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呪いの少女 6

 


 学園でまことしやかに囁かれる噂。

 その女は不幸の女。決して関わってはいけないよ。名前だって口にしてはならない。どんな形であれ、関わってしまったら最後。あなたには不幸が訪れる。 


 ルナ・グレイプドール。


 俺がそんな彼女についての噂を聞いたのは、つい昨日の放課後だった。しかもルナの名前を呼ぶことによって起きた怪奇現象をこの目で見ている。


 いや、それよりどういう事だ? どうして不幸の女がここに来た? ここはリーザ先生を除けば魔道士学科の闇魔法専攻の極々限られた生徒以外は立ち入らない場所のはずだ。


 俺は昨日まで何の関わりもなかった不幸の女と二日立て続けに顔を合わせる事にかなりの不気味さを覚えていた。

 自然と背筋が立ち、脇に汗が湧いてくる。自分がかなり緊張している事に気付いた。


「何を緊張している。力を抜け」


 蛇手蛇足の蛇が言った。お前は巣に帰れ。


「ああ、ルナか。どうぞー」


 リーザ先生の声はいつもの調子のようで、少し沈んでいる。あれ、もしかして知り合い?


 オークの扉がギィと重苦しい音を立てながら、ゆっくり開いた。

 深い紫色の髪がドアから覗く。スラリと伸びる背と対照的に凹凸のはっきりしたボディラインと、それを包む医療魔法学部の白い制服も見える。肌の露出は少ない彼女の佇まいは扇情的で、俺の目線を一瞬で奪った。

 なるほど、これほどの美貌があれば、呪われても良いと思って告白する男子生徒がいるのも納得だ。


「こ、こんにちは……」


 顔が見えた。まるで機械で調整したかのような美貌。不安げに下がった眉とは対照的に目は力を湛え、こちらを伺っているのが遠目にも分かる。エロい。目線がエロい。

 やはり見覚えがある。ニンジン疾走事件を起こしたあの少女、ルナ・グレイプドールだ。


「こっちに来なよ」


 リーザ先生が促した時だった。うず高く積まれていた本の山がゆっくり揺れ始めた。いや、ゆっくり揺れていたのは最初だけだった。

 にわかに地震のように激しく動き始めた。直後、ドサドサと凄まじい音を立て、あっという間に崩れ落ちてしまった。

 後には化け物が部屋の中心でのたうち回った後のような惨状だけが広がっている。


 俺もリーザ先生も、そしてルナ・グレイプドールも立ち尽くす事しか出来なかった。これもルナの起こした現象だと言うのだろうか。

 部屋に入って間も無くこれなのだ。この後同じ空間に居続けたら、冗談抜きに俺の命か金玉が無くなりそうである。


「す、すすすすみません! すみません!」


 ルナは慌てて本を戻そうと屈んだところを見ると、彼女にも自分の呪いでこうなったという自覚があるようだ。しかし、崩れた本の量はかなり膨大であり、もう手遅れのように思える。


「あー、大丈夫だよ。これはクラウス君が片付けるから」


 さらっと俺に押し付けるな。

 その時、顔を下げていたルナの目が俺を捉えた。いや、「捕えた」と表現した方が正しいのかもしれない。あの目だ。怖い目。


「クラウス・K・レイヴンフィールドさんですよね? あの時は気にかけて頂いてありがとうございます」


 そこからのルナの動きは、さっきまでのおどおどした態度からは想像も出来ないほど機敏だった。

 彼女は僅かな本の隙間をひょいひょいと、飛ぶように跳ね、あっという間に俺の前まで来た。


 かなり近い。俺の鼻と彼女の額とくっつきそうな距離まで近づいたにも関わらず、ルナはそこで何も言わなくなった。じっと黙り、潤んだ瞳の上目遣いで俺を見つめている。何だこの童貞を殺す間合いは。

 加えて彼女から漂う葡萄の香りは甘く、暖かく、嗅いでいると何だか官能的な気分になってくる。

 俺の動じないようにしていたが心臓は激しく脈打っていた。だって女の子の唇とおっぱいがすぐそこにあるんですよ!! 良い匂いもするんですよ! ここはお花畑! ルナはお花! 私はカニ!!


 それにしてもルナは本当に何も喋らない。というか、この部屋からは


「もう貝を食べるのは嫌だ!」

「いいから食べろ! セミを食べ過ぎて肥満体になった貴様の妹がどうなっても良いのか!」


 と言う会話以外は何も聞こえてこない。ルナは二つの大きな瞳で俺をじっと見つめるだけだ。

 あ、もしかして返答を待ってる? それなら。


「ククク……。いかにも。我こそは第十三式闇魔法【棺流】の正統後継者にして最強の使い手。クラウス・K・レイヴンフィールドである!」


 いつものように左手で右目を隠しながらポーズを取って言った時、ふと違和感を覚える。あれ、ルナは何故俺の名前を、それもフルネームで知っている? 昨日俺は自己紹介しなかったはずだが。

 まあ、そんな事は誰かに聞けばすぐに分かるか。


「で、ルナ。どうしたの?」


 一生動かないかと思われたルナの視線が先生に向く。あからさまに身体が軽くなった。


「はい。実は、また呪いが強まって来ていて……」

「だよねえ」


 先生は腕組みをして溜息を吐いた。どういう事だ? 学校中の関係者から「関わってはいけない」と暗黙の了解のあるルナと、先生はどのような関係なのだろう?


 俺も昨日の一件があるため関わりたくなかったのだが、こうなっては逃げ場が無い。

「『我こそは〜』」と仰々しく自己紹介した後に「あ、じゃあ時間なんで帰ります……」とそそくさ逃げるのは格好悪い気がした。



「ククク……貴様ら、どうやら困っているようだな。どうした? この我に話してみよ」


 何か「俺なら何とか出来るぜ」みたいな言い方になってしまった。ルナとリーザ先生の目が同時にこちらを見た。

 ルナの目は希望に満ちており、逆にリーザ先生のジト目は「余計な事を言うな」とばかりに非難の色が浮かんでいる。


 どうやら俺は無意識のうちに、関わってはならないはずの女の事情に深入りする事になっていた。


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