私の時間、君にあげる
初投稿です。
よろしくお願い致します。
これは、僕の学生時代にあった不思議で奇妙な物語。
その日のことはすごくよく覚えている。
あの、不思議な女の子と出会ったことで、僕の人生は大きく変わってしまったのだから。
その日僕は、たまたま近所の人通りが少ない並木道を歩いていた。
その日は春休みで、桜が咲き始めた頃だったので並木道はピンク色に染められ始めていた。
歩いていた時間帯は朝早かったので、まだウグイスも鳴いていた。
並木道の近くには川があり、涼しげな音を立てながら流れていた。
まだ春で涼しいから風がヒヤリと冷たかった。
最近は筍やつくしが地面からよく顔を出している。
今日もいつもと変わらない1日が始まるんだなと思いながら並木道を散歩いていると、セーラー服を着た女の子が倒れているのを発見した。
何故こんなところに倒れているのかとか、どうしてセーラー服を着ているのかとか、セーラー服を着ているのにどうして鞄は持っていないのだろうかとか言う疑問が頭をよぎったが、そんなことを考えている場合ではないと思い直し、女の子のところへ駆け寄った。
肩を叩くと、女の子は起き上がる。
どうやら救急車は呼ばなくていいようだ。
「君、大丈夫?こんなとこで倒れて、どうしたの?」
女の子はびっくりしたように起き上がり、辺りを見回した。
「ここは、どこ?」
「ここは菊の茎小学校の近くだけど
君この近くに住んでるの?」
僕が聞くと、女の子はキョトンとした顔で僕を見た。
「私は、今いる場所がどこなのか見当もつかない。」
「じゃあ、どうして君がここにいるんだよ。」
「わからない。でも、私自分のことだけははっきりとわかる。私は時を司る妖精で、時間を操作することができるの。」
やれやれ。
僕は、彼女はきっと頭を強く打ちつけすぎて記憶が混乱してしまったか、たまたまおかしなことを口走ってしまったのに違いない、と思った。
「君、大丈夫?とりあえず病院へ行ったほうがいいんじゃないかな?頭を強く打ってるみたいだし。」
そう言って僕が手を伸ばそうとすると、女の子は大丈夫と言って立ち上がった。
「でも、念のため病院へ行ったほうがいいよ。何かあるといけないから。
僕が近くの病院へ案内するよ。」
「でも本当に大丈夫だよ。」
そう言って僕はなぜか彼女を放って置けなくて、半ば無理やり病院へ連れて行った。
女の子をこの近くの大きな病院へ連れて行き、そこに預けた。
身元のわかるものやケータイや財布など何も持っていないようだったが大丈夫だったのだろうか。
そんなことを思ったが、僕にはあまり関係のないことであって、なんだか変なことを言っていたからあまり関わるのはやめたほうがよさそうだ、と思って考えるのをやめた。
女の子を連れて行った病院には僕の母親も入院していたため、よく知っていた。
だから、女の子を連れて行ったついでにと思い僕は母の部屋へ立ち寄った。
「母さん、おはよう」
「あら、おはよう
今日はずいぶん朝早い時間に来たのねぇ。」
母はにっこりと優しく微笑んでいった。
「そうなんだよ。
なんだかよく分からない女の子に出会ってね。」
僕は今日並木道を散歩しに出たことや、そこでたまたま出会った謎の女の子のことについて細かく話をした。
その話をすると、母ひ一瞬驚いたような顔をして嬉しそうに言った。
「そうだったの。
それでその子をここへ連れてきて、寄ってくれたのね。
偉かったわね、ありがとう。」
「今日はね、お医者様にもう直ぐ退院できそうだって言われたのよ。」
「本当に!?
