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閑話1 夏休みの予定

 

 夏休み前、外国人向け言語授業最後の一コマが終わった直後の事である。


「ああああああ! 暑ぃいいいいい!!」


 ニックは上半身の制服も下に着ている物も脱ぎ捨て、上半身裸になった。このままだと全裸になりかねない勢いである。


「ちょっ、ニック君! 脱がないで!」


 メランドリ先生はわたわたと両手を動かしながらニックの身体を見たり見なかったりしている。見たくないものを必死に見ないようにしていると言うより、見たくて見たくて仕方のない物を必死に見ないようにしている感じだった。

 放課後だというのに外はまだ明るく西日がガッツリ教室の中に差し込んでくる。窓を全開にしても入ってくる風は雀の涙で、籠った熱気に蒸し上げられたニックが一気に爆発したのだ。


「だって暑いんだよこの部屋! 紅花の炎魔法喰らってる方がまだ涼しいぜ!」

「アイヤー! 試しに魔法撃ってみるヨ!」

「止めて下さいお願いします!」

「ニック君! それ以上脱いだら駄目よ! ズボンとか、その、パンツとか! 絶対脱いだら駄目だからね! 絶対だよ! 良い!? 絶対に脱いだら駄目なんだからね!」


 ただでさえ暑いというのにヒートアップしている人達。本当元気だなこいつら。


「でよお! 夏休みどこに行くんだよ! とっとと決めようぜ!」


 ニックは教科書で自分の身体を扇ぎながら言った。筋肉質の身体は鋼鉄のように硬そうだ。汗ばんだ肉体が陽光に輝き、余計メタリックに見える。そんなニックを紅花はあまり気にしていないようだがメランドリ先生はチラチラ見ている。


「どこ、と言うが貴様。補修で夏休みはほとんど学校に行くのではないのか?」

「おう気にすんなそんな事!」

「気にしろ」


 と言ってみた俺も実は他人ごとではないのだ。何せ俺は元々字を書くことが出来ず、勉強自体が大嫌いだったため、期末テスト前には人生の末期のような顔をして過ごしていた。だがリーザ先生を始め、ジャンヌやルナ、そしてメランドリ先生が俺の勉強を手伝ってくれた。朝から晩まで勉強漬けで、少しでもサボろうとすると尻を叩かれた。美女に代わる代わる尻を叩かれ、とても興奮し、いや屈辱的だった。

 また勉強中はみんな俺と距離が近いので、どうしても異性を意識してしまう。四人中三人は巨乳の部類だし、ジャンヌに至っては四六時中俺の腕に胸が当たっていた。

 ちなみにメランドリ先生はニックの勉強も手伝っていたが、何の成果も得られなかったようだ。

 何にせよ、俺は二週間の猛勉強の末それなりに読み書き出来るようになったし、勉強に対する苦手意識も少し薄れた気がする。


 結果、俺は実技を除いた七科目中三科目で赤点を取るという致命傷で済んだ。

 ……まあ結果は芳しくなかったが、字を読み書き出来る様になったお陰で俺の視野は一気に広がった。いや、世界が広がったという表現の方が正しいかもしれない。掲示板に何が書かれているのかも分かる。学食のメニューも記号としてではなく文字として認識出来る。何より「本」というものを通して他人の考えに触れることが出来るようになった。今はまだ辞書を引いたり、先生に聞いたりしながら読むことしか出来ないが、知らない物を学ぶことがこんなに楽しいとは思わなかった。とても新鮮な気分である。


 俺があのまま農民として一生を終えたとしてもそれはそれで幸せだったと思うのだが、やはり魔法学園に入学して、色んな人と出会い、色んな知識を得られるのはとても幸せなことだと赤点だらけの通知表を見ながら思ったものだ。うん。俺も一か月の半分くらいは補修で持ってかれることになっている。


「ニック! そんなに暑いんなら私が水を上げるヨ!」

「お! マジか! 早くくれ!」

「待って! 今召喚するヨ!」


 ん? あれ、この流れ……。


「出て来てアキュラたん!!」



 紅花が叫ぶと、例の水魔法を使う小便小僧が出現した。だが少し、いや大分様子がおかしい。前は中型犬ほどのサイズしかなかったアキュラたんだが、今は天井に頭が付きそうなほど巨大である。


