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我、壁なり。



 深夜、おれはまたしても試練を迎えていた。

「こんな状況で寝れるかよ、、。」

 今までは睡眠というよりは、気絶に近い寝方をしていた上にシルヴィアはおれより後に寝ておれより先にいつも起きていた。


 なので気づいていなかったが、どうやらおれは毎日こんな美少女と同じ布団で眠っていたようだった。

 我、壁なり。自己暗示にも似た決意をし、素数を数えたり羊を数えてみたりあらゆる手を尽くしてみたが・・・

 

 おれとて健康的な男子だ。背中越しに伝わる暖かさや、柔らかさや、良い匂い・・・

 煩悩の数々が順番に顔を出すため寝付けずにいた。


「よくこれで人と同じ布団で寝ようって思えるな、、。」

 煩悩の一番大きな原因は、寝入って10分もしないうちにピッタりと抱き着いてくることだ。


「いろいろ、当たってるよ・・・」

(ダメだ。これは、いろいろと・・・ダメだ。)

 夜風に当たろうとそっと彼女のベアバッグから抜け出し外へ出る。


 あいかわらず空には二つの月がこちらを眺めている。


「慣れてくると、きれいなもんだな。」


 呟きながらポケットに入っているタバコに手を伸ばす。


「・・・あと4本か。こっちにも売ってんのかな?無いならこれを機に禁煙?。」


――もう、また吸ってる!そんなの吸っても良いこと無いよ?

 いつかの彼女の小言が聞こえた気がした。


「無くなると・・・寂しいもんだな。」

 ここ数日は改めて考え直す余裕もなかった。


 いや、たぶん心のどこかで考えないようにしていたのだろう。

 見つめ直してしまえば、進めなくなる気がしていた。

 当然だ。ゴールがハル姉を取り戻すこと。だとすれば、その先には何も無い。


 それでも、()()()()()()()()()以上何かしらの意味は見出さなければいけない。そんな思いがある。


「こんな理由で進んでるって知ったら、あいつらはまた心配するんだろうな。」


 依然として自分が巻き込まれた理由も本当のハル姉のことも何もわからない。

そして、分かったところでなにも好転はしない。

 それでも、前へ進まなければ

――じゃないと本当に、あいつらが死んだことには何の意味も無くなってしまう。


 人の生きた意味はどう生きるかではなく、どう生きたかで決まるらしい。


 似たようなもんだろ。初めて聞いたときにはそう思った。

 でも、あの日。とても満足そうに笑ったハル姉の顔を見た時、なんとなく「あぁ。こういうことか。」とすっと胸に落ちた気がした。


 誰かのために笑えることは、とても美しいことなんじゃないかと。

 できることならば、何も無いおれだが。そんな特別な何かの為に生きたい(死にたい)と――


「さあ、冷めたところで壁になりに戻ろうかな。我、壁なり。我、壁なり・・・」

まずは明日に備えてしっかりと寝ようと決め家の中へと戻った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「すっっごい!タイヨウこんなの作れるの?」

 昨日の宣言通りに朝ごはんはおれ作。その方が確実に安全だからだ。

「まあ、環境的に作ることがあったからな。」


 ニコニコと頬張る彼女を見ていると何とも微笑ましい気持ちになる。

「おいしいね~。本当にうちにあるもので作ったの?」

「そりゃあ森にある物は勝手がわからんねえしな。また倒れたらシャレにならねえよ。」


 どうやらこの子は味覚が狂っているわけじゃなく「おいしい」の幅がやたらと広いのだろう。


「そういえばあの「謎水1」も苦いとは言ってたけど、まずいとは言ってなかったな。」

「?何か言った?」

「いんや。なんでもない。」


 もしかすると「まずい」という概念がこの子には無いのかもしれないなと一人納得する。


 さてと、朝ごはんも終わりコーヒーを飲みながらこれからどうしようかと考える。

 魔力の回復とやらは全く実感できないがシルヴィア曰く「すっごく順調!」とのことだ。使いこなせないので回復したところで使い道は今のところ無いのだが。


 思案していると不意に彼女が声をかけてくる。

「一つ、提案があるんだけど」

「提案?」


「タイヨウって魔法使えないんだよね?わたしが魔法を教えてあげる!その代わりに『デロス』へ行くのに一緒について行っちゃダメかな?」

「おれ的には願ったり叶ったりだけど、逆にいいのか?」


「けどねタイヨウは知らないかもなんだけど・・・わたしが一緒だと迷惑をかけちゃうかもしれなくて、、。」

「いや、迷惑かけそうなのはおれだろ?むしろこっちからお願いしたいくらい好条件!」

何とも歯切れの悪い話し方だ。けど今のおれにはこれ以上ない好条件。断る理由などあるはずもない。


「じゃあそれで決まりだな!あらためて、よろしくシルヴィア!」

握手をと思い右手を差し出す。その手を戸惑ったように見つめる彼女。

 