それは嬉しいなぁ。帰ってきたらお祝いしなくちゃ。」
「それはいいのよ、あまり気にしなくて。」
僕は1時間ほどそんな話を母として、家に帰った。
僕の家は少し前から母が肺を患ってしまったため入院していた。
手術をしなければならず、少し僕は不安に思っていたが手術も成功し、順調な回復をみせたためやっと退院できるようになったそうだ。
僕は嬉しくて、父は仕事で忙しいかとも考えたがすぐにメールをした。
きっと父も喜んでいるだろうと、そう思った。
その時の僕はとても浮かれて、気分が良くなっていた。
気分が良くなりすぎていたのかもしれない。
でも5日後にあんな空想みたいなできごとが起こるかなんて、全く想像もしていなかった。
その日の夜、僕は父と2人で母が帰ってきたらお祝いのパーティをしようと企画した。
豪華な食事を用意して、ケーキも買ってこようと。
僕は唯一料理だけは得意なので、その日は腕を振るって料理を作ろうと思いいろんな、美味しそうなご飯のレシピを調べた。
母の好きそうな料理をたくさん作ろう、そう思って調べるのに夢中になっていると、気づけばもう時間は0時を過ぎていた。
もうそろそろ寝ないといけない。
料理を考える時間はまだあるのだから、ゆっくりでいいだろう。
そう思って僕はそのまま深い眠りについた。
それから5日がたったある日。
僕が母のいる病院へ行き、母のいる部屋へ入って行った。
するとそこには昨日出会った例の女の子がいた。
女の子は目をつぶって、胸の近くに手を当てて何かブツブツと呟いていた。
何をしているの?と声をかけようとした瞬間、女の子の胸のあたりへ小さな光が吸収されて行ったかと思うと、女の子はそのまま光に包まれた。
その光があまりにも強くて僕は思わず目をつぶってしまう。
目を開けたときには、何故かそこに女の子はいなかった。
何事かと思って部屋の中へ入り、母のもとへ行く。
母はいつもならこの時間は起きているはずだが、今日は眠っていた。
「母さん、おはよう。」
僕が声をかけるが、反応がない。
そっと肩を揺らしたら、力が抜けたように頭が横になった。
これは何かおかしい。
そう確信して母の主治医を呼んだ。
すぐに主治医は部屋にやってきた。
何やらバタバタとしている。
心電図が異常な数値を出していた。
そしてその数分後のこと。
「ピー」
心電図が止まり、0の文字が表示される。
「残念ですが、お母様は……」
医者が言いづらそうに僕に言った。
僕は、目の前で起きていることがとても信じられなかった。
僕の感情とは対照的に母は、まるで微笑んでいるような顔だった。
前日に母は回復してもう退院できると大喜びしていたのに。
なんで?どうして?
ずっとそのことだけが僕の脳内を駆け巡った。
項垂れる僕の隣に、誰かが来て僕の肩にそっと手を置いた。
顔を上げてみると、昨日出会った例の女の子が立っていた。
女の子は、悲しそうな顔をしている。
その時に僕は女の子が母の前で何かしていたことを思い出した。
まさか、彼女が母に何かしたのか?
そう思って彼女に尋ねた。
僕の思った通りだった。
「さっき、僕の母さんに何をしたんだ?」
僕は声を低くして、威嚇するように彼女に聞いた。
「あなたのお母さんは、死を望んでた。だから私があなたのお母さんの人生の残り時間を奪ったの。」
彼女は静かに答えた。
「僕の母さんが死を望んでた?人生の残り時間?ふざけたこと言うなよ!
じゃあ君が僕の母さんを殺したってことか?」
僕は、母が死んだショックから正気でいられなくなって、思わず大声で彼女を怒鳴りつけていた。
だが彼女は冷静に、何事もなかったかのように答えた。
「あなたがそう思うなら、それでいい。私は、人に憎まれるのなんて慣れっこだから。」
その言葉に、僕は返すことができなかった。
女の子はそのまま僕に背を向けて去っていってしまった。
僕はショックを少しでも紛らわそうと、病院の外へ向かって歩き出した。
窓から差し込む暖かい日差しが慰めるようにそっと僕を包んだ。
家に帰ると虚無な空間が僕を出迎えた。
僕は玄関から入るとそのまま2階にある自分の部屋へ行き、ベッドに倒れ込む。
そして1人の時間に浸るために、ゆっくりと目を閉じた。
母の死が僕の中を巡回して、なかなか離れなかった。
とりたいのに、こびりついてとれない汚れのように。
だがその時ふと、昨日出会った女の子とことを思い出した。
先ほど気がつかなかったが、彼女は母の人生の残り時間がどうのとか言っていた。
正直あの時はショックが大きすぎてどうでも良かったが、今になって気になってきた。
そういえばあの子と出会った時も、時を司る妖精とかなんとか訳のわからないことを言っていた。
それはただ強く頭を打ち付けただけだと思っていたけど本当に彼女は妖精なのか?
