ニックに向かって
炎が収まり、神妙な顔をした紅花がフライパンを手に現れた。中には案の定、黒く澱んだ闇の塊が鎮座している。
「食べテ」
「殺す気か」
「これじゃあフライパンもダメになっちまうな」
「そんな時は!!」
そんな時は!! と言ったのは俺でもニックでもルナでも、勿論紅花でもない。やたらと目を輝かせた男が俺たちの間に割って入ったのだ。
「うんうん、分かります。料理をしていたらフライパンごと黒焦げになっちゃうこと、ありますよね!」
男の目はさらに輝いてくる。いや、輝いてるというかギラついているとうか。
「そんな時はこの! ウェイキング製のフライパン!! 焼いてよし! 煮てよし! 何より焦げ知らず!!」
男は徐にリュックの中からフライパンを取り出した。
「紅花、こいつは誰か知っているか?」
「その人は昔からこの調理場に住み着いている精霊ヨー」
「これ精霊なの!?」
「そんな事より紅花、オメエ今のままじゃ、まともに大会を勝ち抜けねえんじゃねえの?」
「うぅ、それが問題ヨー」
ニックも紅花も、精霊(?)を無視して話をすすめるつもりらしい。まあ紅花の落ち着きを見るに、そんな害のあるモノではないのだろう。
「旨味を逃がさす料理が楽し」
「紅花、貴様本当に魔法の調節ができないのか?」
「出来たことないヨー。昔からやろうとして、失敗して、よくお父さんのお店が火事になったヨー」
とんでもねえ放火魔だな。
「じゃあ精霊を使役してみるのはどうだ?」
「え? お兄さんもフライパンが欲しいんですか?」
精霊とやらが後ろからぬうっと顔を覗かせてくる。こいつ精霊じゃなくて亡霊だろ。
「紅花よ。貴様、水の精霊やカチカチに凍った食材を常温に溶かす精霊を使役していただろう」
「してるヨー」
「それと同じように炎の精霊を使役出来ないか? そうすればその精霊に炎の調節を任せられるわけだ」
「今なら無水鍋もシチュー鍋も付いて! なんと29万八千ゴールド!!」
「それは私も試した事あるヨー。でも私が使役しようとしたら炎の精霊はみんなゴリゴリにパワーアップしちゃうヨ」
「そ、そうなのか?」
「そうなんです!! この洗剤! 飲めるんです!!!」
「そうヨー。どんなに小さくて弱い子を使役しても、私に触れた瞬間鳳凰みたいになるヨー」
それは逆に凄いな。紅花の身体はどんなシステムになっているんだろう。
「はあ、もう見飽きたヨ、あの焼き鳥」
鳳凰に向かって焼き鳥て。
「でもよお! 絶対に魔力を抑えないといけない状況になったら抑えられるんじゃねえのか!!」
ニックは急に立ち上がり、紅花の前に立った。
「おい! 紅花以外、仕切りの外に出ろ!」
「何故?」
「俺がこの身を持って紅花の魔法を受けるためだよ!」
「ええっ!」
「はーい! では今からこの! フライパンの中になみなみ注いだ洗剤を飲んでみたいと思いまーす! ごくっごっオロロロロrオロロロロロロオロロロロロロロオ!!!!!!」
「馬鹿な真似はよせニック!」
「あれ!? 僕はスルーですか!?」
「貴様もさっき紅花の炎魔法の威力は見ただろう! 死ぬぞ!」
「ああ見たぜ。だからこそよお! このままじゃいけねえだろ! あんな状態で料理大会に出させたら紅花が可哀想だろうが! 火の加減が出来ねえんなら俺が身体張ってでも出来るようにしてやるよ!!」
やだ、か、かっこいい……! ニックは馬鹿だが、いつも本当に友達思いの良い奴だとは思う。
「しかし、紅花の魔法を制御する事と、貴様が紅花の魔法を受ける事はどう繋がるのだ?」
「おい紅花ぁ! 俺の事好きかあ!?」
「好きヨー。 ニックもクラウスも大好きヨー」
「愛してるかあ!?」
「いや愛してはないです」
急に敬語になった!
「大好きな俺を黒焦げにしたいかあ!?」
「そんなの、したくないに決まってるヨー!」
「そう、紅花にとって俺はとても大切な存在! つまり紅花が俺に魔法を打とうとしたら、知らず知らずのうちに手加減しちまうって寸法だ!」
「いや、そんな上手くいくのか……?」
「さあ紅花ぁ!! 俺に向かって打て! 炎魔法を打てえ!!」
ニックは紅花に向かって両手を目一杯広げた。流石に紅花も尻込みしたらしい。
「で、出来ないヨ! そんなことしたらニック焼き鳥になっちゃうヨ!」
ニックを焼くと鳥になるらしい。
「ああそうだ! 俺が死なないように打つんだ! そのために手加減しろ! 集中しろ! お前には出来る! 出来る出来る絶対出来る!!」
熱いぜニック! ある意味紅花の炎魔法よりずっと熱い!
「で、でも!」
「出来る! お前なら出来る! 思い出せ! 三人で何度も登ったあの山の風景を!」
いや登ったことないよ?
「ああ、懐かしいヨ。時代が変わっても、鹿と奪い合いながら雑草を食べるのは楽しい、ってクラウスが言ってたネ」
言ってねえよ! 怖いわ!
「あの時を思い出せ! 何でも出来ると信じていたあの頃をよお! さあ俺に炎魔法を打ちやがれ!! やれええええええ! 紅花ああああああああああ!!!」
ニックの熱い説得により、紅花にも気合が入ったらしかった。目を見開き、犬のように鼻をふんふん鳴らして立ち上がる。
「じゃあ行くヨ! ファイヤアアアアアア!!!!」
あれ、気合入り過ぎじゃね?
案の定、一瞬で視界が真紅に染まる。
紅花の手から、いや、全身から逆巻く炎がニックを一気に飲み込んだ。
まるで天を裂くかの如き火柱が空に月上がる。
これもう放火だろ。
「紅花! 今すぐ炎を止めろ!!」
と言った時にはもう遅い。最早炎に包まれたニックの姿を確認することは出来ない。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」
轟音にかき消されそうになりながら、ニックの悲鳴が聞こえた。
よし。生きてるな。