呪いの少女 4
「えー、魔力というのは空気中に無数に、それこそ使い切れないほど含まれています」
リーザ先生は椅子に座った俺の前を左右にゆったり歩いている。先生が向きを変える度、ふわりと浮くスカートからパンツが見えそうになる。
ちなみに普段の闇魔法の授業ではほとんど実技。実技に次ぐ実技のため、このような説明形式の授業は稀である。
俺としては尻を叩かれなくて済むので座学の時間は好きだ。別にパンツが見えそうだから好きなわけではない。
「魔力が無数にあるからこそ、変換効率の悪い闇魔法でも我々闇魔道士は使うことが出来るわけですが……世の中には【魔法使い殺し】と呼ばれるスキルや呪いがあります。その場の魔力をほとんど吸い取ってしまうのです」
「へー」
「もう、呑気な声を出してる場合じゃないよ」
歩いていたリーザ先生は俺の前で止まり、腰に手を当て、俺の方に屈んできた。胸が襟の隙間から見えそうになる。ちょっとその姿勢のまま四十八時間くらい止まっていてもらえないだろうか。
「吸い取られてしまったら魔法使いは無力。普通の人族と変わらない存在になってしまいます。そんな時の対処法として、魔力の代替エネルギーについて学んでいきましょう」
「先生、代替って何ですか?」
「クソが」
!?
前触れもなく暴言吐くのやめて。
「えー、ではアホのクラウス君にも分かるように教えます」
あれ、嫌な予感がするぞ。だってこの流れは……。
リーザ先生がパチン、と指を鳴らすと勢い良く例のクローゼットが開いた。そこから先ず、白い矩形の物体が出てくる。
箱の底には車輪が付いているようで、ガラガラと音を立てて近づいてくる。
俺は思わず「あ」と声を上げしまった。白い箱を押していたのが、蛇の顔に人間の手足がくっついた化け物だったからだ。てっきりレモンのおっさんが出てくると思っていたので意表を突かれた。会いたいわけでは断じてない。
リーザ先生はその爬虫類を指差した。
「知っての通り、彼は先日親知らずを取ったのよ」
知らんがな。何で俺が爬虫類の口腔事情に詳しいの前提なんだよ。
「そしてこちらをご覧ください」
リーザ先生は風呂桶の中を指差した。恐る恐る中を覗く。
そこには股間にレモンを付けたおっさんが水に浮いていた。
何この悪夢。
彼は両手を盛り上がった腹の上で組み、そこに二枚貝を握り締めている。
ゆらゆらと揺れるダルダルの身体は、その表情と共に微動だにしない。
「これは見ての通りラッコだよ」
「いや見ての通りなら裸のおっさんだろ!」
どう見ても変質者のおっさん、百歩譲っておっさんの変死体じゃねえか! 本気であのクローゼットの中どうなってんだよ!
「じゃあこれから、このラッコを使って、どうやって魔力の代替エネルギーで呪いの対処をするのか説明をしていくね!」
いやもうこの状況が呪いだろ。本当におっさんをラッコで通す気なのか。
「ラッコっていうのは海に集団で生息している動物なんだけど」
海に行ったらこのおっさんのうじゃうじゃいるのかよ! 絶対行きたくねえ!
「ラッコは貝を取って食べる時、石を使うの」
おっさんはたるんだ腹の間から手のひら大の石を取り出した。何そのDIY。
「あの石で貝を割って、中身を取り出して食べるってわけね!」
おっさんは腹に置かれた貝に向かって、両手で小刻みに石を打ち付け始めた。かなりの力が籠もっていたらしく、たちどころ貝が割れて中身が飛び出した。俺は今何を見せられているんだろう。
「ほらほら! おっさn、いやラッコが貝を割ったよ!」
今自分でおっさんて言いかけたろ。
「ところで、あの石を魔力だと思って欲しい」
それであのおっさんは何とすれば良いのか。
「はーい。呪いによって魔力失いまーす」
リーザ先生は貝を食べていたおっさんの手から石を取り上げた。するとおっさんの顔が歪み、手足をバタつかせて激しく動き始めた。
「何で取るんですか! 話が違うじゃないですか! んぱあ!」
おっさんは溺れそうになりながら必死に抗議する。
……んぱあ?
「はい、ここからが本題! ラッコさんは石を取られたけど、また貝を割りたい。そんな時、代わりの道具を探さないといけないよね」
リーザ先生がもう一度パチン、と指を鳴らすとおっさんはピタリと静かになった。さっきは変死体とか言ってごめん。どっちかと言うと水葬だね。
「致し方あるまい」
渋い声で言いながら、おっさんは股間からレモンをもぎ取った。この瞬間が夢であって欲しいと切に願った。
おっさんはもぎ取ったレモンを先ほどの石のように、貝に向かって打ちつけ始める。程なくして貝が砕け、中身が飛び出した。
あのレモン硬くない?
「ほらな、折れねェ」
手足の生えた蛇が言った。
「何それ合言葉なの?」
「つまりあのレモンが代替エネルギーね」
「なるほど」
いやなるほどじゃないが。
「これと同じように、水魔法は水素と酸素……いや、クラウス君には難しすぎるなー。まあその場に水があれば、それを魔力の代替エネルギーにして水魔法が撃てるし、火種があれば炎魔法が撃てるって事ね」
「へー」
待て。最初からマッチの火とか花びんの水で説明してくれれば良かったのでは? あの義務のように飛び出してくるおっさん達は何なの?
「で、本題なんだけど、闇魔法の代替エネルギーについて」
リーザ先生が髪をかき上げる横で、おっさんが割った貝を食べている。と、こちらの視線に気づいたらしく、カッと目を見開いた。
「これは死んでも渡さんぞおおおおおおおおおんぱあ!!!!!!!」
「うん」