母の目の前で何かしていたが、それはなんだったのか?
考えれば考えるほどあの女の子に対する疑問は深まるばかり。
そんなことをずっと考えてモヤモヤしていたが、目を瞑って考え事をしていたせいかだんだん眠たくなってきた。
僕は現実逃避するように、そのまま深い眠りに落ちた。
それからどれくらい時間が立ったのか、起きた時には夕方になっていた。
「やばい、夕ご飯作らないと……」
そう思って僕はベッドから起き上がり、1階へ降りて行った。
降りていくと父が料理作り終え、食べようとしているところだった。
「父さん、ありがとう」
父は静かに頷いて僕に、椅子へ座るよう促した。
いつも賑やかな食卓が、その日はやけに静かだった。
父もきっと母の死にショックを受けているのだろう。
何も言わずに静かにご飯を食べ続けていて表情は読み取れないが、きっとそうだと思った。
食卓はいつものように賑やかではなかったから、僕はいつもより早く食事を終わらせて片付けをしてから自分の部屋へ戻った。
明日から、また学校がある。
だから今日は早く眠らないといけない。
だけど、どうしても母を失ったショックと昼間に眠ってしまったせいで寝付くことができなかった。
だがらあの女の子について少し考えてみることにした。
彼女がもし仮に、本当に時を司る妖精だったら。
彼女は僕の母の残り時間を奪ったと言っていた。
時間を司ると言うのは時間を奪うことなのか?
時間を自由自在に操ることができるのか?
もし自由に操ることができるとしたら、時間を奪うと言うのはどう言うことなんだろう。
時間を奪うことができるなら、与えることだってできていたんじゃないか。
なんだか僕がどんなに想像力を働かせても、空想の世界の話みたいで一向に答えが出ない気がした。
それに、もう一つ気になったことがあった。
彼女は、僕の母が死を望んでいたから時間を奪ったと言っていた。
母は何故死を望んだのだろうか。
それが分からなかった。
僕の家族はとても仲が良くていつも楽しかった。
母も父もお互いに助け合っていた。
それに、母がうつ病になったりしているような感じは受けなかったし、何かに悩んでいるとも思えなかった。
ならどうして、死を望んだのだろうか。
もしかして僕の知らないところで何かあったのだろうか。
僕はまだ母を必要としている。
まだ親孝行だってできてないし、一緒に行きたい場所だって沢山あった。
なのに何故……。
考えれば考えるほど涙が出そうになる。
辛かったのでもうそれ以上母のことを考えるのをやめよう。
そう思って、僕は眠りについた。
次の日も、またその次の日も僕は母のことのショックが大きくて、なかなか学校へ行くことができないでいた。
母のことで疑問に思っていることが沢山あるから、考えようと思うといつも母の優しい笑顔を思い出してしまって思考が止まってしまう。
いつかこんな日が来るとは分かっていたけどあまりにも早すぎて、呆気なさすぎて。
それにあの女の子のことも気になっていた。
人に憎まれるのなんて慣れてる、なんて言われたら憎むなんてことができなくなってしまった。
何日がして、僕が学校へ行くと例の女の子がいた。
僕の隣の下駄箱で靴を変えているところに、登校してきた僕と遭遇したのだ。
僕たちはお互いびっくりして、言葉がなかなか出てこなかった。
何か言うべきかと迷っているうちに、彼女はそのまま僕に背を向けて何処かへ行ってしまった。
憎まれるのなんて慣れてるとか言っていた。
だからきっと僕が母を殺した相手だと憎んでいると思ったに違いない。
それはそうと、彼女は何故僕と同じ学校に通っているのだろう。
彼女は入学した時からいた気もするし、いなかった気もする。
彼女の顔を見るのはあの日出会った時が初めてだとはっきり知覚しているのに、何故かずっと同じ学校に通っている気がする。
そして、同じクラスだった気までしてきた。
ただ、彼女に意識が向いていなかったから気がつかなかったのかとも考えたが、あんなに可愛い子だったら嫌でも目につくはず。
じゃあどうして?
