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呪いと生け贄

「そろそろです」


 村長が空を見上げた。つられて見上げ、俺は思わず「うっ」と声を出してしまった。

 先ほどまで青々と晴れていた空にドス黒い雲が垂れ込め、この丘を中心に大きく渦巻いている。


「クラウス様……」


 隣でルナが俺の手を握った。これから生贄になろうとしているのだ。不安に思うのは当たり前だろう。大丈夫だ。絶対に助ける。俺はその手をギュッと握り返した。


「では娘達よ、生贄を持って進み出なさい」


 村長が手を叩いた。……ん? 生贄を持って?

 俺が村長の言葉を理解出来ずにいると、ルナがカバンから衣服を取り出した。他の二人も衣服を両手に持ち、前に進み出た。


 畳んであるので詳しくは分からないが、そのほとんどが布の薄い、際どい衣装のようだ。中には完全に下着もある。


「あれは、何なのだ?」


 俺は服を置いて戻ってきたルナに聞いてみた。


「あれが生贄です。呪いのモグリッジは少女の衣服を好み、毎月奪っていくのです。しかも使用済みのものしか受け取りません」


 変態じゃねえか。

 いや待て。ここで敵をみくびるのは具の骨頂だ。俺は強くかぶりを振り、気を引き締め直そうとした。


「う、うう。私、あのシュミーズ気に入ってたのに……」

「気を強く持って。またジョディーさんに作ってもらいましょう」


 生贄の少女が互いに慰め合っている。あれ? これから降りてくるのって、本当にグレイプドール家を長年にわたって苦しめていた呪いの元凶だよな? 少女達の衣服を集めて楽しむ変態クソ野郎じゃないよな? いや油断するな。生娘の衣服には何か宗教的な意味合いがあって、もしかしたらそれが呪いを抑えるために重要なものなのかもしれない。


「来ますぞ!」


 薄暗くなった丘が眩しく光り、雷鳴が間近で轟いた。耳を劈く轟音だ。思わず腕で顔を庇い、目を閉じてしまう。

 ぽつり、ぽつりと雨粒が降り始め、やがてザアザア降りになる。

 冷たい雨が衣服に染みてくる。


「これが今回の生贄か」


 まるで獣の唸り声のように低い声が丘を震わせた。総毛立つような恐ろしい声だ。一体、どんな姿をしているんだろう。恐る恐る目を開け、声の方を確認する。


 その身はまるで毒沼から湧き立つような臭気で覆われ、離れていても気圧されるような禍々しいオーラで満たされている。

 手も足も黒々とした毛で生い茂っており、女子用スクール水着に身を包んだその姿は見るからにHENTAIおじさんである。


 一回フォロー入れてやったのに何だその格好は!


「はい。そうでございます。どうかお納めください」


 村長は変態に向かって女子の衣服を捧げる。未だかつてこんな頭のおかしい生贄の祭壇があっただろうか。とんでもなく絵面が汚い。


「ちゃんと全て生娘の物であろうな」

「それはもちろん」

「この前のように生娘の衣服と偽ってババアのパンツを持って来たら承知せぬぞ」

「そ、そのようなことは二度と致しません」


 これらのやり取りが、スク水を着たおっさんとただのおっさんの二人で、勲章を授与するが如く仰々しく行われている。しかも彼らの間には女子の下着が積まれている。俺は今何を見せられているんだろう。


「本当に生娘のものなのだな。ではしっかり生産者表示をしろ」


 野菜か。


「はい。その衣服はこの生娘達の物です」

「ほう……」


 スク水の変態はルナ達を舐め回すように見ている。その時、変態はおもむろにブラジャーを手にとり、ゆったりとした動きで装着した。


「似合うか?」


 似合ってたまるか!


「ええ、とてもお似合いですよモグリッジ様」


 優しさと嘘は違うんだぞ村長!! 

 その時、村長が俺に目配せした。おい! こんな変態ファッションショーのタイミングで退治に踏み切れっていうのか!?

 しかしここまで来たらやるしかない。俺は一度咳払いをした。


「ま、待つのだ、モグリッジとやら」

「何?」


 メラメラと燃え立つような濃い眉毛の下で、二つの目がギラリと光った。スク水を着ている変態のくせにすごい迫力だ。


「我は第十三式闇魔法【棺流】が正統後継者、クラウス・K・レイヴンフィールド。魂に従い、貴様を深淵の底へ葬りに来た」


 ビリビリと不快でけたたましい笑い声が丘を覆った。


「貴様のようなモヤシが? この俺様を葬るだと? 俺様が今までどれだけ討伐隊を葬ったか知らないようだな!」


 それは存じ上げないがお前がとんでもない変態なのは知っている。こんな変態に負けた討伐隊はさぞ無念だっただろう。


「……そもそも、何故貴様はグレイプドール家に執着する? この村の人間は何代も呪いに苦しんでいる。もう十分恨みは晴らしたはずであろう」


 その時変態の目がカッと開いた。


「十分だと? ふざけるな! 俺様の抱いている恨みはこんなものでは晴らしきれんわ! グレイプドールのせいで、俺がどれだけの、どれだけの苦痛を味わうことになったか!」


 変態は喚きつつ、少女のパンツを履いた。その動きは非常に滑らかで無駄がない。

 こうしてモグリッジはスクール水着の上からブラジャー、パンツを身に付けていき、より変態としてのアイデンティティーを確立した上ですごく怒っている。


 で、その変態の言うグレイプドール家への恨みとはこう言うことだった。(変態の話が長かったので要約する)




 モグリッジもとい変態は何と、元々ビナー魔法学園の生徒だったそうだ。呪術学部では並ぶ者なき才能を持ち、学園全体でも双璧として君臨していたという。そして双璧の片割れというのが、ルナの、ひいてはこの村の祖先であるジョナサン・グレイプドールだ。


 ジョナサンは明るく、非常に温厚な性格をしており、学園中の誰からも慕われる存在だった。対してモグ……変態の方は他を寄せ付けない一匹狼タイプで、ジョナサンのことを快く思っていなかった。決して変態だったから周りに人がいなかったわけではないと変態は強調して言った。


 変態はどうにかジョナサンのアラを探して蹴落とそうと目論んだが、彼は全く非の打ち所のない人間であった。事件が起きたのはそんな時である。


 その日、変態はいつものように女子の更衣室から下着を盗んでいた。……突っ込みどころはあるが続ける。両手両足、そして口にあふれんばかりの下着をくわえて更衣室から出た時、何とジョナサンと鉢合わせしてしまったのだ。


 変態はどうにか弁解を試みようとしたが喋る度に頬袋からブラジャーやパンツが飛び出すのである。もうマジシャンもハムスターもびっくりだったしジョナサンも相当にびっくりしていた。当たり前である。


「このことはどうか内緒にしておいてくれ!」


 と変態は下着を掴んだまま懇願した。しかしジョナサンは受け入れず、学校側にこのことを通報した。これも当たり前である。

 成績の良さを加味されて変態はどうにか退学を免れたものの、周りの生徒教師並びに全ての学校関係者たちから白い目で見られ、いたたまれなくなり、すぐに学校を辞めてしまった。


 世界一の呪術師になる夢は絶たれた。失意の底で彼はこう思った。こうなったのは全てあのジョナサン・グレイプドールが悪い! 俺の命と引き換えに、末代に渡る呪いをかけてやる! と。

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