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ご注文はウエディングスーツですね?

「ちょ、ちょっと待てルナ! こける! こけりゅうう!」

「待ちなさい!」


 しかしジャンヌでも追いつけない程の速さでルナは走り、こじんまりとした店に俺をぶち込んだ。俺は洗濯物か。


「あらルナちゃん! いらっしゃい!」


 快活な声を出したのは老齢の女性だ。背中は曲がっているが矍鑠としている。店中に様々な布が折り畳まれているところを見ると、どうやら服飾店のようだ。


「ジョディー大叔母様! この方にぴったりの服を下さい!」

「任せなさい!」


 老婆はいきなり屈み込み、床に着いている取手のようなものを掴んで、おおよそ老齢の女性が持てるとは思えないよう分厚い鉄の扉を引き上げた。

 そこには暗い空間が口を開け、地下に繋がる階段がある。……ここ、服屋だよな……?


「さあ拷問し、いや試着室はこの下よ!」

「今拷問室って言いかけなかった!?」


 ゴオオオオオオオオオオオオッッッ!!!! と明らかに服屋なんてオーシャンティーな場所に相応しくない音が穴から響いてくる。地獄の入り口と言われたら納得してしまいそうな禍々しさだ。

 そもそも何で試着室が地下にあるんだよ! 

 視覚的立地的に見てそれ絶対拷問室だろ! 駄目だ。あそこにだけは降りちゃいけねえ!


「い、いや、生憎だが今欲しい服は無いのでな、今回は遠慮しておこう」

「ささ、怖がらず。本当にただの試着室ですから」

「いや試着室からゴオオオオオオオオオオオオッッッ!!!! なんて音はしないだろ! 三戦立さんちんだちか!!」

「あの音は私の屁でございます」

「お前どこに尻があるんだよ!!」

「しゃらくせえ!」


 老婆はいきなり俺の服を脱がせ始めた。


「い、いやあああああ!!」

「ちょ、大叔母様! それは流石に不味いです!」


 言いながらルナは俺のズボンを下ろしにかかる。お前もやってんじゃねえか!


「追い剥ぎか貴様ら! 我をどうする気だ!」

「さあ、お待たしました。どうぞ、あなたにぴったりの服ですよ!」


 老婆が持ってきたのは白いスーツである。ここにきてルナ達の思惑が分かった。連中は花婿衣装を着せようとしている。


「これを着なさい!」

「断る!」

「なら仕方ない」


 老婆がパチン、と指を鳴らすと、先ほど開けた地下室から筋肉質の腕がぬぅっと現れた。もう完全にホラーである。


「さあみんな出てきな!」


 の言葉を合図に、覆面を付けた屈強な筋肉質の男たちがズゾゾゾゾゾと這い出してきた。もう地獄の亡者だろこいつら! そしていつから待ち構えてたんだよ!


 などと思考を巡らしている間に俺は捕らえられ、男たちの屈強な手で白いスーツに身を包むことになった。彼らに抵抗出来る筋力など俺には無い。


「クラウス様、お似合いです」


 そう言うルナはいつの間にかウエディングドレスに身を包んでいる。純白のドレスとは対照的に、どこか闇を纏ったルナの姿はアクセントが効いていて、いつもより三割増で魅力的に見えた。


「私のドレス、どうですか?」

「いや……」

「もう、焦らさないで下さい」


 ルナは頬っぺたを膨らまして俺を上目遣いに見ている。その表情は無邪気な少女そのものだ。


「ああ、綺麗だ」


 って言わないと殺されそうだからそう言った。その瞬間、俺は両脇をガッチガチに掴まれた。


「婚約成立」

「婚約成立」

「婚約成立」


 男たちは口々に叫んでいる。クソォ! また罠かよ! もういっそ殺せよ!

 男たちは悠々と俺を担ぎ上げ、外に出た。


「は、離せ! 離せ!」

「分かりました。結婚式場まで案内します」


 何が分かったんだよ! しかし俺の力で男たちから逃げられるわけもなく、そのまま近くの教会まで担ぎ込まれてしまった。


「新郎、入場ぉ!」


 男たちはまるで獲物を仕留めた狩人のように俺を掲げ、神父の立つ教台の前にストンと降ろした。神父は俺の方を見遣り、ゆっくり言った。


「あなたは愛を誓いますか?」

「あんた誰よ!!!」

「神父です」

「分かっとるわ!!!!」


 流石の俺もキャラを忘れてキレ散らかした。もうこの村に来てから俺はまるで激流を流れる木葉の如くルナたちに流されっ放しだ。


「誓います」


 いつの間にか俺の隣にいたルナは目を潤ませ、神父に言った。瞬間移動でも使えるのかこいつは!