他にも聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず荷物を置くために教室へ行くことにした。
すると、そこには以前から用意されていたかのように彼女の席があって、彼女はその席に座っていた。
窓際の、僕の一つ前の席だった。
「おはよう」
僕が後ろから声をかけると、彼女はふりむき、驚いたような顔をした。
「……おはよう」
彼女は少し俯いていった。
「ねぇ、君に聞きたいことがあるんだけど聞いてもいい?」
僕は荷物を全て仕舞い込み、椅子に座って僕に対して背中を向けている彼女に声をかけた。
「私に、答えられることなら。」
「まず、僕この間君に出会ったのが初めてのはずなのに、何故かずっと同じ学校で、同じクラスで一緒に授業受けてた気がするんだけど、どうして?」
「それは、今は話せない。」
「なら、いつ話せるのさ?」
「どこかで2人になったタイミングでなら、大丈夫。
あと、この間はありがとう。おかげで記憶が戻った。
あと、お母様のことはごめんなさい。」
「記憶が戻ったならよかった。
君、人に憎まれるのなんて慣れっこなんでしょ?なら謝る必要ないんじゃない?
あと母さんのことならもう吹っ切れたからいいよ。」
「いくら憎まれるのに慣れていても、罪悪感は背負っているから。」
彼女はうつむきながらそう言った。
僕には、彼女の目から一筋の涙が流れたように見えた。
だから僕はこれ以上聞きたいことが聞けなくなってしまった。
授業が終わると、僕は学校終わりに彼女と2人で会う約束をして帰った。
帰るとすぐに制服から私服に着替え、外へ鍵をかけて出ていった。
約束の場所である神社へ行くと、彼女はすでにきており祠の前の階段に座っていた。
彼女は制服のままだ。
「お待たせ。
学校から帰ってずっとそのままだったの?」
僕が聞くと、彼女はうなずいた。
「私の隣座って。話をするから。」
「わかった。」
そう言って僕は彼女の隣に座った。
彼女はゆっくりと話を始めた。
まず、彼女の時を操る能力と言う能力くについて。
生き物には人生の時間というのがそれぞれ決まっていて彼女はそれを目で見て判断でき、また奪ったり与えたりすることができるそうだ。
その力で、彼女は僕の母から命を奪ったようだ。
そして彼女自身にも残り時間というものが存在するらしく、彼女は人から奪った時間で生き延びているそうだ。
彼女が人の残り時間を奪う時は、決まってもうこの世に生きていたくはないから死んでしまいたいと思っている人間だそう。
彼女曰く、死にたいのに生かしておくのはかわいそうだから。
そのようにして彼女はもう300年近く生きているそうだ。
300年生きているとは思えない美貌をしているが。
また、時を操るため時間を操作して時間を戻したり進めたりできるらしい。
そして進めたり、戻したりした時間は必ず元に戻さないといけないらしい。
元に戻さなければ並行して2つの時間が進められてしまうため、2つの結果が生まれてしまう。
そうすると並行世界が二つできてしまい、同時に2人の自分が存在することになる。
そうなってしまうと、どちらか片方を殺さなければならない。
そして並行世界の2人の同じ人物は、自分のもともと持っている寿命を半分づつ分け合う形で存在することになるため、寿命が縮まってしまうからあまり良いことではないと彼女は説明した。
僕の学校に彼女がずっといたような感覚になっていたのはそれが原因だったようだ。
彼女は時間操作をして時間を受験の時までに戻し、自分で受験をして学校に入った。
義務教育は受けていないが何故か合格してしまったそうだ。
だから彼女は勉強ができないらしい。
そもそも300年生きていて何故今なのかと言う疑問があるが。
そして、僕の母の命の残り時間を全て取ってしまった理由。
それは僕の残り人生の時間が少なくなり始めていることを知った母が、僕に残り時間を残してくれたからだそうだ。
