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ジャンヌの部屋で

 

 ジャンヌが宿屋で目を覚ましたのは、俺とルナが潜んでいた家に突入してくる少し前だったそうだ。

 彼女はすぐに俺の姿を探し回ったが見つけることが出来ず、反射的に宿を飛び出した。ジャンヌに言わせると、俺は膨大な魔力を垂れ流しているためすぐに見つかったらしい。


「村人達の気配はするか?」


 俺は隣で体育座りしているジャンヌに問いかけた。


「今のところは大丈夫。でも油断しない方がいい」


 ジャンヌは正面の燭灯をぼんやり眺めたまま答える。俺は今、ジャンヌの部屋にいる。一応言っておくが夜這いをしにきたわけではない。村人達から朝まで匿ってもらうために入れて貰ったのだ。


 本当はニックの部屋で匿ってもらえれば一番良かったのだが、あいつはどれだけ耳元で叫んでも、頬をつねってみても「ヌチャア……」と謎の言語を発するだけで全く起きる気配がなかった。


 膝を抱え、ジャンヌと二人並んで床に座っていた俺はソワソワ落ち着かなかった。


 知っている。もっと座り心地が良くて、しかも二人で座れる場所があることを。俺はチラッとベッドの方に目をやって慌てて目を逸らした。

 駄目だ。ただでさえルナとあんな事になった後なのだ。そんなの意識するなという方が無理ではないか。ましてや隣にいるのは超巨乳でお馴染みジャンヌさんだ。ベッドの方に行ったら「おっぱいを枕に寝させてくれ」とか「おっぱいで子守唄を歌ってくれ」とか口走りかねない。


 ちらりとジャンヌの方に目を向けると、硬い表情でむっつりと黙り込んでおり、全く喋る気配がない。怒っているんだろうか? もしかして俺が「おっぱいおっぱい」考えているのが伝わってしまったのかもしれない。


「……怒っているのか?」


 俺はおずおずと聞いてみた。


「別に」


 ジャンヌは近くにあった分厚い鉄板をぐにゃりと曲げながら答えた。ゴリラかな? あとその鉄板はどこから持ってきたのかな? など素朴な疑問が湧いてくる。あと

 やっぱ怒ってりゅううううううう!!


「クラウス」

「ど、どうした?」


 お前の背骨もへし折るぞとか言うなよ?


「クラウスはルナのこと、好きなの?」


 完全に予想外の質問が飛んできた。何というか意表を突かれた感じがする。ジャンヌが俺の色恋沙汰に興味を示すなんて思いもしなかったからだ。


 ジャンヌは相変わらず燭灯を見つめているが、その顔は少し紅潮している。もちろん、蝋燭の光で紅く見えているだけの可能性もある。


「何故、そんな事を聞く?」


 単純にジャンヌの意図に興味が湧いた。素手で鉄板をねじ曲げるジャンヌさんがそんな乙女チックなことを気にするなんてただ事ではない。

 彼女は躊躇いがちに言った。


「私はこの村の強引な方法からあんたをどうしても助けたかった。でも、さっきの場面を見ちゃったら、もしかしたら私は邪魔してるだけだったのかなって」


 その声は少し弱々しくかすれており、言い終わると同時にジャンヌは顔を伏せてしまった。その手はさっき曲げた鉄板をぐるぐると巻いている。

 存外に弱った彼女の姿と声に俺は動揺した。これがさっき壁をぶっ壊し、鬼の形相でルナを殺す勢いで睨んでいた女と同一人物だとは到底思えない。


「邪魔などではない! 流石にあのやり方には我も困っていた。ジャンヌが助けてくれなければ、今頃どうなっていたか」


 俺は慌てて手を振った。ジャンヌはゆっくり顔をあげ、まじまじと俺の顔を見て


「そう、良かった」


 と笑顔で言った。邪気のない無垢な笑顔。歳不相応な色気を持ったルナの笑顔とはまた違う、いかにも年相応の笑みを俺は心から可愛いと思った。ずっと見ていたかった。

 いや、いかんいかん。俺は一度咳払いをする。


「しかし、何故そこまで……」

「自警団にやられた時、クラウスは私を助けてくれたでしょ? 指輪も取り返してくれた。ずっと恩返しがしたいと思ってた。だから強引に婚約を進めようとするルナと村人が許せなかったの」


 そこまで言ってジャンヌは大きく息を吐いた。ずっと言いたかったことが全部言えた、といったところなのかもしれない。


 そうだったのか。ジャンヌは口にこそ出さなかったが、俺が自警団から指輪を取り返したあの一件のことをずっと恩に感じていたのだ。それは気負いに近いものだったのかもしれない。

 だとするならこの村に来てからの彼女の態度にも合点がいく。俺の身を案じるあまり、ずっと強硬な態度を貫いていたのだろう。


 薄暗い部屋の中。二人きり。本音を吐露したジャンヌ。俺も彼女に言いたいことがある。今なら素直に言える気がする。


「前も言ったが、我が編入した時にジャンヌが助けてくれたことにずっと恩を感じていた。だから、指輪を取り返した時は入学時の恩を返そうと思ったに過ぎないのだ。貴様が気負う必要は全くない」


