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サンドウィッチ

この作品を連載するにあたって、急いで加筆した話です。

 



「ギラから来たクラウス・K・レイヴンフィールドです。これからよろしくお願いします」


 まばらな拍手が生徒たちの席から起こる。ちらりと後ろの席のジャンヌに目をやると、退屈そうに腕組みをしてこちらを見ている。

 あの子、優しかったなあ。彼女が導いてくれなければ、俺は今頃校内を彷徨うアンデッドになっていたかもしれない。


「では改めて魔法概論の授業を始めようと思う。どうだろう。レイヴンフィールド君も編入したてでまだ何も分からないだろうし、今日は基礎の基礎から復習してみようか」


 俺が着席するのを待って、老齢の先生はにこやかに言った。あらやだ、優しい。

 魔法の「魔」の字も知らないこちらとしては願ってもない提案だ。

 よーし。集中して授業を受けるぞ。まだ文字を書くことは出来ないが、内容を覚えておけば授業には付いていけるかもしれない。


 と思っていた次の瞬間、黒板を振り向いた先生は、まるで脱穀機のような動きで板書を始めた。黒板が白く塗りつぶされていく。



「一般的に魔力はmpとして表され、1mp=地面に置かれたリンゴを1m浮かせる力とされていますね。また、魔力の変換効率は属性により異なり、例えば炎魔法では40〜50%、水属性魔法なら80%〜90%となるわけですね。この変換効率を求める数式は(属性魔法÷変換される魔力)で求められるわけですが……」


 んほお! 一言も分からないのおおおおおおお!


「はい、ではここでクラウスくん」

「分かりません」

「まだ何も言ってないぞ!」


 いやどんな問題が飛んできても分かるわけねえだろ! 俺の学力の低さなめんなよ、その辺の野良犬と変わらねえからな! 聞くんならスリーサイズとかにしてくれ!


「えー、じゃあそうだな。ジャンヌ。ちょっと授業が終わるまでクラウスくんに付いて教えてあげてくれないか? お前、一番魔法概論得意だろう」


 ーートゥンク

 えっ、ジャンヌってさっき廊下で話しかけてくれたあの子か? さっき良い出会いをして、またもや引き寄せられるなんて、偶然にしては出来過ぎている。もしかしてこれ、運命? 俺は不意に胸のトゥキメキを覚えた。


「ジャンヌ、クラウス君の隣に」

「面倒臭いから嫌です」


 ジャンヌさん!? さっきはあんなに助けてくれたじゃない! 何でそんな俺の心を抉る拒否の仕方するの!?


「まあまあ、そう言わずに」

「見知らぬ男子の隣に行きたくありません」


 あれ!? 何かジャンヌの中で俺たち出会ってないことになってない!? 僕達は出会い別れ別々の道を歩むの!? 

 俺はちょっと好きになりそうだった女の子から突き放され、完全に我を失い放心状態になっていた。



 ※※※



 そして放心状態のまま昼休みがやってきた。どの生徒達も、「どの学食に行くのか」とか「早く売店に行かないとサンドウィッチが売り切れる」など、昼食の会話をしている。

 そんな中、俺の一大関心事は速やかに教室を出ること、そしていかに誰もいない場所で昼休みをやり過ごすか、だった。


 腹が減っていないわけではない。わけではないが、どうせ誰かに誘われるわけもないし、一人でこの殺人的な人数でごった返す学食に行く勇気も無いので空腹を生贄に、静かな昼休みを召喚することにしたのだ。


 で、やって来たのが中庭の木の下である。午前中、移動教室の時に目星を付けておいた場所だ。中庭は綺麗に芝が整えられ、背の高い木や、お洒落なベンチがちらほら置いてある。恐らく普段は学生達の憩いの場になっているのだろう。


 しかし、木の下に腰を下ろした俺の視界には全く他の生徒達は映っていない。二時間ほど前から降り始めた雨がつい先程止んだばかりで、地面が湿っているのを嫌ったのだろう。


 もちろん俺も「んほお! 雨で濡れた芝でお尻が湿って気持ちいいのおおおおお!!!!」なんて性癖があるわけではないが、一人で教室に取り残されるよりはマシだと思ったのだ。うっ! そんなことを考えているとまた前の魔法学園での忌まわしき記憶が俺を蝕んでくる……! ヤメロォ……!


 ……えー、幸運にも俺が選んだ木はかなり大きく、分厚い枝葉のカーテンに守られ、下の芝は濡れていなかった。良かった。いや、今回は運良く一人で特等席に座れたものの、恐らく普段はカップルとかスクールカースト上位のモンスター共がここを占拠しているに違いない。今のうちに安住の地を確保しておかなければ手遅れになる。どこにする? やっぱトイレか? いやトイレはなあ……。


 ふと、向こうから誰かが走ってくる。俺は焦った。あれ、もしかしてここ入ったら駄目な場所だったりした!? 転校早々やらかしたパターンか?