母の残り時間はまだまだずいぶん残っていた。
しかし、僕のために残してくれたそうだ。
そして、母が彼女の話を信じた理由。
それは僕の母が幼い頃、彼女に出会ったことがあるからだそうだ。
彼女は僕の母が10歳近くの頃に出会ったそうだ。
夏の暑い日、母がとある神社の前で遊んでいるとたまたま彼女に遭遇したらしい。
神社というのは母の実家のほうにあった小さな神社で、もうすでになくなってしまったのだとか。
彼女はその時猫に残り時間を与えていたようだ。
母はそんな彼女に興味を持ち、仲良くなったらしい。
それから、母と彼女は親友のように仲良くなったとか。
彼女は母を妹のように可愛がり、母は彼女を姉のように慕っていたと言った。
だからどうやら僕の父も、彼女のことを知っているようで。
母は父と結婚することになるといち早く彼女に伝えたそうだ。
だが、僕だけは彼女を知らない。
その理由は彼女がたまたまいなかったから。
16年間、彼女は他の土地で妖精としての役目を果たし、再びこの土地へ戻ってきたのだという。
そしてそこでたまたま親友の息子である僕と出会い、病院で親友の話を聞いたことで少しずつ記憶が蘇ってきたのだとか。
そして僕の命の残り時間が少ないことを僕の母に伝えたところ、自分の残り時間を差し出す、息子のためなら後悔はないと言ったそうだ。
僕はそんな僕に対する母の温かい思いを聞いたことで、胸が熱くなった。
そしてより一層、もっと母の言うことを聞いて親孝行ができればよかったと後悔に苛まれた。
だが、僕の残り時間が少ないというのはあとどれくらいなのだろうか。
聞くと、彼女は真面目な声で言った。
「あと半年くらい。」
「半年ぃ!?」
僕は驚いて言った。
僕の命はあと半年しかなかったのか。
「今からあなたに、あなたのお母さんの残り時間をあげる。」
そう言うと彼女は胸に手を当てて何かをぶつぶつと唱え始めた。
すると彼女の胸元から小さな光があらわれ、それは彼女の両手ですっぽりと包み込めるくらいの大きさになった。
しばらくするとその光は僕のところへやってきて、僕の胸元あたりで小さくなっていき、全て僕の中に収まった。
何か変わったと言う感覚は無いけれど、何か変わった気がするのは気のせいなのだろうか。
「よし、完了!
これであなたは大丈夫。」
そう言って彼女は、子供みたいに無邪気に笑った。
その笑顔がとても可愛くて、僕は一瞬彼女を好きになりそうになった。
それから、僕と彼女は仲良くなった。
僕と彼女には他にも2人共通の友達がいたから、4人でカラオケへ行ったり、映画を観に行ったりもした。
彼女はカラオケでよくアニソンを歌っていた。
アニメが好きなようだ。
そして彼女は恋愛ものの映画が好きなようだった。
また、怖がりながらホラー映画もよく見ていた。
怖いけど、見たくなってしまうらしい。
正直僕はホラー映画は苦手だけど。
彼女は終始楽しそうだった。
でもたまにふと悲しそうな顔をすることがあった。
それは日常の、何気ないひと時を過ごしている時。
例えば僕と2人で話をしている時だとか、映画の途中にふと彼女を僕が見つめた時にそんな顔をしていた。
みんなで遊んでいると何か不都合でもあるのだろうかとも考えたが、そんな感じでもない。
何か悩みがあるなら話を聞くと言っても彼女は大丈夫としか言わなかった。
そんな彼女が心配で、僕は彼女をカフェに2人で行かないかと誘った。
彼女はまだどうやら自分のことをまだ僕以外の友人には話していたいようだったのでそれが原因であってほかの子に話せないなら、2人だけになって話を聞いた方が良いのではないかと思ったからだった。
ただ、僕はそれだけの理由で彼女を誘ったわけではなかった。
僕は彼女のことを好きになっていた。
あの日彼女の笑顔を見てからと言うもの、あの子供みたいな笑顔がどうしても忘れられなくてずっとそのことだけが僕の頭の中を支配していた。
