お料理しましょう。
翌日の放課後、助っ人として大会に参加することになった俺とニックは、紅花と一緒に調理場に来ていた。
「よーし、じゃあウォーミングアップに決勝戦の練習から始めるヨ!」
「気が早いわ」
「早くないヨ! 私優勝するんだヨ!」
「おっ! 決勝って何するんだ! 飯は出るのか?! 団子食うのか!?」
「我々は作る側だ」
紅花は何故か優勝する気満々だが、俺は到底決勝戦には進めないのではないかと思っている。
決して紅花の実力を過小評価しているからではない。
昨日大会の規定を一人で調べた結果、どう足掻いても紅花が優勝出来る確率はほぼ無いことが分かったのだ。
先ず、大会の参加者およそ一千人に対して予選、準決勝を勝ち抜いた後、決勝戦に出られるのは僅かに八人。
予選では主に「味」が、準決勝では「味」に加えて「早さ」が、決勝戦では魔法料理人としての腕が総合的に評価されるわけだが、紅花は先ず「味」の段階で大きくつまづいている。
つまづくどころか七回転んだ後にもう八回転び直す勢いでロッケンローリングしている。
そもそも料理魔法の定義は「魔法の力を借りることにより、料理の質と速さを向上させるもの」である。
ゴミ箱から泣いてお断りされるような得体の知れぬ物体を作り出した後、食べた人間をニワトリにする競技ではないのだ。
一億五千万歩譲って、審査員の舌が全員アリクイと入れ替わったり、審査員が直前に腐葉土を食っていたため、紅花の料理を美味しいと感じるようになっていたとしよう。
それで決勝戦に残れたとしても優勝するのは恐らく無理だ。
決勝戦のルールは準決勝とは比べものにならないくらい厳しい。一時間という制限時間内に百人分の料理を用意しなければならず、魔法によって料理の味が良くなっているかも厳しく審査される。
しかも決勝で助っ人は手出し出来ない。
今の紅花が決勝戦に進んだとしても、恐らく制限時間内に百人分の料理を仕上げることさえ出来ないだろう。
百人も葬る凶器を作り出すことは出来るかもしれないが。
いや、そもそも。そもそも前提条件が間違っている。
今のままでは予選を突破することが出来ない。
魔法料理対決に集まっているのはただの千人ではない。
魔法料理学部の上級生を含んだ、料理と己の就職先と家族のために命をかけ、目を血走らせている連中が千人いるのだ。
そんな血なに飢えた獣達を押しのけて、一欠片の肉を奪取する力が果たして紅花にあるのだろうか。どんな手段を使ってでも、どんな険しい修練を乗り越えてでも、頂点を取るのは恐らく難しい。
「このチームのテーマを決めたヨ!」
「テーマ? 何にするのだ」
「爆発」
お前が言ったらお料理そのものが爆発しそうだから止めろ。
「紅花、決勝の想定をするのも良いが、先に予選の事を考えた方が良いのではないか?」
「大丈夫ヨ! 予選と準決勝はクラウスが何とかするヨ!」
何で俺任せなん何だよ。
確かに予選と準決勝では助っ人として紅花の料理を手伝うことが出来る。しかし、助っ人は決勝に参加することが出来ないのは元より、魔法を使うことを禁じられているし、出来ることは限られている。
それに俺はただ普段料理を作らない奴より料理が出来るというだけで、魔法料理学部の生徒達より腕に自信があるわけではない。
「せっかく三人いるのだ。決勝に上がるにしても、予選、準決勝でどういう分担で料理を作るのか、一度試してみた方が良いだろう。」
「うーん、確カ二」
紅花は指をチョキチョキさせて言った。可愛いけど意味が分からない。
「作るって言っても、何を作るんだ!」
「せっかく作るんなら課題の五品目から選んだ方が良いネ!」
課題の五品目とは予選、準決勝で出題されると予告されている料理のことで、パスタ、天ぷら、カレー、ピザ、チョルバ(スープ)の中から予選では一品、準決勝では二品作ることになっている。(ちなみに決勝では肉料理だ)
つまりこの一切統一性のない五品目の全てをそつなくこなせるようになって初めてスタートラインに立てるのだ。
「二人とも! パスタ、天ぷら、ピザ、カレー、チョルバの中で一番食べたいのハ!?」
「天ぷら? 天空ちんちんぷらぷらの略か?」
「仮にそうだったとして何を食べる料理なんだ」
「じゃあ何なんだ?」
「天ぷらというのは鶴義の料理だ。野菜や魚介類を衣で包んで、サクッと揚げる。我も学食でしか食べた事がないが、とても美味しかったぞ」
「何だそれ! 美味そうだなあ! おい紅花! ちんぷら作ろうぜ! ちんぷら!!」
天空ちんちんに引っ張られるな。
「分かったヨ! じゃあカレーにするネ!」
何で裏切るんだよ。