「我が半身よーーさあ、永遠の契りを交わすのだーー」


 後ろから何やら懐かしい言語が聞こえてくる。それにこの声、親の声より聞いた気がする。恐る恐る振り返った俺はそのまま卒倒しそうになった。

 最前列に居たのは実の父、母、兄。つまり俺の家族全員大集合だったのだ。


「みんな何でいるの!?」

「ククク……貴様もやはり闇の一族というべきか。永劫の呪いに身を焦がし、呪詛を口ずさみ彼岸に向かう娘との契りを交わすとーー疼きーー血の盟約により我らは召喚された」(訳:あなたがこの村の娘と結婚すると報せがありました。私たちは親族として招待されました)


 俺はここに来て本気で血の気が引いてきた。俺は自分の詳しい出身地など誰にも言っていない。そもそもギラ人でもほとんど知らないような田舎に住んでいたのだ。

 それをルナとここの村人たちはどんな手段を使ったのか知らないが、俺の住所を正確に調べ上げた挙句、大陸間を家族三人分の旅費を払ってまでこの村に連れ込んだのだ。


 その執念深さは笑って済ませられる範疇を大きく逸脱している。親の仇でもここまで執拗に追ってこない。何が彼らをそこまでさせるんだ。彼らのその姿勢はまるで「呪い」そのものだ。


「さあ、では誓いのキスを」


 ここに来て、屈強な男たちが再び俺の体を掴んだ。


「離せ! 離せ!」

「クラウス様……。私と結婚する気になってくださって嬉しいです!」

「もうお前誰と会話してるんだよ!!」

「これが、私のファーストキスです……嫌、ですか?」


 前に一回しただろ、とここで言ったらルナの思う壺な気がしたのでやめておく。

 するとルナはわずかに涙ぐんだ。


「ふふっ。ありがとうございます。私を受け入れて下さって」


 いやもう怖い怖い怖い! この人見えない何かと会話してるよお!! しかし既にルナはやる気満々である。

 少しづつ、ルナの顔が近づいてくる。徐々にルナの匂いが濃くなってくる。何と言えば良いのか、彼女のオーラというか、フェロモンとでもいうべき空気が俺を包み始める。

 ルナの唇が、俺のすぐ側に。


 突如、入口の扉が吹き飛んだ。反射的に見た先に、赤く目の光る女が一人、立ってる。

 ここにもう一人モノノケが……ではなく、ジャンヌだった。


 彼女は無言でスタスタとこちらに歩いてくる。その目は空なようで、一点、俺を見つめている。俺には分かる。あのジャンヌは危険だ。


「部外者の立ち入りは困ります」


 と、俺を抑えていた男の一人がジャンヌの前に立ち塞がった。が、次の瞬間、男は床に頭から、まるでお花の如く突き刺さっていた。教会に集まっていた人々からどよめきが起こる。満開だもんね。


「誰も動かないで。動いたら人から生花にする」


 ジャンヌの脅し文句は決して風流なだけでないのは明白だった。でその場の全員が息を飲む。


「クラウス。出よう」


 ジャンヌは俺のすぐ前まで来て言った。よく見ると肩で息をしており、じっとり汗ばんでいる。俺を探してかなり奔走したようだ。何かちょっと、いや大分エロいな。


「困ります。クラウス様はこれから私と誓いのキスをするのです」

「クラウス、早く」


 ジャンヌは今までと打って変わって、全くルナに目を合わせようとしない。まるで関わりたくないとでも言わんばかりだ。これにはルナも調子が狂ってしまったらしい。


「聞いているのですか」


 ジャンヌはやはり答えず、代わりに俺のスーツの袖を引っ張り、一切振り向かずに外へ出た。女の子に手をひかれて教会の中央の道を通るのは何か新鮮だ。


 教会の外までくるとジャンヌは俺の袖を離した。何か言われるのかと思ったが、そのまま立歩き去ろうとする。


「ま、待ってくれ! ジャンヌ!」


 俺はお礼を言うつもりでジャンヌの背中を追った。しかし彼女は振り返らず


「こっちに来ないで」


 と鋭い声で俺を制した。ドMの男ならゾクゾクするような声なのだろうが、俺もゾクゾクした。

 そして、ヘタレの俺にはジャンヌの背中をただ見守ることしか出来なかった。


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