下心見え見えかなぁとも思ったけど、僕しか知らないことがあると言うのを口実にすれば良いと思った。
彼女とカフェで待ち合わせをして2人で入る。
飲み物を頼んで席に座ると、僕は言った。
「単刀直入に聞くけど、何かあるなら僕でいいなら話して欲しい。」
彼女を見ると、俯いていた。
彼女は何も言葉を発さなかった。
「君、最近なんだか寂しそうな顔をすることがあるから心配なんだ。
僕に言えないことなら話さなくても構わないよ。」
僕は出来るだけ優しく言ったつもりだったのに、彼女は突然泣き始めた。
「ご、ごめん」
僕はびっくりした。
今の言葉の中に、何か言ってはいけないような言葉が入っていただろうかとも思ったが、なかなか思いつかない。
でも人の心はそんなに単純じゃないから、彼女はどこか僕の思いもよらないところに傷付いたのかもしれない。
そう考えると、僕もまだまだ彼女のこと知らないことばかりだと思った。
そんなことを考えていたらなんだか僕も切なくなってしまって、気分が沈んでしまう。
すると、彼女がいつのまにか泣き止んでいて僕に声をかけた。
「ごめんなさい、別にあなたが悪いわけではないからあまり落ち込まないで。」
彼女は僕に優しく言った。
「なんだか、あなたたちといる時間が一緒にいればいるほど惜しく感じられてしまって。
300年も生きててやっとそんなことに気がつけるなんて私ってバカだよね。」
そう言って、寂しそうに笑った。
僕は、その言葉の意味がわからなかった。
「ねぇ、それどう言う意味?」
「私、あと数ヶ月で寿命が尽きるの。」
「え?」
僕は自分の耳疑った。
あと数ヶ月で、なんだって?
「多分今年の夏頃だと思う。」
「どうして?!
それ、どうにかできないのかよ。
死を望む人の寿命もらって生きられないのかよ!」
気がつくと、僕は叫んでいた。
彼女が僕の目の前からいなくなるなんて、考えられなかった。
彼女はまだ少し前に出会ったばかりだったのに、なんだか幼稚園や小学校の頃から仲が良かった親友のように彼女と一緒にいると心が安らいだし、楽しかった。
そして、それが僕にとって当たり前の日常になっていた。
「落ち着いて。」
彼女は微笑んでいった。
「まだ数ヶ月はあるんだから。思い出はたくさん作れる。」
「それでもあと数ヶ月って、なんでそうなったんだよ。」
「実はね、私あなたのお母さんの寿命をあなたにあげるときにこっそり私の寿命も一緒にあげたの。あなたのお母さんは、あなたが将来子供を作ってその子が孫を作るって言う喜びを、あなたのお母さんが体験できない喜びを噛み締めて欲しいって言われて。
でもあなたのお母さんにはあなたがそこまで生きることができる寿命が残ってなかった。
あなたのお母さんは私の親友であり、姉妹みたいなものでもあったから私にとってもその願いは同じ。
だから私の寿命も少しだけ、あなたに分けさせてもらったの。
そしたら結果こうなってしまってね。」
僕はショックを受けた。
それは彼女がもう亡くなってしまうことに加えてもう一つ。
僕は彼女にとって息子のような存在だったこと。
つまり彼女にとって僕は恋愛対象でも何でも無い、家族のような存在。
僕は彼女が死んでしまう前に、潔く振られたのだ。
告白もしていないのに。
僕がショックで泣きそうになっていると、彼女は言った。
「私がいなくなったらきっとみんなの記憶は消えてしまうけど、あなたには覚えててほしい。だから、これを渡しておくね。」
そう言って彼女は僕に小さな袋をくれた。
「この中には私と過ごした時間が少しだけ入ってる。これを開けることでその時間があなたの中に取り込まれて、思い出すことができる。」
僕は、また自分の時間を使って何か工作したのかと思っていた。
すると彼女は僕の考えを見透かしたように言った。
「それは私の時間を使って込めた訳ではないから安心して。
