちなみに言っておくと、こんな格好で登校しても校則違反ではない。

 ビナー魔法学園には幾つか制服が用意されているが着用の義務は無い。これは制服を買えない貧しい生徒への配慮だとリーザ先生が教えてくれた。


 と言っても殆どの生徒は制服を着ているし、着ていなくても、こんな瘴気にあてられたようなラリった格好をしている奴なんて一人もいない。


 俺は平静を装って歩いてはいるが、ローブの中では冷や汗が噴き出ている。この格好をしないとリーザ先生に引っ叩かれるからやったものの、俺はある事を非常に恐れていた。

 怖い。この格好で歩いていて、怒られるのも怖いし、馬鹿にされるのも怖い。そして何より……。


「おい」


 低い男の声が響いた。恐る恐るそちらを見ると、艶やかな金髪に金色の瞳の男がこちらを睨んでいる。その容姿を見た瞬間、凍えるように寒くなり、全身が竦み上がるのを感じた。


 で、出たああああああ!!

 俺は今すぐこの熱苦しいローブを脱ぎ捨て全裸で逃走したい気持ちに駆られた。そんな事をしたらまた退学になってしまうかもしれないが、それでも良いと思ってしまうほど俺は目の前の生徒を恐れていた。


 金色の髪に金色の瞳はこの光帝大陸の覇者「ザビオス族」の特徴だ。そもそも「光帝」とはザビオス族の事を指すのである。

 彼らがどんな存在なのかと言うと、一言で言えばこの世界の最強種族(諸説あり)である。

 彼らの国「ザビオス帝国」はかつて世界四大陸を制圧し、ほぼ全ての国を手中に収めた強国中の強国。

 そもそも大陸を隔てたギラの言葉とマナの言語が同じなのは、ザビオス帝国によって世界の言語がザビオス語に統一されたからに他ならない。


 細かい歴史は省くが、闇の魔法使いを忌み嫌うザビオス族によって我が国は特に徹底的に破壊され尽くされた。しかしその後の大陸間戦争によってリベンジを果たすことになり、戦争が終わった今でもその遺恨は続いている。


 ギラ族は光帝大陸に渡る時、必ず変装をしてギラ族だとバレないようにするのが常だ。そうしないとザビオス族に惨殺されるからで、今まで何件も事件が起こっている。連中はギラ族を殺しても、何とも思っていないヤベエ奴らなのだ。


 何を隠そう、俺が光帝大陸に渡る上で一番恐れていたのはザビオス族に目をつけられることだ。ビナー魔法学園は外国人を積極的に受け入れている。当然、ザビオス族の生徒も多数いるのだから鉢合わせは避けられない。俺は決して目立つ真似はするまいと心に誓っていた。


 ……ところで俺は今、あからさまに闇魔道士の格好をしている。誰が見てもギラ族特有の衣装である。こんなの飢えた狼の目の前でフライドチキンが闊歩しているような状況だ。


「何見てんだよ」


 いや貴方が話しかけて来たんじゃないですか! と思ったが、男は凄みながら近寄ってくる。俺たちの周りに人だかりが出来、騒然としてきた。これは不味い。連中は暴行やリンチなら平気でやりかねない。


 この場を無傷でやり過ごせる確率の高い唯一の方法は「DOGEZA」である。土下座して「許してくだしゃいいい!」とか言いながら相手の靴を溶かす勢いで舐め続けるしかない。


 そうだ。俺は一度大人数の前で全裸になったじゃないか。あの時の羞恥心に比べれば土下座をするくらい……。

 魔法決闘でのクラウス名場面集が脳裏をよぎった瞬間、何かが心につっかえた。釈然としなかった。


 ……。


 ……いや、あの時と同じで良いのか。


 無様に愛想笑いをして、媚び諂っても嘲笑われるだけ。こっちは何もやり返さずにやられるだけ。その時、脳裏を快便のエンゲルベルトの顔がよぎった。怒りと復讐心で急激に心が滾っていく。


 また繰り返すのか? 俺は何のためにここに来た? 何のためにこの衣服を着ている? これは第十三式闇魔法の使い手である証。俺は前の惨めな学園生活を繰り返すためにこれを着ているわけじゃない。

 それが俺を決意させた。変わるんだ。俺はもう、屈しない。


「おい、テメエ何だその格好は? この光帝大陸でよくもそんなトチ狂った格好が出来たもんだな」


 男は俺の目の前まで来ている。唾が散りそうな距離だ。


「ククク……」

「あ?」

「いかにも! 我こそはクラウス・K・レイヴンフィールド! 誇り高きギラ族にして第十三式闇魔法【棺流】の正統後継者!」


 俺は力一杯声を張り、目を見開いて相手を凝視した。ピンチにおいて咄嗟に出た言葉が、今まで忌み嫌いさえしていた中二病語だった事に少し驚く。だが驚いたのは俺だけではなかったらしい。相手が後ずさった。一瞬怯んだのだ。まさか本当にトチ狂っていたとは思わなかっただろう。


「て、テメエ喧嘩売ってんのか!」


 男は俺の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。い、いやあああああああああ! 何このパワー!? 何この逞しい腕! 抱いて!!


「ククク、貴様、我がどれだけの魔力を保有しているのか知らぬようだな」

「ああっ!?」


 俺は右の掌を上に向けた。

 そこに昨日練習したばかりの魔力を集める方法を使って、魔力を貯めようと力を込める。

 しかし暫くしても、そこには何も無い。


「……魔力貯めてんのか? 何も見えねえぞ?」

「ククク……」

「何がおかしい!」

「無理はもあるまい。闇魔法とは目に見えぬ。故に闇」


 嘘ぴょん! 本当は闇の魔力も目に見えるし、手の上に何も無いように見えるのは本当に何も無いからである。そう、俺はまだ魔法を貯めるスキルを習得していないのだ!


「貴様には見えぬだろうが、今この学園を破壊し尽せるほどの闇が貯まりつつある」


 ハッタリである。そもそも俺は魔法が使えねえ!(ドン!)

 しかし効果は覿面だったらしい。男の顔に、明らかな焦りが窺える。聴衆達も事の不穏さを感じてどよめいている。


 ふふふ、焦っているな。ちなみに俺はお前の百倍焦っているぞ。もしこの嘘がバレたら即座にボコボコにされるどころか、ここにいる生徒全員から「見掛け倒しのハッタリ野郎」という烙印を押されかねない。


「上等だ、やってみやがれ!」


 男は左手に魔力を貯め始めた。白く眩い光魔法だ。「わあ、初めて見たぞ。綺麗だなあ」なんて呑気な感想は一瞬で引っ込む。あれを食らったら遺骨も残るまい。

 父さん、母さん、これでお別れですね。(2回目)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