出迎え
「それで、どうしているんですか?」
俺の隣で馬車に揺られるルナはいささか不機嫌だ。
「単純にあんたが信用出来ないからよ。クラウスを一人で行かせたら、そのまま二度と返さないつもりかもしれないし」
「ふふっ、そんなことしませんよ」
とルナは口に手を当て笑っているが、目は笑っていない。
「それで、そちらの方は?」
「いやクラウスの野郎が何かコソコソしてやがってよお! こりゃ俺に隠れてエロ本ひろいに行くに違ぇねえと思ってよお!」
いや馬車で遠出してまで拾いに行くってどいうい執念だよ。
「ふふっ。まあ何人いらっしゃっても結構です。私はクラウス様に呪いを解いてもらえれば良いのですから」
ルナは俺の腕に手を絡めた。必然的に彼女の大きな胸が押し当てられる。おっぱい柔らかい。
「くっつき過ぎ」
ジャンヌの声は静かだが、明らかに苛立っている様子だ。それはそうと、ここに来るまで馬車に揺られて、かなり身体中が痛かったのだが、同時にジャンヌの胸もずっと揺れ続けていた。それを見るとおっぱいが俺に「頑張れ、頑張れ」と励ましてくれているような気がして、お陰でここまで頑張ってこれた。
「ごめんなさい。でも馬車が狭いので、これは仕方のないことなのです」
ルナは悪びれる様子もない。ジャンヌは不機嫌そうにため息を漏らし、
「不潔」
と言い捨てた。もしかして俺に言ってるのかな?
***
ヴァレッジ村は高くそびえる崖の谷間にあり、そこは他の村々からはかなり孤立した場所だった。もうすぐ夏だというのに空気は冷たく冴え、緑豊かな高山植物が茂り、山脈からは清流をたたえる川が流れ込んでいる。
こう描写すると、如何にも綺麗で牧歌的な村であるように聞こえるのだが、何だろうか、ポツポツと点在する民家や店などからはどこか重苦しい空気が漂ってきているように思える。抜けるように青い空の爽やかな景色が、まるで薄い灰色のベールを通して見たかのように曇っている気がするのだ。
ニックがグッと伸びをした。
「綺麗な所だなおい! で、エロ本どこだよ!」
そんなものは無い。
「皆様お疲れ様です。ではこれから宿に荷物を置いて、お爺さま……村長の家へ挨拶に参りましょう」
ルナは降りた後も俺の腕を掴んだままだ。おっぱい柔らかい。
「もう狭い馬車の中じゃないんだから離しなさいよ」
「駄目です。こうして抱きしめていないと、クラウス様が逃げ、いえ、迷子になってしまいますから」
ん? 今不穏なこと言いかけなかった?
「おーい、ルナじゃないか」
道の向こうから、村人らしき人々がこちらに向かってきている。
「ジョン叔父様、お久しぶりです」
ルナは嬉しそうに手を振る。
橋に差し掛かった村人たちも笑顔でこちらに手を振る。その姿が消えた。スーパーイリュージョンか? ジョンだけに。
「え、叔父様!?」
ルナが動揺した声を上げる。
「橋が落ちたな」
こんな時に冷静なのはニックである。ニックと、少し遅れてジャンヌが矢のように駆けていき、何の躊躇いもなく川へ飛び込んだ。
俺とルナも慌てて後を追って川縁に着いた時、既に村人たちが全員水揚げされていた。しかし、その村人たちの変わり果てた姿に、俺は顔をしかめた。
何故か全員、全身にくまなく魚に食い付かれており、銀色に光っていたのだ。こういう妖怪いるよね。
「叔父様、無事で何よりです」
いや無事なのかこれは。魚の歯は鋭く、かなり皮膚に食い込んでいるように見えるのだが。
「ルナ、久しぶりだな」
ルナの叔父さんも叔父さんで、全身のピッチピチ動く魚には一切触れる気配がない。
「魚は大丈夫、なのか?」
俺はみんなが突っ込まないことを敢えて聞いてみた。
「ええ、この魚は食べられます」
「違う、そうじゃない」
「クラウス様、これが呪いなのです。ここの人々はこうした不幸を日常的に受け慣れているのです」
ルナは少し真面目な顔になっていた。
成る程、呪いのせいで立て続けに橋が落ちたり、無数の魚に食い付かれたりとコントみたいなことが起こっていたのか。しかしこんな事が日常的に起こるなら確かにエキサイティングが過ぎる。
「大漁じゃあ!」
少し遅れてニックとジャンヌが川から上がってきた。彼らには魚が食い付いてないのは呪いを受けていないからか。
「昼飯じゃあ!」
ニックは素早く火を起こし、村人に付いていた魚を剥がして串に刺し、焚き火で炙り始めた。何だこの行動力は。
「ニック、ジャンヌ、大丈夫か?」
「心配しなくてもクラウスの分も焼いてっからよお!」
違う、そうじゃない。
「それで、今回我々の呪いを解いてくださるのは誰方だ?」
「この方です。お名前をクラウス・K・レイヴンフィールド様と申されます」
ルナは例のように俺に抱き付いて言った。彼女の腕に一段と力が籠る。
「おお、貴方様か。今回は何卒、何卒よろしくお願い致します」
ルナの叔父さんは深々と頭を下げた。周りの村人たちも全身俺に向かって頭を下げている。その態度からこの村が抱える切実さが伺えた。
また、叔父さんの頭頂部には未だに魚が一匹食い付いたままで、とても風流だった。
「では叔父様。私たちは村長のところへ挨拶に参ります」
「そうか。ではまた後でな」
こうして俺たちは村人たちと別れた。彼らは皆顔色は優れないが穏やかで柔和な雰囲気を纏っており、少なくと第一印象は悪くなかった。また会えるだろうか。
俺は何気なく村人たちの方を振り返った瞬間。
背筋が凍った。
その目は針のように鋭く、不気味な光をたたえ、全員俺の方を見据えている。
まるで獲物を狙う獣のようだ。
気のせいか? 俺の考えすぎか?
様々な思考と不安が渦巻く中、俺達は屋敷への道を進んで行った。
ニックは魚を食べていた。