自分で死ぬとわかったらどうしても思い出を共有したい人に、時間に記憶を込めて渡すことができるの。私の記憶にある時間を操作してそこに閉じ込められる。」
僕は彼女の説明の意味がよくわからなかったが、とにかく彼女が自分の時間を使った訳ではなくて少しほっとした。
でもだからと言って彼女の残り時間があと少ししかないのは変わらない。
「でももうすぐ死ぬなんて、僕は嫌だ。
僕は別に年寄りになやてならなくてもいいから、僕から残り時間をとってよ。」
僕は決意して彼女に言った。
まあ別に僕にとってはまだまだ時間があるから大した決意ではなかったけど。
「それは無理。
一度私の手から移動させてしまった時間を元に戻すことはできないからね。」
「それなら、死を望む人の時間を取ればいいじゃないか。」
「死を望む人でも、私はそんなに簡単に人の残り時間は奪えない。人が死ぬわけだからね、私だって罪悪感がないわけでも、悲しくないわけでもないの。」
そう言った彼女はいつもみたいに穏やかに笑っていたけど、その言葉にはなんだか言葉にできないような重みがあった。
どうやら、僕はこの事実を受け入れるしかないようだった。
目の前にある事実を受け入れないといけないのに、なかなか受け入れられない。
それは僕の母の死んだときと同じ。
僕は母と友人という二つの大きなものを同時に失った。
でも今日は他にも一つ大きなショックを受けたせいか、母が死んだときより辛く感じた。
その日以降、僕は学校になかなか行くことができなかった。
彼女とあと少しの時間を共有したいという気持ちもあったが、時間を共有すればするほど辛くなって彼女が死ぬということを受け入れられなくなる気がしたから。
それに、気持ちの整理もつけたかった。
ずっとカーテンを閉めて薄暗くなっている部屋のベッドで、僕は布団を頭からかぶっていた。
布団の中にいてもなかなか眠ることは出来なかった。
彼女が死ぬということが、僕の頭の中を支配していたから。
僕の心は煙が沢山入っているみたいにモヤモヤして、そこから逃げ出したいのに逃げ出せなかった。
ある日、僕の友人2人が僕を心配して家に来てくれた。
でも彼女は僕の家へ来なかった。
2人の友人は彼女が来なかったことと僕がずっと学校を休んでいることを結びつけ、彼女に告白したらフラれたから学校に来ないのではないのかと言った。
半分当たっている。
だが、後の半分のことは僕の口から言うことはできなかった。
彼女がいうべきだと思ったから。
結局僕は2人の友人に諭されて次の日から学校へ行くことになった。
でもまだあまり気持ちの整理がついていないから正直学校へ行くのは辛い。
次の日僕が学校へ行くと、彼女は案外普通だった。
あの、ふとしたときに見せる悲しそうな表情も無くなっていた。
だからなんだか僕だけが取り残されたような、そんな気持ちになった。
夏休みになると、僕は友人と様々な場所へ遊びに行った。
そしてある日、僕は彼女を夏祭りに誘った。
僕と2人だけで。
彼女は僕の考えに気付いていないのか、ただ気づかないフリをしてくれているのかは分からなかったけど、喜んで一緒に行くと言ってくれた。
この夏休み、僕にはどうしてもやりたいことがあった。
それは、彼女に告白をすること。
断られるのはわかっていたけど、この思いにけりをつけたかった。
だからあえて、2人だけで誘った。
夏祭りの当日、僕はソワソワしながら神社の鳥居の前の階段に座って待っていた。
僕が到着してから5分くらい後のこと。
「お待たせ」
彼女が小走りで僕の方へ駆け寄ってきた。
彼女は浴衣姿で、少しだけメイクをしていた。
とても可愛いと思った。
僕が見惚れていると、彼女はキョトンとした顔をして大丈夫?と言った。
お祭り会場に行くと、それはそれは人が多かった。
僕は迷うといけないからというのを口実に、彼女の手をそっと握って彼女を導いた。
