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模擬戦 4

 

 俺は杖に変換された魔力を送り込む。

「ーーその棺はの物ぞ。

 ーー彼岸の花に聞くがいい」


 その詠唱は言葉と言うよりほとばしる何かだった。


 ずしりと空気が重くなる。呼吸するのも苦しいほどだ。

 闘技場が急速に明度を失っていき、みるみる暗くなってきた。


 曇っているわけではない。陽光も闘技場に差し込んでいる。それなのに、まるで分厚い雲に覆われてしまったかのように、その存在を感じない。


 みんな何が起こったのかと驚いている。そうだろう。だって俺も驚いてるもん。仮想空間でやった時はこんな闇闇しい演出は無かった。これがジャンヌの言う、仮想空間と現実の違いなのだろう。


 俺は詠唱を続ける。


 ーー今日も棺は開くだろう。


 ーー贄を探して口をく。


「……! 何だこれ! 動けねえ!」


 ゲイルの苦しそうな、くぐもった声が聞こえた。彼の方に目をやると不自然な体制で止まっている。


「テメエ! 何しやがった!?」


 ごめん、俺も知らない。

 ゲイルの言動から察するに、どうやらこの魔法は詠唱中、相手の動きを封じる補助効果があるらしい。ギンギンに決まってやがる。

 今まで仮想空間の中のデコイに打っていただけだから知らなかった。と言うかリーザ先生も教えてくれなかった。

 本当にこれ、初歩的な魔法なのか? 軽くチートじゃねえか。


 ーー白く白く漆喰の。


 ーー暗き暗き漆黒の。


 ーー闇の亡者が囁かん。


 ーー生者の生き血を寄越すのだ!


 目の前に、光さえ吸い込まんとするかのような黒く、丸いものが出現した。立体ではなく、幕のように平面的な丸だ。


 次の瞬間、俺が技名を言えば純白の棺が現れる。これは防御系の魔法で、相手のいかなる攻撃も棺に吸い込み、無に帰してしまう。

 迂闊に棺を壊そうと近づけば最後。棺に飲み込まれて二度と出て来ることは出来ない(らしい)。


「ーー出でよ、貪食の棺!!」


 俺は声の限り叫んだ。

 ひたすら闘技場が暗くなる中、対をなすかのように、ひたすらに白い棺が出現した。

 まるで空間を拒絶するかのような存在感を持ち俺の前に鎮座している。


 不意に棺が開いた。

 その動きは俺にとって想定外だった。棺の蓋は相手の攻撃が来ない限り開くことはない。それに、何故こちらを向いているのだろう。

 何かイレギュラーなことが起きているのか。


 棺はまるで扉が開くように、重々しく軋む音を立て、ゆっくり、開いていく。

 誰かがいる。

 誰かがこちらをーー。

 ーー股間にレモンを付けたおじさんが隙間(深淵)から覗いていた。

「このレモンを」


 俺は全身の力を一点に集中させ、すごい勢いで棺を閉めた。

 よし。見なかったことにしよう。


「調子に乗るなよ下等種族があああああああっ!!」


 ゲイルが地鳴りのような声で叫ぶ。彼の周りには濃密な魔力の気配が漂っており、今にも破裂しそうなほどに高まっている。

 詠唱が終わって動けるようになったのだろう。くそっ! 棺の中に異物混入してるけど大丈夫なのか!?


「今からテメエの死刑を執行する!」


 ゲイルの周りから、目を開けていられないほどの光が放射される。俺の闇魔法で垂れ込んでいた闇が一気に白くかき消された。まるで間近に太陽があるかのようだ。


「シャイニングアロー!!」


 光の矢が俺に向かって飛んでくる。先ほどのクラスメイトがやられた時とは比べ物にならないほどの数。速さ。

 ダメだ! 受け切れない!  


 弦を弾くような甲高い音が間近で響く。

 身体の芯に響くような鈍い感覚。

 俺の身体に光の矢が刺さる音か。俺の人生が終わる音か。

 ……あれ? 


 俺は自分の身体をさすってみたが、矢が刺さっていない。血も出ていないようだ。

 ハッとした。

 目の前の棺の背面……つまり俺から見て敵の方を向いている側面が眩く光り、日時計のように影を作っている。


 止まった! 

 成功した!

 光の矢は棺を貫けなかった。本当は中に吸収する予定だったが何らかの不具合でうまくいかなかった。とは言え初の実戦でこれなら御の字だ。


「馬鹿な……、俺の光魔法が止められただと……!


