交わした約束
グラスを傾けながらぼんやりと視線を泳がせる。
別になにかを見ているわけじゃ無い。ただ、この空間の雰囲気を眺めている。
周りの席では昔話に花を咲かせるご老人方や日々の愚痴を切々と語る若者。普段の家事から離れストレス解消にいそしむ主婦。
おれは酒が好きだが、飲むこと自体よりもむしろこういう周りの雰囲気を楽しみながらしっぽりと飲んでいる状況が好きなわけで――
「ちょっと、聞いてるんれすか?僕はあなたの話をしてるんれすよ!」
泣き上戸に笑い上戸。なみだ酒にわらい酒、etc。広辞苑に載っている物から載っていないものまで飲み方には各々楽しみ方がある訳だが。
おれは静かにしっぽりとグラスを傾けつつ――
「聞こえれれ無視してますよね!?」
「・・・今どきそんなベタな酔い方があるのかよ。」
顔を両手で掴まれ泳がせていた視線を無理やり自分の方へとむけるボルクス。こいつの各々は絡み酒だったか・・・
しっぽりという言葉を巧みに用いてダンディーな雰囲気に移行させようかと試みてみたが失敗に終わったようだとため息をつく。
ここはバルト領『フェルー』にある飲み屋。
件の戦いの前に飲みに行く約束をしていたのでその約束を果たそうとこうして立ち寄ってみたわけだが。
「あっはっは!ボルクス君は一番普通なのかと思ってたっすけど酔わせると面白いっすね~!ほれほれ。空いてるっすよ?」
「あ、リザリーしゃま、すいません。んっんっんっ、、、!ぷはーっ!」
約束の話を持ちだすや否や、今回の件で大忙しのはずのロリはどこから話を聞きつけたのか
「ちょっとちょっとー!何僕抜きで話進めようとしてるんすか――!!」
と、文字通り飛んできた。
正確には「跳んできた」。せっかく人が直した屋敷の外壁をぶち壊して。
「はぁ・・・はぁぁ・・・」
「どんだけため息ついてんすか!?」
「幸せのおすそ分けだ激バカ野郎。ちょっと前までいい感じに「ピリッとしたタイヨウ」だったのに。お前のせいで台無しだよ・・・」
当初の予定ではボルクスと二人しんみりと酒を飲み、穏やかなひと時を過ごそうと思っていたのに。
見事なまでに場を荒らす、まさに『災害』だ。
「まあまあ!せっかく男だけの寂しい場に華を添えてあげたんすよ?むしろ感謝してほしいくらいっすね!」
見事なまでのどや顔で胸を張りいつものようにどぎついアルコールをラッパ飲みで次々空けていくリザリー。
ボルクスが早々に酔っ払ったのももとはと言えばこいつがグイグイきつい酒を勧めたせいだ。
「はいはい、そりゃどうも。ボルクス、ほどほどにしとかねえと明日ひどい目に遭うぞ?」
「僕はまだまだいけますよー!タイヨウもボーっとしてないで飲んれください!」
そう言いながらおれのグラスに勝手に酒を注ぐボルクス。それも、まだ残っていた酒とは別の種類のものを。
「おい。」
「いいじゃないすか!胃に入っちゃえば一緒っすよ!」
酔わせた本人は楽しそうにおかしくなっていくボルクスをはやし立てている。
「そうれすよ!今日はタイヨウの労いの意味も込めてるんれすから!」
「労いたいならもうちょっと大人しくしてくれよ・・・」
もはや何の酒か分からなくなった自分のグラスを傾けながらもう一度ため息をつく。
「そんな勢いで幸せ逃してたら明日くらいに死んじゃうんじゃないっすか?」
「これが最後の晩餐は死んでも死にきれねえっつの。」
まあとりあえずは楽しそうなので口で言うほど嫌なわけじゃ無いが。それにしてももう少し大人しくできないものなのか。
「器のちいせえ男っすね~。聖剣を使った時の男らしさはどこ行っちゃったんすかね?」
おれを茶化すように笑うリザリー。
「そんなことは無いれすよ!!」
そこに反論したのはへべれけ状態のボルクスだった。
「確かに、リザリー様と比べるとタイヨウはまだ弱いのかもしれません・・・でも。
タイヨウはカッコよくて、強くて、時々変な・・・本当にすごい僕の『ひーろー』なんれすから!」
突然背筋を伸ばしこれでもかと胸を張って宣言する酔っ払い小僧。
素直にうれしい。が、恥ずかしい・・・
「ちょ、ボルクス君?みんな見てるしさ?」
「僕はタイヨウを誰よりも信頼しています!でも、でもね。すごく強くて、いつも何とかしてくれるタイヨウを信じていますけど・・・」
「おうおう。わかったから。な?おなじことばっか言ってるから落ち着けって・・・」
おれの制止も聞かずテンションの上がったボルクスは止まらない。
「信じてるからって――心配してないわけじゃ、無いんれすよ?」
急に真剣な顔でそう言った。そして言うや否や机に突っ伏して寝落ちする。
「だから・・・いつか、僕だって・・・」
寝言のような言葉を発した後すやすやと寝息を立てだすボルクス。
「情緒不安定かよ・・・」
「ま、色々思うことはあるって事っすよ。」
流石のロリも空気を読んでくれたのかちょっぴりしんみりした空気が流れる。
「心配・・・か。」
そりゃあ、かけて無いわけないわな。
先ほどのボルクスの言葉に改めて少し反省する。
おれよりも年下で、力だって弱い少年に今回は何度も背中を押してもらった。彼がいなければ、おれは本当にあのまま逃げていただろう。
こいつ思ってたよりもずっと肝座ってんだな。などと思っていたが、中身は変わらず心の優しい少年なのだ。
「はぁ。まだまだってことだな、おれも。」
横で寝息を立てるボルクスの頭を撫でながらまたもため息をついてしまう。
「好きっすねえ溜め息。それしないと呼吸できないんすか?」
「動いてねえと呼吸できねえような魚と一緒にすんじゃねえよ・・・」
弱弱しいツッコミを入れつつ寝顔を眺めていて気付いた。
「あれ?何かこいつ生傷多いな?」
「そんなジロジロ見て。そっちの趣味でもあるんすか?」
「断じて無えよ!」
にしても生傷が増えている。毎日ジルバークさんとの稽古で転がされているとはいえ少し多い気がするが?