僕は彼女の表情を見ることはできなかったけど、彼女の手の温もりを感じてなんだか嬉しくなった。
僕たちはみたらし団子やとうもろこしなどを食べ、金魚すくいもした。
僕は金魚すくいがヘタクソで1匹も釣れなかったからお店の人に1匹だけもらってくることになってしまったけど。
すると、彼女はこの金魚を私だと思って大切に育ててね。と言った。
僕は少し照れ臭くなって少し俯きながらうん、と言った。
僕はその時とても楽しい時間を過ごしていたから、彼女の残り時間が少ないことなんてすっかり忘れていた。
楽しくて、忘れられたのだった。
そして花火が上がる時間になった。
僕たちは花火が見やすそうで、2人だけになれる場所を探してそこへ行った。
花火がドーンと上がる。
その度に僕の鼓動はどんどん加速していった。
今日この花火が上がる時、告白しようと思っていたから。
「ねぇ、あのさ」
僕は彼女に話しかけると、彼女は僕の方をチラリと向いた。
僕が言い澱んでいると、彼女は僕に優しく微笑んだ。
それで僕の気持ちはなんだか安らいだ。
「僕、君のこと好きなんだよ。」
そう言うと彼女は少し驚いたような表情をしたが、そのあと嬉しそうに笑った。
その頬を、一筋の涙が流れた。
「そう、ありがとう。
すごく嬉しい。
私もね、私も実はね、あなたのこと大好きだった。
友達としてじゃなくて。」
僕はその言葉を聞いて嬉しくなった。
当然断られると思っていたから。
「あなたのことが好きだから、私死にたくない。でもあなたに生きててほしい。どっちも取るなんて欲張りなことできなかったから、ごめんね。」
彼女は泣きながら、何度も謝った。
僕の胸は締め付けられるように痛かった。
「僕こそ、ありがとう。」
僕にはその言葉を言うので精一杯だった。
次の日、僕は朝起きると僕の心には何か大きな穴がポッカリと開いたような感覚があった。
別に悲しいことなんて何もなかったのに。
その辛さは、母が死んでしまったときのそれにとても似ていた。
そう言えば僕の母さん、どうやって死んだんだっけ?
それがどうしても思い出せなかった。
なんだか頭にモヤがかかっているような、そんな感覚。
思い出そうとすればするほど頭が痛くなった。
そして僕の部屋の中には見たことのないものまで転がっていた。
全くとった覚えのないスーパーボールや、買った覚えのないキーホルダー。そして今遊園地で買ったらしい被り物もある。
誰かからの貰い物な気がした。
それを見ると、何か欠落していた思い出を思い出せそうな感覚になった。
実際は思い出すことができなかったけど。
そして僕が学校へ行く準備をしていたとき。
僕の通学用のバッグから小さな、お守りのような袋が出てきた。
なんだろう。
それを手に取って、僕は開けた。
すると飴玉くらいの小さな光がふわっと上がってきて、僕の胸のあたりに吸い込まれた。
その瞬間、僕の目から暖かくてしょっぱいものが溢れ出てきた。
この悲しさの正体がわかったから。
全部思い出した。
彼女と過ごした日々も、昨日の夏祭りの出来事も、思い出が次から次へと出てきて、それと一緒に涙も出てきた。
そして彼女がもういなくなったことを悟った。
どうやら、この袋は一度開封してしまうともう一度同じ記憶を見ることは出来ないようだった。
僕はとても辛かったけど、彼女と母に残り時間をもらったと思ったらなんだか元気が出てきた。
だから残りの時間を大切に生きていこうと思った。
死にそうだった僕を救ってくれた彼女と母のために。
学校へ行こうとして僕は玄関に置かれている水槽の前で立ち止まった。
そこには昨日彼女ととった金魚がいたから。
僕が金魚に微笑みかけて、行ってきますと言った。
昨日の夏祭りに買ってきた金魚が玄関を出る僕を見て少し笑った気がした。
こちらの作品を読んでいただき、誠にありがとうございました。
今後も少しずつ作品を書いて掲載していこうと考えておりますので、よろしくお願い致します。