呪いの少女 5
「魔法の原則的な考え方の一つに『人の感情はエネルギーを持っている』というのがあるの」
リーザ先生が風呂桶の縁に座り、足を組んだ。今日は黒だった。何が、とは言わんけど。
「そして闇魔法の代替エネルギーになるのが『妬み』『恨み』のような負の感情なの」
「はえー」
「そしてこれらの負の感情は、代替エネルギーの他に技の威力を高める時や、変換効率を高める時にも使われる。闇魔法の中には術者の負の感情を前提にしたものも沢山あるのよ」
変換効率と言えばあれだな。おっさんの股間のレモンをレモンジュースに変える時のあれか。何を思い出させてくれてるんだよ。
「ところでクラウス君。前も言ったけれど、君は魔力の闇魔法への変換効率が非常に高い。これは負の感情をエネルギーにする場合もほぼ同じだと思って欲しい」
「はあ」
「つまりあなたはとんでもなく根暗なの」
あれ、俺貶されてない? 何この上げて落とすタイプのディスり方。
「とても気が弱くて、意気地無しで、小さいことでもすぐ傷付く上に根に持つタイプ」
やめて! これ以上悲しい事実を並べないでェ!
「正直先生という立場じゃなかったら私は君と関わりたくはないわ!」
先生はキラキラと無邪気な笑顔で言った。
おい! さっきから何この俺を傷つけるための授業! 俺にトラウマを植え付けるのが目的なの!? もう帰るぞ俺!
憮然とする俺とは対照的に、リーザ先生は相変わらず笑っている。
「ほら、私がちょっと貶しただけで、君の負の感情は闇の魔力に変換され始めたよ」
言われて自分の全身を見回してみたが、特に違いが分からない。先生のような上級者でなければ気付けない違いなのだろうか。
その時、授業終わりを告げる鐘が鳴った。
「残念。続きはまた明日……」
不意に外からノックをする音が響いた。俺も先生も、そして蛇も機敏にドアの方を見た。
このリーザ先生の部屋に通い始めて一ヶ月ほどになるが、未だに俺以外の訪問者を見たことがない。俺はドアを叩いた人物に少なからず興味を唆られていた。
「どなた?」
それはリーザ先生も同じだったらしく、彼女の声は好奇心で上ずっていた。
しらばくの沈黙が降った。この間に湯船に浸かったおっさんが貝を割る音だけが小気味よく響いてくる。いつまでやってるんだよ。
流石に悪戯か何かなのだろうと思い始めていた時だ。どこかで聞いた事のある、よく通る澄んだ声が聞こえた。
「医療魔法学部のルナ・グレイプドールです。リーザ先生にお願いがあって参りました」