ご注文はケーキですね?
結局、二人の藁人形を使った代理戦争は店の柱をへし折るまで止まらなかった。
「ふぅ、日頃の鬱憤を晴らせてスッキリしました」
ルナは艶々した笑顔で言った。
「そうね。これで相手が消えてくれたら更に最高なんだけど」
ジャンヌは肩を回して応える。二人の中で「祝い」要素はどこかに消えてしまったらしい。
「そろそろお昼ですね。あそこの料理屋さんが美味しいですよ」
ルナが指差したのは、さっきニックが消えて行った店だった。確かに今は昼時だし、何か食べたい気分だ。
「おう、オメエら遅えぞ! 待ちくたびれちまったぜ!」
中に入るとニックがこちらに向かって手を上げた。彼の前には既に空になった皿が重ねられている。
待ちくたびれたって、待ててないやんけ。
俺たちがニックの隣に腰掛けると、人の良さそうなおばちゃんがやってきた。
「いらっしゃい。あら、ルナちゃん久しぶりね」
「お久しぶりです。叔母様も元気そうで何よりです」
おばちゃんはここで俺の方を向いた。
「ご注文はケーキで良かったかしら」
「いやまだ何も言ってないんだが」
「はいよ! ケーキ一丁!」
「聞いて!」
しかしおばさんはさっさと厨房の方に下がって行ってしまった。かと思うと、トランペットの音色がどこからともなく流れてきた。いや本当にどこから流れてるんだこれ怪奇現象だろ!
不安になって店内を見回すと、客達が全員俺の方を見ている。その目はギラギラと光っており、猛烈に嫌な予感がしてきた。
「お待たせしました」
いや待ってない。
トランペットの音色と共に、カートに乗って俺たちの前に運ばれてきたのは、階段上になった丸いケーキだった。そう、いわゆるウェディングケーキである。
今度は黒いタキシードを着たオールバックの男が歩み寄ってくる。いや誰だよ。
「ケーキ入刀」
何を言ってるんだお前は! そして本当にお前は誰なんだ! 誰が召喚した召喚獣なんだ!
しかし店中から歓声が上がる。口々に「おめでとう!」「幸せになってね!」と声を上げている。何この全自動結婚式。
「クラウス様、さあ」
ルナはルナで、全てを悟ったかのような顔で包丁を握りしめ、俺の方に寄って来た。やめろ! お前が包丁持ってたらマジで怖いから! 洒落にならないから!
「待てルナ! これはどういうことだ!」
「私にも分かりません!」
ルナは笑顔で俺の手を取り、自分の手の上から包丁を握らせた。いや絶対分かってるだろ! こいつら即席の結婚式を挙げさせて既成事実作る気満々だろ!
「せーの」
とルナが包丁を振り上げ、力負けしている俺もそれにつられて動いた瞬間、凄まじい破裂音と共にケーキが弾け飛んだ。
店中から悲鳴が起こる。
ケーキの破裂はかなりの勢いだった。ホイップクリームは客達の顔を白く染め、イチゴは弾丸のように飛んで窓ガラスを突き破り、後通行人の鼻に収まった。
「何のつもり?」
その言葉は静かだが、ジャンヌは凄まじい形相でルナを睨んでいる。彼女がケーキを爆破したのだろう。ケーキ爆破魔法。
「それはこっちの台詞です」
ルナは全く動じずジャンヌの顔を見返している。動かざるごと山の如し。
「このケーキ美味え! 美味え!」
ニックが近くに飛んできたケーキの塊を次々と口に運んでいること蟹の如し。
「ああもう、クラウス、ここ出るわよ」
ジャンヌは痺れを切らしたように言い、俺の襟首を掴んで店から引き摺り出した。ジャンヌは辺りに誰もいないのを確認してから、俺に
「クラウス、やっぱりここの村人は何か企んでいる。きっとルナも共犯」
と小声で、しかし捲し立てるように言った。
「ああ。そんな気がする」
「そんなことありませんよ」
俺は思わずのけぞってしまった。いつの間にかルナは俺たちの間に立っているではないか。
「ねえクラウス様。次はこっちの店に行ってみましょう!」
言いながらルナは俺の腕に自分の腕を絡め、凄いスピードで走り出した。