第二異世界人発見
「うん、順調順調!この調子なら予定通りにあと5日で『デロス』に着けそう!」
そう言いながらシルヴィアは野営地の案内板らしき物を見ている。
まあ、案内板と言ってもここはいくつ目の野営地であといくつで森を抜けるか。といった、本当に簡素な地図しか書かれていないのでおれには正確な距離感などはいまいち掴めない。
「結局、ここまで誰にも会わなかったな。」
「うん。まあこの辺りは大分森の奥だから。ここまで来る人はかなり珍しいの。」
「ふ~ん。ならシルヴィアはかなり不便なところに住んでたんだな?」
2日歩いて人に全く出会わないような奥地。人見知りと言うか、もはや仙人みたいな暮らしぶりだ。
「わたし、あんまり人と会いたくないの。行く場所のあても無かったし、あそこならしばらくいても人に会わなさそうだったから。」
彼女は基本、とてもよく笑う子だ。感情豊かでからかうと膨らむし、失敗すればしぼむ。それでもその内訳は80%くらいが笑顔だ。
愛らしくて、なんとなく見ていたくなる笑顔だなと思ったりしていた。
けれど、時折とても寂しそうな表情を浮かべるときがある。それがなぜかとても嫌だ。なぜかはわからないがそんな顔をさせてしまうことがとても嫌だった。
「誰でも苦手なものの一つや二つくらいあるだろ。かくいうおれは貝が苦手。てかこっちにも貝ってあんのか?」
「貝?」
「貝。なんでわざわざ固い殻に引きこもってるやつを、昔の人々は奴を無理にでも外へ引きずり出そうと思ったのか。」
腕組みをしながらム~っと唸りながら考えこむ。
「わたしはおいしかいと思うけど?」
「おれ個人としてはおいしいについて否定する。そもそも水中のエラ呼吸とは相性が良くない。あとは、食べれるけど野菜も好きじゃない。できれば食べたくない。」
渋そうな表情を作り彼女の方を見る。
「好き嫌いしてたら大きくなれないんだよ?何でも食べなきゃ!」
そう言って彼女はとりあえず笑ってくれた。
まだ彼女のことはよくわからないが願わくば彼女があまり寂しい顔をせずに過ごしていけるようにしてあげたいな。と。
どれくらいの期間一緒に居られるかはわからないが、とりあえず当面はそれを目標にしていこう。
「今日はおれから見張りするから寝ていいぞ?」
「じゃあお言葉に甘えます。明日はちゃんとシャキッと起きてね?」
いたずらっぽく笑いかけながらこちらを見る彼女に
「それは、善処します。」と笑い返す。
「起こすの大変なんだからね!起きてもずうーっとボっーとしてるんだもん。」
気の乗っていない返事がばれたのか、おれの返答に彼女はムクれている。
「はいはい。がんばりますよ~」
さらに気のない返事を返しながら焚火に薪をくべコーヒーを飲む。
「ほら、ほんとに寝ろよ?」
「う~ん。もう少しだけ、お話しててもいい?」
いつもは素直に寝るところなのに本日は珍しく拒否するシルヴィア。
「どうした?まさか野宿で怖くなったか?」
「そんなに子供じゃないもん!・・・わたし、あんまり人とお話しするのは好きじゃなかったけど・・・タイヨウは、好き。楽しいもん。」
まっすぐおれの目を見ながら柔らかい笑顔を向けてくる。
少しからかうつもりが想定と違う返事に不意打ちを受ける。
(・・・かわいいな、おい。)
「気に入ってもらえて何よりです。もてる男はつらいねぇ。」
「・・・タイヨウ顔赤くない?大丈夫?」
「焚火の色だろ。体調はすこぶる良好だよ。」
コーヒーをすする動作で顔を隠す。ま、赤いだろうな。予期せぬ不意打ちだったし。
気を取り直し、そこから少しくだらない話をしている間に彼女はうとうとし始める。
「・・・おやすみシルヴィア。」
「うん、、。おやすみ、、。」
そうして彼女は、すぅすぅと寝息を立てていた。
「はあ~自然豊かなのはいいけどよ・・・これだけ緑ばっかだと飽きてくるなぁ。」
昨日も一昨日も見わたせば木木木。たまに獣。今のところたまにに出てくる獣も
〈強化〉と呼ばれる初歩魔法の効果か、全く問題なく倒せる。10%ほどとは言っても我ながら元の運動神経がいいことに救われたと内心では自画自賛している。
「もう!ここは森なんだから当たり前でしょ?変なことに文句言うだから。」
「やっぱ生きていくうえで適度な刺激って必要だと思う訳よ。不意に京都に行きたくなったりとかさ。うん。」
「きょうと?」
「舞子はんが支配する街。気を抜くとよそ者は精神的に追い詰められる恐怖の街だな。」
ちなみにこれらはおれ個人の主観の為事実とは異なります。