「お、おい紅花。此奴、肥大化していないか……」

「そうヨ! 私の料理いっぱい食べさせてたら太ったヨ!」

「いや太ったとかいうレベルじゃないぞ!?」

「アキュラたん! ニックに向けて発射ヨーイ!」

『了解。ターゲットロックオン』

「おい!」


 直後、とんでもない水量がアキュラたんのち〇こから出て来て教室を水浸しにしたのだった。




 ******




 うう、酷い目にあった……。

 俺はリーザ先生の家がある方へトボトボ歩いていた。夕飯を作りに行くためだ。

 歩くたびに靴がぐしゃぐしゃ音を立てるし全身が水に濡れている感覚が気持ち悪い。水浸しになった後、流石に紅花は申し訳なさそうにしていて「今度は魔法で乾かすヨー」と言っていたが、そのまま灰にされそうだったので断った。

 リーザ先生の家には着替えを一着置かせてもらっているので、一刻も早くそれに着替えたい。


「あれ、クラウス」


 振り返るとピンク色の髪をした少女がこちらに歩いてくる。制服の白いブラウスははち切れんばかりに突っ張っていて、今にも爆発しそうだ。夏服最高。


「ジャンヌか」

「何で水浸しなの? 池の鯉でも食べようとした?」

「ククク……炎の魔女――灼熱の香りに滴る聖水によりて我が身を浸す――」

「はいはい。紅花の水魔法でそうなったのね」

「ほう、察しが良いな」


 君、素質あるよ。(ギラ族の)


「私が乾かそうか?」

「いや、いい。気にするな」

「ねえクラウス、ずぶ濡れと言えば海だよね」

「そうでもないと思うが」

「海だよね」

「そうですね」


 ジャンヌはずいッとこちらに寄ってきた。俺はその圧に屈してしまう。どうせならジャンヌの胸が当たれば良いのにとかいうやましい気持ちも湧いてくる。


「全てのマナ……母なる海がどうかしたのか」

「その……」


 ジャンヌは急に歯切れ悪く下を向いた。何だろう、その様子だと何かをお願いするようだが、そんなに頼みにくいことなのだろうか。まさかジャンヌが飼っているサメなどの餌になれとか言うんじゃないだろうな。


「お父さんが若い頃、武勲を上げた時に島を一つ貰った。無人島だったんだけど、お父さんが人を使って整備して別荘を作った」


 ジャンヌはそこまで歯切れ悪く言った後、急に顔を上げた。ほんのり紅潮しているように見える。


「夏休み、そこに行こうと思ってる」

「そうか。楽しんでくると良い」


 ジャンヌの顔にさしていた紅がサッと引いた。あれ、僕また何かやっちゃいましたか? 

 不意に頬を平手打ちされた。パチン、と乾いた音と共に一瞬画面がブラックアウトしそうになる。ジャンヌの腕力からするとかなり加減をしているのだろうが、俺にとっては首が吹っ飛びそうなほどの衝撃だった。


「何をする!」

「バカなの?」

「何で!?」

「私が海に行くのは、その、一人で行くの。普段は無人島だし魔物が出るかもしれないから一人じゃ怖い」


 いやお前素手でオーク捻り潰せるだろ。この前の実地訓練で俺はお前がオーク捻るの見たぞ。

 すると急にジャンヌが俺の手を握った。その手は熱が籠っていて、俺の手はジャンヌの汗で浸されていく。近くで見ると彼女の白いブラウスからは下着が透けており、密着している今の状況と相まって、俺はかなりドキドキしていた。

 成程。ジャンヌは別荘に行きたいのか。だが彼女の地元は学園から離れているようだし、一緒に海に行く友達が居ない。海にはいきたいけれど一人で行くのは寂しい。そこで! 今回ご紹介するのが闇魔道士! 見てくださいこの艶のない身体! この貧相さと来たら小型犬にも力負けしそうな勢いですが軽くて持ち運びに便利! モンスターに襲われたら囮にして逃げるも良し! 畑に案山子として立てておくのも良し! アクセサリーとして肩からぶら下げるもよし! 今ならお値段、何とたったの1980ゴールド!

 えー、何はともあれ海に行けるというのは悪い話でない。別荘で過ごすなんて何だかお金持ちになったみたいで面白そうだし、何よりジャンヌの水着が拝めるかもしれない。ただでさえ凶悪な彼女の身体が水着だとどうなるのか、考えただけで鼻血が出そうだ。



「ククク……そうか。では仕方あるまい。ジャンヌよ! 我をその島に連れて行くが良い。我の前に敵は無し。我の後ろは屍で埋まるだろう」

「殲滅戦でもする気なの?」


 そう言うジャンヌの口角が上がったようだった。しかしすぐ元に戻ってしまったので見間違いだったのかもしれない。


「うん。一緒に行こう。じゃあ日時は……」

「そうだ、ニックと紅花も連れて行きたいのだが」

「え?」




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