 しまった。まさか握手の風習も無いとは思わなかった。

「あ、ごめん。こっちには握手も無いのか。これは握手って言って自分の右手と相手の右手で握り合って「これからよろしく」っていう挨拶をするんだけど。」


「ううん、握手は知ってるの。ただ初めてだったから戸惑っちゃって。ごめんね?」

 なんとなくだが、いまいちシルヴィアの表情が晴れない気がする。笑顔なのは今まで通りなのだが・・・


「ま、とりあえずこれからよろしくシルヴィア!」

そういって今度は昨日からのお決まりのいいね!をする。


「うん!よろしくねタイヨウ!」


これには彼女も迷わずいいね!を返してくれる。

 いつものような天真爛漫な笑顔と違い何か悩んでいるような素振りはあったが、話してくれる雰囲気でもないのでまたの機会にしよう。


 こうして『デロス』という町までの仮パーティではあるが、おれは仲間を手に入れたのだった。




 さらに数日経ちようやくシルヴィアから了承を得られたので、出発の準備をする。

「思ってたより時間かかったな~」

「まあしょうがないよ。あとは『デロス』に向かいながらね?それにタイヨウは魔法が使えなくても十分強いから大丈夫!」といいね!をしてくる。

「気に入ったのか、それ。」

とは言うものの時間がかかったのはおれのせいだ。


 原因は二つ。一つ目は嬉しい誤算だった。シルヴィア曰くおれの体内に溜めておける『オド』の量がかなり多いらしい。故に回復に時間がかかっていると。


 ただ、二つ目の方が厄介だった。本来こちらの人間は魔法が使えずとも体内の魔力を起爆剤にして身体能力を向上させる〈強化(ブースト)〉というものを使えるらしい。


 これは体内にある魔力を流す血管のような器官があり、それに魔力を流し込むだけで勝手に身体能力が向上するという物らしい。おれからすれば十分便利な魔法だがもはやこちらでは魔法とすら呼べない初歩中の初歩らしい。

 

 そして、残念ながらおれはそれすら満足に使えていないのである。

 0ではないがシルヴィアの体感では10%前後といった所だそうだ。


「今もほんの少しは魔力は流れてるんだけど、多分本来の十分の一も流れてないと思うの。何とかしてあげたかったんだけど。ごめんね。」

「シルヴィアが謝ることじゃ無いだろ?それに無いんじゃなくて使えないって言うならそのうちできるようになるさ!なんとかなるって!」


 そんなこんなでこれ以上ここにいても一緒だろうという事から『デロス』へと向かうことになったのだ。


「おはよう!」

「うん、、。おはよう。」

 森を夜に歩くのは危ないので出発はなるだけ早くという事になり日の出とともに起こされる。きつい、、。低血圧で朝はほんとに苦手だ。何時間寝ようとも寝起きは全く頭が働かない。


「タイヨウってば本当に寝起きが悪いのね。なんだか子供みたい。」

こちらを彼女は微笑んでいる。

「うん、、。もうなんでもいい、。」

 目をこすりながら着替えているおれの方をくすくす笑いながらシルヴィアが眺めている。


「森を少し歩くと小さな街道に出るから、その街道沿いに歩けば『デロス』に着くの。途中途中に野営用の少し開けた土地が用意されているから、キリのいいところでたどり着いたらそこで休む。で大丈夫?」

「ん、了解。おれhこの国の勝手がわかってねえからな。その辺はまかせる。」

 まだ半寝ぼけの頭にスケジュールを叩き込む。


「あと一つお願いがあるんだけど、『デロス』に入ってからや、途中で他の人に出会ったらできるだけタイヨウが話をしてほしいの。わからない言葉とかがあったらわたしが説明するから。」

「それなら最初からシルヴィアが話した方がよくないか?」

「それは、ほら。わたしってすっごく人見知りでしょ?だからうまく話せないかもしれないし、、。」


 そうは全く見えなかったのだが。まあ、昨日のスッキリしない笑顔と言い何か事情があるんだろう。

「そうして欲しいって言うならするけどさ?人見知りってのは噓だろ?」

「タイヨウは、あれなの、ほら変だったから!誰が何と言おうとわたしは人見知り!だから、ね!?」


 変。と言われたことは気になるが、なぜか必死なので仕方ない。

「ま、了解。じゃあとりあえず外交と炊事はおれの仕事ってことで。」

「ごめんね。よろしくお願いします。」

 とても申し訳なさそうにぺこりと頭を下げるシルヴィア。そこまで気にするようなことでも無いと思うのだが・・・


 こうして旅の道中の役割分担も終えさあ出発と相成ったわけである。


 


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