「そんな所があるんだ、、、!でも、出てくる獣も普通の獣の中では結構強い方だよ?タイヨウって、やっぱりすっごく強いと思うの!」
ちなみに彼女は弱い。こと戦闘面においてはおれの世界の一般的な女性と比べても明らかに運動神経が悪い部類だ。それを指摘すると彼女は
「わたしは『治癒魔法』の専門家なのです!そりゃあ、戦いではタイヨウの足を引っ張ってばっかりだけど、、。ケガしたらすぐに治してあげましょう!」
と胸を張っていた。
厳密にはこの世界の『治癒魔法』というのは「新陳代謝」の促進に近いらしい。ケガを治すのではなく、ケガの治りが早くなる。というもの。
新陳代謝なので使えば使うほど治してもらっている方は疲れるし、腕が切り落とされたり致命傷のような大ケガは治せないそうだ。
「治せる魔法もあるのはあるんだけどね。・・・それは前に少し説明した、失くなっちゃった魔法なの。だから、普通の魔術師で使える人はいないんじゃないかな?けどけど、治癒魔法使いだってこの国にも少ししかいないの!すっごいんだから!どう見直した?」
「わかったわかった。わかったからそうグイグイ近寄ってくるな。シルヴィアがすごいことはわかったから。」
どうどうと彼女を落ち着かせる手ぶりを見せ彼女も満足そうに引き下がった。
「それに、、、もしいたとしても本物の治癒は『月の魔法』だから人には教えないと思うし、、、。」
「月の魔法?」
彼女に聞き返すとハッと口を押え、しまった。という顔をする。
「なんでもないの!ただの昔話だから!気にしないで、ね?」
そう言われると余計に気になるのだが、、。
「・・・まあいいや。それよりもその失くなった魔法ってなんなんだ?」
「そうだね、そろそろ教えてあげましょう。正確には『失われた魔法』って呼ばれているんだけどね。この間は説明してなかったんだけどまず魔力には4つの属性があるの。まずは――」
彼女の話を要約すると、前に聞いたものを含めると魔力は大きく分けて3種類。
自然にある『全なる魔力』と人や生物が持つ『一なる魔力』に分かれる。
次にそれぞれの魔力には自然を構成する”四大元素”の「火」「風」「水」「土」の4種類のどれか、もしくはいくつかの属性を持つらしい。これは元の世界でもよく聞く話だ。
ちなみに有名な「〇ケモン」のように相性とかは特にないらしい。このあたりはほとんど前の復習だ。
「で『失われた魔法』についてなんだけど、これは属性よりも前に大きく分類したときにもう一つ『原初なる魔力』っていうのがあるのね。この魔力でだけ使える魔法なの。『エーテル』は世界中に漂ってはいるんだけど扱える人がいないの。」
「なんでさ?無いならわかるけど、他と一緒であるなら使えそうって思っちまうけど。」
「簡単なことなの。この『エーテル』に対応する魔力属性の人がいない。だから使えないの。この国には様々な生物がいるけど、ほぼ全ての生物は『四大元素』からなる四属性なの。」
「けど『エーテル』に対応する魔力属性は二つ。『太陽』と『月』よ。この二つは『二神元素』と呼ばれているの。」
なるほどな。ガソリン車に電気を充電したって走れない。で、この世界には電気自動車は無いから電気の使い道が無いって感じか。
「大層な名前、、、。神様の力ってか。生まれてこの方、神様なんか信じたことねえおれには関係ない話だな。要するにその治癒魔法を使うには月の魔力が必要だけど、そもそも月の魔力を使えるやつがいねえから実質使えない、と。」
ふむふむと頷きながら話を自分が飲み込みやすくするためにかみ砕いていく。
「ちなみに、太陽の魔力は何ができんだ?」
「・・・わからないの。月の属性を持った人は前例があるんだけど、太陽に関しては何もわからないの。」
それは残念。『月』がそこまですごいなら、『太陽』もこう、辺りをガバーっと更地にするくらい派手なのが良かったな・・・
くだらないことを考えていた時、ふと疑問が浮かぶ。
「けどさ、それなら月の魔力ってすごいんだろ?なんで、「持ってたとしたら隠さないと」なんだ?誰も使えない魔法が使えんだろ?めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
「・・・月は『罪』の象徴だから。」
「罪?」
「そう罪。だから月の魔力を持って生まれたってことは『罪』の証だから。そんなことバレたら、この国では生きていけないの。」
まただ。またその寂しそうな顔だ。この話題はこの世界ではタブーなのか?
