リーザ先生の思い
「先生、もう一つ聞こうと思っていた事があります」
「私の胸のサイズかい?」
「違いますよ!」
いや気になってはいたけども。
「どうして先生はここまでしてくれるんですか? 俺に時間を使ってくれるんですか?」
リーザ先生は俺に付きっきりで稽古をつけてくれている。流石にルナの呪いを解く前の特訓の時程ではないが、朝練、授業、放課後、晩ご飯を食べた後と、依然として一日中リーザ先生の指導を受けている。
確かに一年生の中で闇魔法の専攻をしているのは俺だけだが、三学年を合わせれば五人ほどの生徒がいる。それにリーザ先生は「魔法美容学」なる講義を受け持っているらしく、その講義は毎期抽選で女生徒が殴り合いの喧嘩を始めるほど人気らしい。
俺以外の闇魔法専攻の学生や、講義に時間を割きながら俺の尻を叩くのはかなり重労働なはずだ。俺としては少し負い目もある。
「んー」
唸って先生は少し真面目な顔になった。
「以前も言ったけれど、君のお尻には神が宿っている」
「聞いてない」
「冗談だよ」と一度頬を緩めて、また表情を引き締め、訥々と語ってくれた。
「以前言ったかもしれないけど、君は闇魔法の才能に溢れているよ。それこそ五百年に一人の才能さ」
「俺と同じくらいの才能を持った人がもう一人いたんでしたっけ?」
「そうだよ。それがこの棺流闇魔法の創始者で、私の命の恩人だった人さ」
俺は反射的に自分の着ているローブを見下ろした。それが創始者の着ていた衣装だと先生から聞いていたからだ。
「本当に強かったよ。第一次大陸間戦争で、ギラ人が滅亡しなかったのは彼のおかげだと言って良いね」
先生の話すところによると、ザビオス軍の激しい攻撃によって全滅は免れないと思われていたギラの国に、突如現れたのが棺流の創始者だったそうだ。
彼の光魔法を吸収して力にする闇魔法は、威力も連射力もそれまでの闇魔法とは桁違いだった。本当に誰も見た事のない強さだったそうだ。
先生も創始者に救われた子供の一人だった。村を焼かれ、両親を殺され、彼女自身も命を絶たれる直前に助けられたのだそうだ。
「そりゃあ、私には神様みたいに見えたよ」
先生は遠い目をして語った。
実際、彼女以外にもギラの中には彼を英雄として讃える人々が沢山いたし、彼を慕って集まってくる魔道士も多かった。しかし、戦争が終わると彼は追放されてしまった。
彼に人材を取られると恐れた他流派の闇魔道士が結託し、無実の罪を着せて彼を追い出したのだ。
無念のうちに創始者は病に倒れ、その死際「どうか、棺流の血を絶やさないでくれ。いずれまた、棺流の力が必要な時が必ず来るだろう」と弟子達に頼んだ。創始者に付いて国を出たリーザ先生はその弟子の中の一人だった。命の恩人の頼みだけに、リーザ先生は何をしてでも後継者を探し出す事を誓ったのだった。
それからリーザ先生は各地を歩き回り、闇魔法の素質を持った子供を探した。しかし魔力の高いギラ族だから扱える闇魔法の、その中でも更に素質を重視される棺流を扱える才能を持った者は皆無だった。だからと言ってギラに入れば見つかり次第即処刑である。
そのうち弟子達も一人、二人と居なくなり、このままでは後継者が見つかるより先に寿命が来てしまうと恐れたリーザ先生は禁忌の呪いに手を出した。自分の寿命と容姿をいじり、半永久的な不老不死を手に入れたのだった。
彼女に言わせると、その呪いというのはやり方さえわかれば、棺流の闇魔道士にとって造作もない物だったらしい。
それからも世界各地を探し回っていった彼女が、このオルガンに立ち寄った際、ギラ出身の学生を目にする。その時
「魔法学園で教師をしていれば、ギラからの素質のある生徒に巡り会えるのでは?」
と思い付き、以降、こうしてビナー魔法学園の講師として働きながら後継者を探しているのだそうだ。
「何百年も待ったんだ。もう逃さないよ!」
リーザ先生は四つん這いのまま話を聞いていた俺に馬乗りになった。と言うより抱きついた。柔らかな感触が背中に押しつけられる。ご存知の通りリーザ先生は今、水着しか身につけていない。え、何これ誘ってるの?
「せ、先生!?」
「私はセルグ……創始者のおじさんとの約束を果たす義務がある。だから絶対に君を一人前の闇魔道士に育てないといけないの。それから……」
先生は俺の胸に手を回し、耳元で、どこか熱っぽい声で囁く。
「私は個人的に君が気に入ってるんだ」
先生は吐息のような声で言った。もう一段階尻が硬くなりそうだ。
「え、そ、それは」
「なーに興奮してるのよ!」
言いながら先生は起き上がり、俺の尻を引っ叩いた。ヒヒン。
「私が君のことを気に入ってるのは、闇魔法を善なる力として使えるからよ。闇魔法は強力だけど、それにかまけて悪行を働く者が後を絶たないわ。だけど君は手に入れた力を乱用しない。誇示しようともしない。他人のために使おうとしている。まさかお尻から呪いを吸収するとは思わなかったけどね」
それは俺も思わなかった。にしても性格を褒められるのなんて生まれて初めてな気がする。少し買いかぶりすぎじゃないだろうか。
「クラウス君。君は才能だけじゃなくて優しいところも創始者のおじさんにそっくりだよ。君みたいな人が人の上に立てる男になって欲しい。世界一の闇魔道士になるべきなんだよ。短い間だけど一緒に過ごしてみて、心の底からそう思うのさ」
リーザ先生はそう言ってゆっくりと俺の背中を指でなぞった。おい、魔法の特訓はどうした。何だこのプレイは。続行してくれ。
「はい、休憩終わり。引き続き鍛錬して行こうか。今までは呪いを体外に溢れ出さないための訓練だった。でもこれからはルナから吸収した呪いを戦闘でどう使うのか、実践していくよ」
リーザ先生は俺から降り、肩を回している。いよいよか。呪いが尻から入ってきただけに、今までの修行が「呪いの暴発を防ぐための訓練」だとするのなら死ぬほど尻を叩かれた事にも納得がいく。いよいよこれから、俺は闇魔道士として重要な一歩をを踏み出そうとしている。
「じゃあお尻出してー」
「はい!」
俺は尻魔道士になるかもしれない。