報復戦
メスナーが嘲る。俺の中で何かが弾けた。こいつらには「痛み」を与える必要がある。
「貴様らに報いという名の棺を用意してやろう。永劫に罪を悔いるが良い」
「棺に入るのはお前の方だ! いいか! ここにいる連中は全員俺が集めた選りすぐりの兵隊だぞ! こいつらがその気になれば魔物の群れでも余裕で狩れるんだぜ!」
「それがどうした」
「貴様はこれからなす術もなく死ぬって事だ!」
メスナーは掲げた手を振り下ろした。周囲で展開されていた魔法が眩い光を放ちながら向かってくる。
「貪食の棺」
その瞬間、俺を囲むように白い棺が四つ、出現した。
仄暗い口を開けた四つの棺は迫り来る魔法を全て飲み干していく。まるでコップに開いた穴から水がこぼれ落ちていくかのように、全ては棺の中にかき消されてしまった。
あれだけ昼のように明るかった倉庫の中が夕闇に沈んでいる。
「終わりか?」
俺の言葉に誰も反応しなかった。メスナーの顔はすでに色を失っており、驚愕に目を見開いている。
「な、何をしている! もう一度魔法を撃て!」
「無駄だ」
俺は握っていた手を広げた。すると先ほどまで底無しの闇だった棺の中からドス黒い無数の手が蠢き始め、自警団達に向かって矢のように伸びた。
「うわあ!」
「な、何だこれは!」
「おい! 動けないぞ!」
「締め付けが気持ちいい!」
絡め取られた男達は悲鳴を上げている。魔法を使って抵抗しようとする者もいるが、それは逆効果だ。黒い手は魔力を養分にして強くなる。魔法を撃てば締め付けがキツくなるばかりだ。
そう、この貪食の棺からは誰も逃げられない。魔法を吸収した後、それを倍以上のエネルギーに変換して返す方法もあるのだが、これは周りの人や校舎に被害が出かねないのでこちらを選択した。
自警団達を絡め取った手はゆっくりと、棺の中に引き込み始めた。
「よせ!」
「やめてくれ!」
「俺たちが悪かった! 謝るから拘束を解いてくれ!」
「もっとキツく締め付けてえ!」
連中は口々助けを求めるがもう遅い。お前らにはジャンヌが味わった苦痛の百倍苦しんでもらう。
自警団達は次々に、大きく口を開けた棺の中に飲み込まれ、最後に甲高い軋む音を立てながら棺の蓋が閉じられた。あれほど連中の叫び声で騒がしかった倉庫内が一気に静かになる。
しかし耳をすますと聞こえてくる。棺に吸い込まれた亡者達のうめき声が。
「う、うわあ! 何だこのおっさん!」
「よせ! その股間からもぎったレモンをどうするつもりだ!」
「そんな所で収穫されたレモンなんか俺は食べない!」
「やめろ! レモンを俺の顔に近づけるな!」
「酸っぱいのぉおお!」
彼らは今、筆舌に尽くしがたい「闇」を味わっている。そのまま死ぬまで反省しているがいい。
ここまでは上手くいった。ルナの呪いを魔法のエネルギーに使えるおかげで模擬戦の時には未完成だった呪文に成功した。詠唱破棄も出来たし、四つ同時に展開出来たし、何より俺自身、全く疲弊していない。魔力を消費していないからだ。
「さて」
俺は正面に向き直った。その先には恐怖に顔を歪めたメスナーの姿があった。彼は俺と目があった瞬間逃げようとしたが、例の黒い手に足首を掴まれていたため、その場に転んでしまった。
「後は貴様だけだ」
俺はゆっくりと近づいていく。
「く、来るな! こっちに来るな!」
俺は構わず近づいていく。メスナーは狼狽し、仰向けの体制で足で地面を蹴って俺から離れようとするが、足を掴まれているのでどうしようもない。
「何が欲しい!? 指輪ならさっき俺が座っていた椅子の下にあるから持って行って良いぞ! だから」
「それを聞いたからには貴様に用はない」
「い、いいのか! 俺は自警団団長だぞ! 俺に手を出したらこの学校にいられなくなるぞ!」
「貴様を始末すれば関係ない」
「ひっ! お、俺は貴族院の息子だぞ! 親父に言いつけるぞ!!」
「やってみろ。生きていればな」
こいつが一人では何も出来ないクソ野郎だというのが分かった。こんな奴のためにジャンヌが半殺しにされたのかと思うと、また怒りが湧いてきた。
俺が指先を動かすと、メスナーの体がズルズルと引きずられ始めた。もちろん行き先は棺の中である。
「う、うわああああああああ! 助けて! 助けてえええ!」
倉庫内にはメスナーの泣き叫ぶ声だけが響いている。
「何をしている」
後ろから低い声がした。