「あ、あんなの当然のことをしただけだし。私も前に言ったけど、そんなこと、一々恩に感じなくていい」


 ジャンヌは口を尖らせた。しかしその口調は優しい。


「そんなことと言うが……」


 その時、俺とジャンヌの目がバチッと合った、瞬間、慌てて二人同時に目を逸らす。

 先ほどは蝋燭のせいかもと思ったが、ジャンヌの顔はやはり紅かった。きっと俺の顔も紅潮していたことだろう。


 俯きながらも俺は何だかとても満たされた気持ちを感じていた。俺もジャンヌも、互いに同じ感情を抱き、互いに相手のために行動しようとしていたことが分かったからだ。


 ジャンヌのやり方は少し不器用だったかもしれないが俺は彼女の気持ちがすごく嬉しかった。何より、ジャンヌと同じことを考えていたことが分かったのは、まるで心が繋がっているみたいに感じる。

 ほとんど友達の出来たことのなかった俺には全く抱いたことのない感情だ。今、ジャンヌも俺と同じことを思ってくれていればいいな、と心底思う。


「ねえ」


 しばらく無言が続いた後、口を開いたのはジャンヌだった。


「どうした?」

「今更だけど、ルナとキスしたって本当なの?」


 ジャンヌの口調は決して詰問するようなきつい感じではなく、おずおずと、何だか少し甘い声だ。

 何その股間に訴えかけてくる問いかけ。あれ? もしかして今、いい雰囲気になってない?


「……した」


 俺は素直に答えた。


「変態」

「ち、違う! あれはルナが一方的に!」

「でも、したんでしょ。それってルナにせがまれたら断れないってことじゃないの?」

「それは……だがその、あれだ!」

「どれよ」

「キスというのは大人になるにつれ誰もが通る道なのだ! 我の場合はそれがルナだっただけで……!」


 我ながら苦しい言い訳である。


「じゃあさ、もし、私がキスしてって言ったら、どうする?」


 え?


 え? え?


 え? え? え?


 聞き違いか? 今何だか非常にラブコメの波動を感じる台詞が聞こえた気がしたんだが。


 思わずジャンヌの方を見ると自分の胸に顔を深く埋めている。どうやら大分勇気を振り絞って言った言葉だったらしい。


 ジャンヌはさっき「私がキスしって言ったらどうする?」と言った。俺の耳が全ての音を都合の良い言語に変換していて、本当はさっきジャンヌが「見て見て、私の生命線が五メートルくらいあるよ」とか言っているのでなければ、それは

「キスして」

 と言っているに等しいのではないか!? いや、待て。この状況を考えろ。

 閉鎖的な村。薄暗い部屋。二人だけの空間。何も起きないわけがなく……。

 おいおいおいおいHO! まさかキスだけじゃなくて色々アレがアレになって最終的に生命線が三十メートルに伸ばそうという提案なのでは!? 


 いや、待て、冷静になれ。どう考えても生命線はそんなに伸びない。それにあれだけ下ネタNGなジャンヌさんに限ってそんなエッチッチなおねだりをしてくると思うか!?


 その時、不意にジャンヌが顔を上げた。まるで子犬のように優しく、たどたどしくて、それでいて甘えるような表情。

 その顔は弱った顔以上に、俺が今まで一度もみたことのないものだった。


 ジャンヌはゆっくりと目を閉じ、少し顎を上げる仕草をとった。ジャンヌの凛々しく整った顔が、少しづつ俺に近づいてくる。

 俺も自然と、顔を近づけていた。俺の唇の先にジャンヌの唇がある。潤った唇が間近に迫る。


「おーい! クラウスー?」


 馬鹿でかいニックの声に俺もジャンヌも目を開けた。「目が覚めた」という表現がぴったりだっただろう。俺たちは目が合った瞬間、反射的に離れてしまった。

 くそっ。あの馬鹿、最悪のタイミングで目覚めよった。


「おいクラウス・K・レイヴンフィールドどこだー! 村人からエロ本貰ったからよお! 交代で抜こうぜ! 俺ぁもう五回出したから次お前が使って良いぜ!」


 これらの卑猥な言葉を宿中に響き渡る大音声で言っているのだ。しかも俺の名前フルネームで出してるし! 雰囲気ブレイカーどころではない。早くあいつを止めないと、今度はどんな爆弾を投下してくるか分からない。


「エロ本? 抜く……?」


 ジャンヌは冷ややかな表情で俺を見ている。先ほどの子犬のような可愛い少女の面影はどこにもない。不味いぞ。いつもの下ネタNGジャンヌさんだ。


「さ、さあ! ニックが起きたことだし! 我は失礼するぞ! ジャンヌ! また明日会おう!」


 俺は素早く立ち上がり、これ以上ないくらい機敏な動きで走り、部屋のドアにたどり着いた。


「ちょっと待って、クラウス」


 ジャンヌの声は低い。お、これは粛清されるパターンかな? いつ殺しにかかられても逃げられるように、ドアノブに手をかけておく。

 しかし恐る恐るジャンヌの方を見ると、意外にも微笑んでいた。


「また明日」


 手を振り、無垢な笑顔で彼女は言うのだった。


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