 と思っていると、何やら揺れているものが見えた。あれは……間違いない。おっぱいだ。ということはあれは。


「ジャンヌ?」


 顔より先に認証される極めて記号的な爆乳を揺らして走って来たのはジャンヌだった。彼女は木の下まで来ると一度息を整えて、また近づいてきた。ゆっさゆっさと揺れている。


「もう、探したんだかラッ」


 転んだ。俺にはジャンヌ(の爆乳)が迫ってくる様子がスローモーションで見えていた。よく死ぬ前は動きがゆっくりに見えると言うが、つまりこのおっぱいは人を殺すに足る凶器と俺の脳が断定したのだろう。

 ジャンヌの顔は見えない。双丘が景色を塞ぐ。


 雨に濡れた地面を走って来て、彼女の足が湿っていたのが原因だろう。加えて彼女の抱える逞しい二つの胸が、バランスを崩す遠因になったのではと推察していた俺の顔に高質量の物体が衝突した。


 かなりの衝撃。これが鉄だったら俺は死んでいただろうが、まるで羽毛のような柔らかい感触に包み込まれながら、重みで地面に押し倒されていった。暗かった視界が一瞬光に満ちたのは俺が天に召されているからだろうか。それともおっぱいに埋もれて幸せな気持ちになったからだろうか。


「よくも」


 ジャンヌは教室では聞いたことのない、焦った声で俺の胸ぐらを掴むと、ぐいっと引き起こし、不意に俺の頬を引っ叩いた。

 誰もいない中庭に乾いた音がよく響く。理解が一切追いつかないが、ジャンヌはキッとした表情でこちらを睨んでいる。


「何すんのよ」

「いやそれ俺の台詞だよ!」

「今おっぱいに触ったでしょ」

「お前が倒れて来たんだろ! 完全に当たり屋じゃないか!」

「どうせ喜んでるくせに」

 もちろん。


「そ、そんなわけないだろ……というか、どうしてここに? もしかしてこの庭に入っちゃ不味かったの?」

「違う」


 言いながらジャンヌは注意深く辺りを見回した。まるで何かに見つかるのを恐れているようだった。

 鋭い目つきで辺りを観察した後、ジャンヌはひと息つき、俺の横に腰掛けた。女子と肩を並べて座るという幻の体験に胸の鼓動が高鳴る。


「探したよ。昼休みが始まってからすぐ消えちゃうから、何処にいるのかと思った」

「俺を探してた?」

「せっかく学食とか売店のことを教えてあげようと思ったのに」

「え!? どういうこと? だってジャンヌは俺と一緒にいるの、嫌だったんじゃ……」


「あの時私があんたと一緒に座らなかったのは、あんたのためでもあるの」

「どういうこと?」

「ほら、私こんな見た目だから、男子と話してるだけで噂される」


 ジャンヌは自分の胸の上に手を置いて言った。あまりに彼女の胸が大きいのでその場所は平らに近く、土壌も柔らかいので作物を作るのに適しているに違いないと農民(変態)の俺は直感した。

 そこに土を引いて水をやってゴボウを育てながら一生を終えたい。


「隣同士で授業受けようなんてしたら、クラウスが男子から反感買うのは目に見えてたから」


 話が逸れたが、ジャンヌがあんなに冷たかった理由がようやく分かった。出会って半日の俺ですらこんなにジャンヌのことを気にしているのに、普段から一緒に授業を受けている男子達は彼女の一挙手一投足を気にしているに違いない。

 そこに俺のようなモヤシが急に来てジャンヌと仲良くしようものならモヤシ炒めにされても不思議ではない。



「て、てっきり俺はジャンヌが俺と一緒にいたくないのかと思ったんだけど」

「あ、うん。それは本当」


 本当なのかよ! 何だこの下げて上げてまた下げる尺取り虫みたいなアップダウンは! ジャンヌはもう一度辺りを見回してから、今度は俺の目をしっかり見た。綺麗な目だ。そんな澄んだ瞳でガンガン俺の傷つくこと言ってるのかと思うと興奮す、いや怖い。


「あ、学食を教えてくれようとしたのはありがたいんだけど、今日はもういいよ。もうすぐ昼休み終わっちゃうし」

「そうじゃない」


 そう言ってジャンヌはカバンから紙包を取り出し、俺の方にさし出した。


「これ」

「これは?」

「サンドウィッチ。食べなよ」


 開けてみると、確かにハムやレタスの詰まったサンドウィッチが三つ入っているではないか。


「こ、これは」

「売店で買ってきた。どうせ何も食べずに昼やり過ごそうとしてたんでしょ」

「あ、うん……」


 もう俺がまともに学食にも行けない根暗キャラだと思われているらしい。


「それとも芝でも食べて飢えを凌ごうとしてたの?」

「いや流石にそこまでの飢餓状態ポテンシャルはないよ」

「もうすぐ昼からの授業始まるから急いで食べな」

「ありがとう。お金、払うよ」

「いいよ別に。でも明日からちゃんとしたもの食べなよ」


 ジャンヌは立ち上がり、お尻を手で払ってさっさと歩いていく。


「あ、待って」


 中途半端に言ってみたが彼女は立ち止まらない。俺は一度、手元のサンドウィッチに目をやった。暖かい。まだ作りたてなのだろうか。それともジャンヌの体温だろうか。

 それを見ていると今頃になってジャンヌの優しさが沁みてきた。こんな異国の地に来て、コミュ障で一人も友達の出来ない俺に、こんなによくしてくれる人がいるのか。


 彼女の優しさを噛み締めれば噛み締めるほど涙が溢れそうになる。俺はいつか、必ずこの恩を返すのだ。俺は自分の復讐のためだけに闇魔道士になりたいわけじゃない。ジャンヌを助けられるくらい強くなって、必ず恩返しする。


 決意して、サンドウィッチを頬張った。日の差してきた中庭に芝の露が眩しい。

 シャキッとレタスの瑞々しさが口の中に広がった。


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