ノスタルジーな夜
タバコをふかしながら部屋の窓辺に腰掛け空を眺める。
今日こちらを見下ろす月は一つ。「片満月」とこちらでは言うそうだ。まあ単純に片方の月が新月で見えないだけなのだが。
「さむっ。」
おれの住む世界で言えば今は10月終わりごろと言った所。流れる風はいつの間にか涼しいを通り越し冷たさを感じさせるようになってきていた。
「こっちに来てから半年くらい経つんだな~・・・」
空を見上げノスタルジーに浸っているように思うかもしれないが別段何かに悩んでいるわけでも落ち込んでいるわけでも無い。
ヴァルトの屋敷は街から少しばかり離れた場所にあったが今いるオリヴィエの屋敷は割と街中にあり部屋の窓からでも何となくではあるが街の風景が見て取れる。
なのでなんとなく一服しながら街や空を眺めるのが日課になりつつある。
時刻も22時頃と早いわけでは無いが寝静まるほどの時間でも無く、街に行きかう人々も目に入る。
「物憂げな顔で空を見上げる爺さん発見。・・・昔を懐かしむ爺さん・・・ノスタル爺。」
この通り。ここまでくだらないことを言うくらいには能天気である。
実際問題、もっと悩めよ。と自分でも呆れてしまっているくらいだ。
オリヴィエの家に来てからはや数日。こっちに移ったからと言って別段何かが大きく変わったわけでも無く、毎日を平和に過ごしている今日この頃。
多少の変化と言えばオリヴィエによる診察がたびたび行われることと、たまにボルクスの姿が見えなくなったかと思えば生傷を増やして帰ってくるくらいのものだ。
「♪♪~~~~」
「ん?またこの歌。」
こうして窓辺でボンヤリとしていると決まってこのくらいの時間に眼下の中庭から聞こえてくる歌。
童謡のような、子守唄のような。聞いたことも無いのに懐かしくなるようなそんな感じの歌。
歌声は綺麗で優しくて、それでいてどこか悲し気な。
「盗み聞きとは感心せんな。」
「盗み聞きはダメで不法侵入は許されんのか?」
流れてくる音色に耳を傾けているおれの背後にいるのはこの屋敷の主、ヴェーレン。
「これは失敬。なにせ来客を知らせるために叩くドアが無いのでな。」
「だからって出入り自由なわけじゃねえぞ?コンビニかよここは。」
初日に部屋の扉を鉄仮面メイドにむしり取られて以来おれの部屋の入り口はシースルー状態。常に全開放だ。いい加減直してくれよ・・・
「聞いたことの無い言葉だな?」
「おれの国にある何でもそろっていつでも空いてる魔法の商店だよ。で?なんか用がおありで?」
「ほう。」とコンビニに感心したような顔をするヴェーレン。
オリヴィエさえ近くに居なければ何とも厳格で実直そうな雰囲気なのに。どうすればあんなにキャラが振り切れるのか。いまだにこのギャップには慣れないな。
「いやなに。特に用があるわけでは無いが。少し時間を持て余していたものでな。未来の息子と酒でも酌み交わそうかと・・・だぁれが息子だぁ!!そんなこと認めるものかあ!!」
そういう彼の手にはワインのようなものとグラスが二つ。あったが粉々に砕け散った。
「もはやツッコむ気も起きねえよ。」
「失敬。」
「で、用件は?」
「概ね言ったとおりだが?それとも君は苦手かね?」
微笑みながらどこからか新しく取り出したグラスに酒を注ぎこちらへと手渡してくるヴェーレン。
「いんや?大好物。けどお酌してくれんのがおっさんじゃなくてきれいな姉ちゃんならもっと良かったけど?例えば――」
「オリヴィエたんとか、か?」
言いかけた言葉を取られ一度考えてみる。
オリヴィエにお酌してもらう、か。まあ見た目だけなら中々ド級の美人なわけだが・・・
「・・・無いな。絶対無い。」
「はっはっは!だろうな。まあ本心でそれを口にしていれば、ブチ殺していたところだが!」
珍しく大きな声で笑いながらなんとも聞き捨てならない物騒な言葉を口にするヴェーレン。