 ゲイルは化け物でも見るかのような目でこちらを見ている。恐らく今まで技を止められたことなど無かったのだろう。


「クソッ! 下等種族の分際でええええええ!」


 ゲイルは次々に光の矢を打ち込んでくる。無数の矢が放たれ、次々に襲いかかってくる様はさながら戦場にいるかのようだ。

 しかし無限に放たれる矢は一つとして俺に届かない。ゲイルがどんな軌道で放物線を描いても全て棺に吸い込まれるように命中していく。


 激しい攻撃を受け、ある意味死の瀬戸際にいるはずだったが、この時の俺は震えるような感動を覚えていた。

 通じている。俺の闇魔法が、あれほど最強と恐れられたザビオス族の光魔法に通じている!

 勝てる。これなら勝てるぞ!


 その時、棺の蓋が勢い良く外れた。

 レモンのおっさんにものっそい数の矢が刺さっていた。

 おっさんは真顔であったが、その姿はもはやイガ栗である。


「だ、大丈夫か⁉︎」

「ほらな、折れねェ」


 何言ってるのこの人⁉︎

 俺はそっと蓋をはめ直した。安らかに眠っていてくれ。


「クソッタレがああああああああ!」


 ゲイルが走り寄ってくる。

 遠距離戦では分が悪いとみて、近接戦闘に切り替えたのだ。

 俺にとってその姿はまるで水牛の大群のように見えていた。恐ろしいほどの迫力。とてつもない質量を持っている。ザビオス族の体当たりを喰らうだけで俺は死ぬ。


 怖い。

 目を背けたい。

 いや、違う! 光魔法もいなせたんだ! 俺には出来る!



 俺が目を見開いた瞬間、ザビオス族の体が棺にぶち当たった。

 ドスン、と鈍い音を立てただけで棺はびくともしない。


「がっ! があっ!」


 カラスが鳴いているわけではない。棺に体当たりをしたはずのザビオス族が苦しげに声を上げているのだ。


「何だ……何だこれは! 力が、抜けていく……!」


 ゲイルは離れようともがいているが、棺から生えた二つの手がガッチリ抑えている。毛深くて太いそれはレモおじの手だ。

 そうか、この棺は相手の攻撃を吸収する。ということは、敵がぶつかってきた場合、そいつの生命力自体を吸収してしまうのだろう。



(クラウス、聞こえる?)


 何だこの声。直接脳内に……!?


(私よ)

(もしかしてその声……、ジャンヌか!?)

(違う。私はレモンさんだ)

(いや直接言えや!! 何でわざわざテレパシー使うんだよ!!)

(トイレに行ってきても良いだろうか)

(駄目!!)


「た、助けてくれ……降参する……!」


 ザビオス族のゲイルが苦しげな声をあげる。息も絶え絶えで、この一分程度の間に痩せこけたようにさえ見える。

 棺の吸収力は相当に高いのだろう。


「貴様は先ほど、降参したうちのクラスの生徒をどうした?」

「そ、それは……謝る! 謝るからどうか命だけは」


 憎み、見下しているはずのギラ族に命乞いをするくらいなのだから本当に辛いのだろう。


「断る。貴様の命はこのまま骨になるまで吸い取り続けさせてもらう」


 俺は腕を振り上げた。


「ーーさあ祈るのだ。この手を振り下ろした時、貴様の命は幽暝の闇に消える」

「ひ、ひいいいいいいいいいい!」



 ゲイルは頭を抱えて蹲っている。その足元からは液体が漏れていた。


 俺は腕を振り下ろ……さなかった。

 元から殺す気などなかった。俺の目的は勝つ事であり、人殺しをする予定はない。


「審判。相手は降参したぞ」


 闘技場の隅に逃げていた審判の教師は、躊躇いがちに俺の方を指差し


「た、ただいまの勝負、魔道士学科所属、クラウス・K・レイヴンフィールドの勝利とする!」

 と言った。


 魔道士学部側の観客席から歓声が起こる。最前列に陣取っていたクラウスもジャンヌも嬉しそうに手を叩いている。ジャンヌのあんな嬉しそうな顔は初めて見たかもしれない。


 ああ、早くあいつらの所に帰って色々喋りたい。で、この棺はどうやって消せば良いんだろう。


 その時、棺の蓋を開けてレモンのおっさんが飛び出してきた。おっさんは俺の顔を確認するなり言った。


「キスして」

「嫌に決まってんだろ!!」





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