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敗北者

 

「クラウス様、誰か来ます」


 ニックが鍋の下に火を起こした時、ルナが俺の手を引いた。見ると調理場の入り口から険しい顔をした男がこちらに向かってくる。

 しかし歩き方が変だ。

 歩くたびに頭を前後に動かし、まるで鶏のような動作を取っているのだ。ん? あいつどこかで……。


 男が近くまで来て、ようやく誰だったかを思い出した。初めて調理棟に来た時エンカウントした男。必死に紅花の大会出場を諦めさせようとしていたアーサーだ。


「おい紅花! いい加コケコッコー!!!」


 調理場に響き渡る、甲高い声だった。コケコッコーて、こんな時にウケ狙いか。

 とツッコみたかったが、アーサーの動きは何だかおかしい。クイックイと首を動かす様子は鶏そっくりだし、唇も少し尖っているような……。

 もしかしてさっきの鳴き声、素でやった? あいつ、まさか紅花の料理の後遺症が……。

 アーサーは俺たちにも鋭い視線を向ける。


「お前たちも紅花の手伝いなんかするな! それは殺人の片棒を担ぐのと同じだぞコケコッコ!」


 何だその語尾。


「まあ言いたいことは分かるぞ、アーサーとやら」

「お前はあの時の……」

「我が名はクラウス・K・レイヴンフィールド。第十三式闇魔法の使い手にして料理の達人」

「……クラウスとやら、俺に何か文句でもあるのか?」

「文句というほどのものでも無いが……確かに紅花はまだ魔法を制御出来ない。だが大会までに出来るようになる可能性も大いにあるだろう」

「無いね! 絶対無い! あのな! 今まで努力して全く出来るようになってないのに、この二週間で都合良く出来るようになるわけないコケ!」


 確かにコケ。

 アーサーが激しく首を前後に振って熱弁していたところ、紅花が急に割って入った。以前もそうだったが、アーサーと会うときは非常に険しい顔をしている。


「出来るようになるヨ! 邪魔しに来ないでヨ!」

「いいや、無理だね! 俺はお前の料理の被害者としてお前を止める義務がある!」

「出来る出来る出来ル!!」

「無理無理無理!!」

「出来るもン!」

「無理だもん!!」


 何なんだこいつら。


「クラウス様、私、喧嘩が怖いです」


 ルナはこのどさくさに紛れて俺に身体を密着させ、頬ずりまでしてくる。俺はお前の方が怖い。


「まあまあ」


 今度はニックが二人の間に入った。


「な、何だお前は! ちょっと身体がデカイからって調子に乗るなコケ!」


 ザビオス族の登場にアーサーも少し尻込みしているらしい。しかしニックは思いの外温和な笑顔を見せる。


「調子になんか乗ってねえよ。オメエこそ落ち着きな。オメエがそんな怒りっぽいのはよお、カルシウムが不足してるからだぜ?」


 ん? おい、まさか。


「たった今特性カルシウムカレーが出来上がったからよお! オメエ食ってけよ!」


 ニックは鍋を持ち上げ、アーサーの前にズイと突き出した。蓋の隙間からは紅い紅い湯気が立ち、コポコポ妙な音が湧いてくる。


「うっ! な、何だそれは! 刺激臭がするぞ!」


 鼻を手で覆う彼の仕草はさながらアンモニアの原液でも直接嗅いでしまったかのようだ。


「まあ見ろよ」


 ニックが蓋を開けた途端、まるで火山が噴火したかのような真っ赤な湯気が轟々と立ちのぼり始めた。恐る恐る中を覗くと、そこは何の形容でもなく、本当の地獄だった。

 全てが朱に染まり、グツグツと気泡が湧いている以外は何も見えない。


「さあ食え」

「食べるわけないだろ!! お馬鹿!!」


 そりゃそうだ。


「でもこれ紅花が作ったんだぜ」


 いや凄い嘘つきだなお前。


「な、何?」


 紅花の名前が出た途端、さっきまで拒絶していたアーサーの姿勢が急に正しくなった。


「紅花がよお、俺たちのために真心込めて作ってくれたんだぜ?」

「真心……」

「息を吹きかけながら」

「息ぃええ!?」


 何だこいつ。

 あ、もしかしてアーサーは紅花が好きなのか? だからこんなに必死になって止めようとしているんだな。

 じゃあやはりこいつはマトモな人間ニワトリだったんだな。


「なあ紅花。これお前が作ったんだよな?」


 ニックは紅花に目配せをする。紅花はニックの意図を掴みかねていたようだが、一応、コクコクと頷いて見せた。


「こんなに紅花が一生懸命作った料理を食べられないお前はさぞかし敗北者だなあ!!」

「ハア、ハア、敗北者……?」


 よせ! 乗るなアーサー!! ってこの流れ前もやった!!

 アーサーはスプーンを手に取り、鍋の中を掬う。


 彼は目の前のスプーンに溜まった赤い液体を見て躊躇していたようだが、次の瞬間、バクっと口に運んだ。

 一気にアーサのほっぺたが膨らみ、トマトのように赤くなる。

 鼻は死にかけた魚の如くヒクヒク動き、すぼまった口は今にも吐き出しそうなのを必死に堪えている。

 形容し難い苦痛に必死に耐えているのだろう。

 ここでニックが追い討ちをかける。


「一口で満足か?」


 アーサーがギョッとした顔でニックを見る。「こいつ正気か」と顔面で訴えているようだ。いや本当に正気かニック?!


「じゃあ後は全部俺が食っちまおうかな。この紅花が真心込めて作ったカレーを」


 一ミリも思ってないこと言うのやめろ。


「むぐう!」


 アーサーはニックの手から鍋を奪い取ると、まるで砂漠で水を飲むかの如く一気にあおった。彼の手はプルプル震え、口の端からは赤い液体がポタポタ溢れている。

「おおっ」とその場の全員が呆れとも驚嘆とも取れない声を上げた。


 こいつすげえ。好きな女の作った物なら致死毒でも食うつもりなのか。それ作ったのは紅花じゃないんだけども。

 その時、神妙な顔でアーサーを眺めていたニックが、ボソリと言った。


「まあそれ本当は俺が作ったんだけどな」


 おい今ネタばらしすんな!!


「ண த ந ன ப ம ய ர ற ல ள ழ வ ஷ ஸ ஹ ா ி ூ ெ ே ை ொ ோ ௌ ௗ ௧ ௨ ௩ ௪ ௫ ௬ ௭ ௮ ௯ ௰ ௱ ௲ ஹ⟦۝☆⁂∺∻!!!」


 その瞬間、アーサーは奇声を発し耳から青い液体を放出しながらぶっ倒れてしまった。

 ……青い?


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