こんな奴に法の番人をさせていてこの国は大丈夫か?オリヴィエに不用意に触れただけで死刑になりかねない気がするのだが・・・
呆れながら酒を口に運びつつ、外から聞こえる歌に耳を傾ける。
「そんなに気になるかね?」
「そんなに顔に出てる?」
「少なくとも、目の前の私より外の歌が気になっている。くらいには読み取れるな。」
「・・・全く。変わった男だな君は。」
「ああ、ああ。もうそれはこの国で聞き飽きた。耳にタコができるくらい「変」って言われてますからね~。」
グラスを開けるとヴェーレンが追加を注いでくれ自分のグラスにも追加する。
「はっはっは!だが実際、今まで出会ってきた者の中でわたしにここまで気安く接した人間などいなかったぞ?」
「へいへい。無礼ですいまへんな。あいにく、礼儀礼節とは無縁だったもんでね。」
ヴェーレンはニコりと笑いグラスを傾ける。
「つくづく面白い男だ。オリヴィエが珍しく人に興味を示すわけだ!」
上機嫌に酒を飲むヴェーレン。この人も酒でテンションが上がるタイプのようだ。
そんなことを考えていると、窓から入ってきた風に乗った金木犀の香りに誘われ意識が再び外へと向かう。
「あ、歌終わってる。」
「本当に心ここに在らずのようだな。」
「そういうわけじゃねえんけど。なんとなく、あの歌好きなんだよな。子守唄かなんかなのか?」
「その通りだとも。そして、別れの唄だ。」
別れの唄。道理でなんとも悲しげに歌っていたわけだ、あの鉄仮面は。
「・・・いい香りだ。君が気にするのも納得だな。」
「この花、こっちではなんて呼ばれてんだ?」
「”リーベ”。と呼ばれているが?」
「へえ。」
「君の国では違うのか?」
「おれの国では”金木犀”だな。」
ふむふむ。と、口にこそ出ていないがそれ以外擬音のつけようのない顔で頷くヴェーレン。
そんなことを学んでも使い道などおそらく無いと思うのだが。
「そういや、この国にも花言葉とかってあんのかな?」
「あるとも。例えばそうだな・・・今の話題に上がった”リーベ”ならば「別れ」や「悲しみ」と言った意味がある。」
「ふう~ん。おんなじ花でも国が違えばずいぶんとまあ・・・」
さて、ここで問題だが”金木犀”の花言葉なんでしょう?正解は・・・ググってくれ。
今おれには文明の利器が無いので答えを明かせないのだ。もう少しの所まで出ているのだが。
「で、そちらの国ではどんな意味が?」
「・・・もう一度言う。ググれ。」
「ぐぐれ?それは一体どういう意味だ?」
意味を調べることの意味を問われるとは。これにはグー〇ル先生もお手上げだろうか。
「ま、気にすんな。大した意味は無えよ。」
「そう言われるととても気になるのだがなあ。」
こういう時に意味が通じないって便利だな。沈黙でできた若干の間にそんなことを考える。
グラスが空いたのでお替りを貰おうと視線をヴェーレンに向けると何とも懐かしそうな、遠い目をして外を見つめている。
「ノスタル爺・・・」
「ん?何か言ったか?」
「なんにも?」
爺はさすがに言い過ぎたか。少し反省。どう見てもまだ「おじさん」だ。ジルバークさん辺りがそういう顔をしてくれればピタッとハマるのだが。
「そうか・・・もう”リーベ”の香りが漂う時期が来たか・・・」
「急になんだよ。その昔を思い出してます。って顔は。」
「おっと!顔に出ていたか。これでは君の事を笑えないな。」
そう言いながらノスタル爺はおれのグラスに酒を注ぐ。
「この季節は、あの子たちには辛い季節だと思ってね。」
「あの子達?」
「あまり人の事情を詮索するモノじゃないぞタイヨウ君。特に、女性の事情ならなおさらね。」
(お前が言い出したんだろうが。)
結局事の真相は明かされぬまま瓶に残った最後の酒も無くなり静かな酒宴もお開きなった。
本当に何しに来たんだこの人?
