ニックと紅花 2
の?!
「止めておけ! 肉の塊になりたくなければな!」
俺がね!!!
と、ニックは強引に脱いだ制服を俺の肩にかけた。……あれ?
「オメエさっきから震えてるから寒いのかと思ってよお」
あらやだ。この人凄く優しい。
「ここ山の上だから夜冷えるからよお!」
「も、問題ない」
俺は思わず顔を伏せてしまった。おかしい。確かにこの男は自分で「ザビオス族」だと名乗った。なのにどうしてギラ族の俺に優しくしてくれるんだ……?
「オメエもしかして俺が怖えのか?」
ハッとしてニックの方を見ると、戸惑ったような笑顔を浮かべている。
「確かにザビオス族にゃやべえ奴もいるけどよお、俺ぁ昔から他種族と一緒に百姓暮らしして来たから、オメエを虐めたいとか思っちゃねえよ」
今朝俺に絡んできたザビオス族とはかなり対照的な印象を受けた。そうか。ザビオス族の実物を見るのは初めてだけど、中にはこういう考え方の奴もいるんだな。
「わ、我も古の世は地を穿地ち、命をもたらす存在であった」(私も以前は農民でした)
「お! オメエも百姓だったのか! こいつは奇遇だなあ!」
ニックは一気に笑顔になった。
「俺ここに来るまでほとんど百姓しかした事なくてよお! だから字が書けねえんだよ!」
そうか。だからわざわざ外国人向けのクラスに参加しているのか。百姓で勉強をした事が無く、文字の読み書きを出来ないなんて、俺の生い立ちとかなり似ている。
俺はニックに対して一気に親近感を覚えた。
「アイヤー!」
石が転がるような勢いで入り口が開けられたかと思うと、また一人の少女が入って来た。頭の左右にお団子を二つ作った黒髪に、その髪型とは対照的に少し大人びた顔立ちをしている。
何となくだが、髪型と顔付きが炎武人ぽいと思った。
炎武は三日月大陸の大国の一つで、料理と四千年の歴史、あと炎魔法が有名な国である。
「おっせえよ紅花ぁ!!」
意外と優しい男だと知らなけらば、ガチで怒鳴っていると思われそうなトーンでニックが言った。
「ギリギリ間に合ったヨ。先生もまだ来てないヨー」
紅花と呼ばれた少女は飄々と答える。いつもの事なのだろう。
「あー、新しい人だネ」
紅花は笑顔で近づいてくる。黒い瞳が印象的な美人だ。
「ワタシ紅花。炎武から来たヨ」
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
「アナタ、ギラの人ネ。その服見たら分かるヨー」
どうやらこっちの出身国もバレバレだヨー。もうここまで来たら開き直って自己紹介するしかないだろう。
「ククク……いかにも。我こそはクラウス・K・レイヴンフィールド! 誇り高きギラ族にして第十三式闇魔法【棺流】の正統後継者なり」
「アイヤー……」
おい、何だそのしょっぱい反応は!
「はい皆さん、集まってますかー?」
またドアが開けられて一人の女が入って来た。眼鏡をかけた優しそうな女性である。彼女は俺の顔を見て笑顔になった。
「貴方がクラウス君ね。私はこの外国人向け言語クラスC組を担当するメランドリよ。これからよろしくね」
予想通り、すごく柔らかそうな先生だ。この先生であの元気の良い二人を抑えられるのだろうか、と少し不安になった。
「本当はもう一人、狐塚君って子がいるんだけど、いつも来ないのよね」
「おう! あいつ三週間くらい見てねえなあ!」
「サボリ魔だヨー」
狐塚……名前は鶴義族っぽいな。
「じゃあ早速授業を始めます。二人とも、宿題はやって来ましたか?」
「やって来たヨー。やって来たけどヤギに食べられたヨー!」
1秒でバレる嘘を付く紅花。
「俺もやったけど腹減ったから自分で食っちまった!」
こっちは……いや、こいつなら本当にやりかねない。
「はいはい。じゃあ教科書は持って来ましたかー?」
「忘れたヨ!」
「俺も忘れた!」
こいつら何しにここまで来たんだよ!
「もう、二人ともしっかりしてよ。クラウス君は?」
俺は慌てて教科書を取り出す。
「ククク……貴様らが欲しいのは、これだろう?」
挙動不審な動きから非常にゆったりした声で言った。
「そうそう! クラウス君えらーい!」
「オメエ教科書持ってくるとかエリートかよ!」
「優等生ネー!」
すごい。何て低レベルなクラスなんだ。俺にぴったりだな。
「じゃあ二人はクラウス君に見せてもらってね」
「はーい」
二人は俺の両サイドに机を寄せて来た。二人とも距離が近い。外が寒いのもあるが、誰も知り合いの居ない中で暮らし始めた今の俺には、この距離感がとても暖かく感じられた。
色々大変な事もあるけど、ここでならもう少し頑張れそうだ。