「勲章ってやつっすよ!」
明らかに何か知ってそうなリザリーはニヤニヤしながら眠っているボルクスの鼻をつまんだり、耳に息を吹きかけたりして遊んでいる。
「なんか知ってんのか?」
「さぁ~て?」
わざとらしく肩をすくめ彼女は何も教えてくれる気は無さそうだ。
「ていうかどうせ見るんならそんな傷だらけの男の子より、かわいい女の子の方がいいんじゃないすか?ほら、どうすか?結構きれいな肌してると思いません?」
話を逸らすように中々際どい所まで服をずらし目の前にグイグイ寄ってくるリザリー。
「馬鹿め。おれにロリ属性は無え。」
「ふぅ~ん。けど今ならだれも見て無いし。ちょっとくらい揉むくらいなら・・・バレないっすよ?」
グラスを傾け隠していたがやはりあの距離にああも見事な富士山級の山があれば目がいってしまう。
「おま・・・そういうのは冗談でもダメだろ・・・それにおれには心に決めた人が、、、!」
「何とも説得力無い右手っすね?」
いかん。おれの意志に反して封印していた右手の邪竜が勝手に・・・
「・・・シルヴィア・・・」
暴れかけた所で封印の呪文のような言葉をボルクスが発した。
「っ!ちがっ!違うぞボルクス!これは、おれの右手の封印が、、、!」
「みんな、心配してるんですかられ・・・」
寝言だった。それでも何となく言いたいことは伝わった。
本当にシャンとしないとな。・・・右手の封印がとか言ってる場合じゃねえわ。
「残念だったっすね?」
「ああ、ほんとに残ね――じゃなくて。とりあえず今日は帰るぞ。続きはまた今度って事で。」
「なんの続きっすか?ねぇねぇ何のっすか?」
「うるせえ富士山ロリ!ほら!帰んぞ!」
「お、なんか今のは半分くらいは誉め言葉な気がするっす!」
こいつといると本当に色々と危ない気がする・・・そんなことを思いながら日本最高峰の山の持ち主に横目をやり、酔っ払いを担いで店を後にした。
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「お″うぅぅぇぇぇぇぇえ、、、!」
「ほら。言わんこっちゃ無い。」
翌朝。トイレからは盛大な後の祭りのお囃子が響き渡っていた。
「ねぇねぇ?ボルクス大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。人はああやって大人の階段を昇んのさ。」
心配そうにトイレのドアを眺めるシルヴィア。できることなら彼女にはこんな昇り方はしてほしくないものだ。
「う″ぅぅ・・・」
うめき声と共にトイレから脱出したボルクスはそのまま静かに横になる。
「もう二度と・・・二度とお酒なんて飲むもんか・・・」
「みんなそう言うんだ。ま、これも社会勉強。水飲むか?」
「すいません。いただきます・・・」
砂漠でオアシスを見つけた旅人はこんな感じだろうか?とか考えながら水を飲むボルクスを眺める。
「大丈夫?」
「僕、昨日の事ほとんど覚えて無いんですけど。」
「だろうな。そんな覚えとかねえといけないような事は何も無かったけど。」
背中をさするシルヴィアとおれの方を交互に見た後ボルクスは少し心配そうな顔で尋ねてくる。
あれだけの飲まされ方をしていればそうなるだろう。そうやって人は大人になっていくのさ坊や。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって。」
「ボルクスは大丈夫だと思うけど。タイヨウは何か変な事して無かった?」
「変な事なんて――」
「右手の封印がどうとか言ってた気が・・・」
「・・・・・・・」
「なにそれ??まだ何か隠しごとがあるの?」
言葉の意味をそのまま受け取ったシルヴィアが本気で心配そうにこちらを見つめて来る。
「で、確かその後リザリー様が服をはだけて・・・」
「・・・ボルクス?」
「へぇ~・・・それで?」
つい3秒前まで心配そうだった彼女の目の色が明らかに変わる。
「タイヨウがリザリー様の胸を触っていた気が・・・」
「ボルクス!」
ちがう!おれは無実だ!何もやっていない!
「――タイヨウ?」
「ち、違う!別に何もしてないぞおれは!な?・・・ご、ごめん・・・」
「ふぅ~~~ん。別にわたしは怒ってないから謝らなくてもいいのにね?」
そう言いながらとてもにこやかにボルクスに同意を求めるシルヴィア。
「へ・・・あ、はい。そうですね・・・」
見られたボルクスもあまりのシルヴィアのにこやかさに圧倒され顔が引きつっていた。
「いや、だから、おれは無実で――」
コンコンっ。
おれの弁明はドアをノックする音に邪魔された。
「失礼いたします。おや?なんか取り込み中でしたかな?」
「いやいや!むしろナイスタイミング!」
ドアを開けジルバークが顔をのぞかせる。
「??何やらわかりかねますが。タイヨウ殿に書状が届いておりますが。」
「おれに??」
「はい。差出人は、『賢人会』会長。ヴェーレン・ジル・ヴァーミリオン様からです。」
全く心当たりの無い、おれ宛の手紙が届けられたことを告げる老紳士だった。