「ふ~ん。この国の制度とか風潮とかよく知らねえけど・・・もったいねえな。」
「もったいない??」
「うん、もったいない。だって誰も使ない魔法が使えるってことは、もしかしたら誰かが助けられかった誰かを、『そいつ』は助けられるかもしれねえじゃん?親が犯罪者だからって子供が犯罪者になる訳じゃなし。蛙の子は蛙じゃなくてオタマジャクシなんだから。」
そう言って彼女の顔を見るとなぜかとても驚いて、けれども嬉しそうな顔をしていた。
「「おたまじゃくし」が何かはわかんないけど・・・でも、うん。そうだよね。」
なにが琴線に触れたのかはわからないが、我ながら確かにかっこいいことを言えた気がする。うんうん。と一人で頷いていると彼女が尋ねてくる。
「もし、タイヨウがその力を持っていて――目の前に自分にしか救えない人がいたらどうするの?」
「助けるよ。おれにしかできねえことだろ?ほかの誰でもない、おれにしかできねえことならやるしかねえだろ?」
「けど、誰かを助けたのに周り皆には嫌われちゃうんだよ?怖くないの?」
ん~。と考えてみる。
「それは嫌われてから考えるかな。別に人助けが生きがいとかじゃないし、自分のことを善人だとも思ってない。けどやっぱり、そこでなにもしねえのは・・・おれ的には嫌われるよりイヤかな。」
言葉を口にしながら、いろいろな光景が脳裏をよぎった。
それらをもう一度記憶の奥の方にしまい込み「ふぅっ」と小さくため息をつく。
「ここ数日色々あってさ。合ってるかどうかはわかんねえけど。それでも、自分が胸を張って「やりきった!」って言えるようにしたいと思ったんだ。だから、もしそんな時が来るなら――おれはやる。それに、嫌われても死ぬわけじゃないし?なんとかなるって。・・・長々ごめんな?」
何かとても恥ずかしいことを言った気がする。というかすげえ恥ずかしいと思い顔をそらす。
「・・・やっぱりタイヨウは強いね。もう一つ質問してもいい?」
「なんでもどうぞ。おれで答えれることならなんでも答えるぜ。」
彼女の方を向き直る。するととてもまっすぐな瞳で
「・・・もしも、タイヨウの友達や、大切な人がそうだったらどうする?」
「それはさっきの”もしも”がおれじゃなくておれの周りの誰かってこと?」
「・・・うん。」
大切な人。そう言われしまい込んだ笑顔が浮かんだ。
「・・・特に何にも変わんねえよ。別に治癒魔法が使えるから友達になったわけじゃないし。使えるから友達やめるってことも無い。それにもしそんなことで悩んでるのなら、笑わせてやりたいな。おれの国では『笑う門には福来る』って言ってな。笑ってるといいことあんだとよ。だから、意地でも笑わしてやるさ。」
最後に言われた言葉が今でも耳に残っている。気付けば引用してしまうほどには。
「・・・そっか。ありがとう。ごめんねくだらないこと聞いて。」
そう言って笑った彼女の顔からは、ほんの少しだけ影が薄れたような気がした。
「さて、今日はここまでだったよな?」
「そうだね。多分次の地点までは間に合わないし。」
日はまだ出ているがおそらく暮れてしまうまでに次の野営地まではたどり着けそうもない。いつもより少し早いが今日の冒険はここがセーブ地点だ。
腰を降ろし野営の準備を始めていると森の中から話声が聞こえてくる。
「おや、めずらしいですな。こんなところで人に会うとは!」
小太り中年男とその護衛らしき腰に剣を携えた二人の男が姿を現れた。
「初めまして、わたくし行商人をしておりますガローナと申します。」
そう言うといかにも客商売人といった人当たりのいい笑顔で握手を求めてくる。
歳はおそらく40半ばくらい。おれよりも少し小さい身長に小太り。まあ見るからに護衛でもつけなければあっさり獣の餌。って感じだなと失礼な感想を抱く。