「いやはや実に楽しい時間だった。邪魔をして悪かったね?」
「そう思うなら頻繁にくんなよ?」
「君は本当にぶれないね!」
カラカラと盛大に笑ったヴェーレンは少しだけまじめな顔をした後。
「タイヨウ君。娘を頼むよ。ああ見えて寂しがりの甘えん坊なんだ。」
「聞かれたらまたぶっ飛ばされんぞ?」
甘えん坊のオリヴィエ・・・想像できねえ。
「かもしれんな。」
少し笑った後立ち上がり背を向けたヴェーレン。
「それでは、良い夢を。願わくば君の選んだ先に、光があらんことを願っているよ。」
なんとも意味深な言葉だけを残し彼は部屋を後にした。
「なんのこっちゃ、、、?」
言葉の意味も分からぬまま金木犀の香りのする窓辺で一人タバコをふかすのだった。
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「おはようございますボルクス様。本日の朝食の川魚のソテーでございます。」
「ありがとうございます。おいしそうですね-!」
「お気に召されたようで何よりです。おかわりもありますのでよろしければお申し付けください。」
翌朝。食卓へと着いたおれたちに朝食を礼儀正しく並べていく鉄仮面メイド。
ヴァルトの家も貴族感が漂っていたがこの家はさらに厳格な雰囲気がある。
「おはようオリヴィエたん!今日も一段とかわいくてパパは気が気じゃない――ハグうっ!」
その雰囲気の中、中庭へと放り出される当主ヴェーレン。
「シャル。お父様は一足先に出られたようなので朝食は必要ないわ。それと、これからあの人の食事は馬小屋にでも運んであげて。」
「かしこまりましたお嬢様。」
「いや、かしこまるなよ。」
今日も今日とて闇深いな朝であるようだ。
「おはようございますシルヴィア様。こちらは朝収穫いたしました野菜のサラダでございます。何か苦手な物などはございませんか?」
「ううん。大丈夫!ありがとう!」
「何かございましたらお申し付けくださいね?」
鉄仮面メイドはぶっ飛ばされた当主など気にも留めず何とも豪勢な朝食をテーブルに並べていく。
「おはようタイヨウ。」
「おい、温度差。」
「・・・チっ。挨拶してあげたのに。」
「・・・聞えてんぞ?」
そして相も変わらず、なぜか親の仇のように嫌われているおれ。一体おれが何をしたというのか。
「失礼いたしました。こちら先ほど汲んできた水です。」
「おれが一体何をしたと言うのかああぁあ!」
「どうしたのタイヨウ急に大きな声出して?」
「どうしたのはおれのセリフだろお!なんでとれたての魚やら野菜やらの後、おれの前にはH2O!!?おれは光合成で生きてんじゃねえんだぞ!??」
「タイヨウ様はお湯の方がよろしかったですか?」
「お腹の具合気にしてるわけじゃねえんだよ!」
本当に一体なにハラだこれは??招待されてきてみればこの仕打ち・・・全く持って身に覚えが無いというのに。
「シャル?そんなのでも一応は当家のお客様なのよ?」
「一応って・・・おまえなあ・・・」
「パンくらい出してあげなさい?」
「おれにも魚とか野菜とかくれよ!?プリーズビタミン!アイウォンチューD・H・A!!」
ついには次期当主までが一緒になっておれを潰しに来やがった。これが異世界ハラスメントか、、、!
「なに言ってんのか分からないけどうるさいわね・・・冗談に決まってんでしょ?」
「冗談なのですかお嬢様!?」
「なんで本気で驚いてんだよ・・・」
そうしてかなり渋々運ばれてきた朝食に舌鼓を打ちながら、この街でも苦労しそうだなと先々の苦悩に思いやられていた。