「・・・ご丁寧にどうもっす。おれは神代太陽って言います。」
と握手に応じガローナの手を握り返す。
「ほう!「タイヨウ」とはいいお名前で!この国においては素晴らしい名前ですな!」
こちらの握った手を左手でさらに握ってくる。行商人と言うだけあってこういう初対面の人間との接し方にとても慣れている感じだ。
「ご紹介が遅れましたな。こちらの二人は護衛をしてもらっているデバンとウォールです。」
ガローナを名乗る男の後ろで佇む二人がペコっと会釈をしてくる。
こちらも軽く会釈を返し後ろの二人を見る。
デバンの方は180cmは超えているだろうか。横幅もかなりガッチリとしていて、いかにも「護衛」って感じの体つきだ。
ウォールの方も身長こそおれとあまり変わらず、デバンに比べれば細いものの、服から伸びる腕にはしっかりと筋肉が付き立ち姿からも自信が見て取れる。
「後ろの方はお連れ様ですかな?」
そう言われ後ろを振り返るとすっぽりとフードを被って体育座りをしているシルヴィアがいた。
(完全に守備表示だな、、。初対面の人と話すのはそんなに嫌か?)
仕方ない。そう思い代わりに彼女の自己紹介をする。
「すんません。極度の人見知りなもんで、、。あいつはシルヴィア。えーと・・・妹です。」
「それはそれはご兄妹仲睦まじいことで!ご旅行ですかな?」
「はあ、まあそんな感じっす。人見知りを除けば基本いい奴なんで。」
「いやいや結構結構。年頃の娘さんは難しいですからなぁ。わたくしも14になる娘がいるのですがこれがまあなんとも反抗期で―――」
ガローナの世間話に相槌を打ちつつチラッと後ろを見る。
明らかに不服そうに「なんでわたしが妹なの!?」といった感じで彼女がこちらを睨んでいた。――いやどう考えても妹だろう。
「――――でして!全く困ったもんですな!」
「そうですね。まあもう少し大きなったら親父の偉大さも分かりますって。」
ひとしきり話して満足そうな彼に愛想笑いを返す。
「さて、我々も今夜はここで野営をと思っていたのですが、ご一緒させていただいてもよろしいですかな?いかんせん最近は『魔獣』が増えていると聞きますし。日が暮れてからの移動は極力避けたいと思っておりまして。」
再度後ろの守備表示に目をやる。表情は確認できなかったが小さく頷いているのは見えた。まあ先に居ただけでおれたちの土地というわけでも無いから、断る権利などは最初からありはしないと思うが。
「ええ、是非。おれらもずっと二人だったんで他の人がいてくれた方が盛り上がっていいっすよ。」そうニコやかに返す。
「兄妹水入らずにお邪魔してしまい申し訳ないですな。お詫びと言ってはなんですがお食事を一緒にいかがです?これでも行商人の端くれ。ある程度余分に持ってきていますので!」
「お気持ちはありがたいんすけど、おれらあんまり手持ちが無くて、、。」
なにせ今回が初めての第一村人発見なのだ。金など稼ぐタイミングも無かった。
「いえいえ、恥ずかしながら、今回は商いがあまり上手くいかず。余り物になりますがお代はいただきませんので。代わりに酒の肴にお二人のお話を聞かせていただければ!」
何とも、営業マン。といった感じでイマイチ信用が置けない感じはあったりするが悪意はなさそうだ。
そうこうしていると後ろの森から護衛の二人が馬車を引いてくる。馬、ね。
こっちでは馬に角が生えているのが当たり前なのだろうか。実物は初めて見るがあれはユニコーンというやつでは?とまじまじと見つめる。
(ま、ウサギにも角生えてたし、、。)
「なんかすいません。そしたら折角なんでごちそうになります。」
こうして、この世界での第二村人・・・いや、第二異世界人?を発見した。