そして幕が上がる
――――?生きてる?いや、実は死んでる??
振り上げられたナイフが降りてきた気配が無い。
少なくとも意識がはっきりしていることはわかる。
「ふふっ。やっと見つけたわ。」
「それはこっちのセリフよ。とりあえず、その子返してくれない?」
声が聞こえた。
「――なんで?」
「ごめんね陽ちゃん。すぐにお姉ちゃんが助けてあげるから。」
瞼を降ろしたままの暗闇に響いた声は毎朝聞く、聞き慣れた場違いな声だった。
キィン!甲高い金属音が響く。目を開くと神楽は2.3mほど向こうへ後退している。
間違いない。横に立っているのは間違いなく七月 遥。
普段通りの優しい笑顔で、いつも通りの優しい声色で、今朝と同じ慈愛に満ちた眼差しで。
いつもお玉握っていた手には――槍が握られていた。
とてもきれいな青い槍。空のような淡い青じゃなく、とても濃い青。テレビで見た深海の色が投影されたというどこかの国の海の穴を思い浮かべる。
長さはおそらくおれの身長より少し長い180cm前後。その先に同じ色の刃らしき部分が見て取れる。
少なくとも一般的な女性が振り回せるような代物ではないはずだ。
「・・なんでここに?てゆうかそれ何?」
「男の子だもんね。こーゆうかっこいいの気になるよね。」
そうゆうことじゃない!確かに少しワクっとしたけど!
「ちょっと痛いと思うけど我慢してね?」
ひょいとおれを持ち上げ軽々と肩に担ぐハル姉。
「ぐっっ、、!」
折れた腕とあばらが痛む。骨折は想像の何倍も痛い・・・少なくとも我慢でどうにかなるものでは無いみたいだ・・・
「とりあえずちょっと移動するね。」
「ちょっ、待って!あそこにきららが!」
「うん分かってる。でも今は無理。それに、あの子はもう。」
「んなことわかってる!けど、あんな所に置いていくのは!」
―――ひどすぎるだろう。と言葉を飲み込む。
・・・なにも間に合わずいいように転がされていただけのやつが一体どの口で何を言えるというのか。
おれを抱えたまま飛び上がり、一息で二階建ての建物の屋根に跳び上がる。
最後にもう一度横たわるきららを見つめ「ごめんな」と呟きその場を離れた。
1分ほどで近所の大きな緑地公園にたどり着く。おれなら走っても10分近くかかる距離だ。
神楽もしかりだが、もはやおれの既存の常識では理解できる話ではないのだろう。
「いろいろとごめんな。ありがとうハル姉。」
聞きたいことは山ほどあるが、疑問や悔しさよりもあの恐怖から逃れられたという「安堵」が真っ先に口をついた。
申し訳なさそうな顔でこちらを覗きこんだ後首を振る。
「ううん。謝らないといけないのは私の方。こうなるってわかってたのにね。私は、弱いから。私のすべてをかけても陽ちゃんを守るので精一杯。」
悲しそうな顔でこちらをじっと見つめ続ける。
「私は、陽ちゃんにたくさんのものを貰ったの。けど・・・結局何も返せなかった。」
そんなことは無い。むしろ貰ってばかりなのはおれの方だったはずだ。おれは、何も――
「ちゃんと説明しないといけないんだけどちょっと今は無理みたい。けど、今度はちゃんと説明するから。もう少しだけ待っててね。」
彼女は立ち上がり向こうを睨む。なにがあるかは言うまでもない。
おれも行かなければ。立ち上がろうとするが足に力が入らない。
まだ何も終わっていないのに張りつめていた緊張の糸が切れてしまい、痛覚信号がしっかりと受診されている。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」いつもの笑顔で彼女は駆け出して行ってしまった。
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「そんな体でよくがんばるわねあなた。」
眼前に立つ女を見据える。
「あなたこそ。思ったよりも遅かったじゃない。」
距離は10m。お互いに踏み込めば一歩で間合いだ。こちらは槍。相手は短剣。
間合いの有利は断然こちらだ。
覚悟はしていたつもりだったが、いざとなるとやっぱり怖い。
それでも逃げるわけにはいかない。それが、わたしにできる唯一の贖罪なのだから――
「相変わらずなのね、あなたは。」
「・・・何が言いたいの」
「人間なんて”誰かの為”とか”誰かを愛する”なんて『誰かの為という自分都合』の行いでしか、欲を満たせない憐れな獣の事だもの。それを認められればもっと楽になれるのに。」
「相変わらず気持ち悪い。そんなだから捨てられたんでしょ?」
眼前の女の表情が一瞬曇る。
「・・・そうね。否定はしないわ。結局はそこが理解できなかったから、理解されず共感されず――愛されることなく今に至ったわけだもの。私も、あの人も。」
「わかってるなら大人しくしとけばよかったじゃない。」
会話を交えるだけで不快感で吐きそうになる。この女は、一番嫌いだ。
他者を理解しようとせず、自らの理論のみで行動し――それなのに誰よりも愛が深く、愛に狂っている。
「そうはいかないわ。”無償の愛”。他者の為に誰かを愛する。それを証明するために捨てられたのが私だもの。なら、私は私を肯定するために自分の欲求の為だけに他者を愛するわ。最後までね。」
「・・・結局のところあなたも、あの人も、そうやってどちらかしか愛せなかったから、最後まで誰にも愛してもらえなかったって言うのに。どれだけの時間が経ってもその辺は理解できないのね。」
微笑みながら肩をすくめてみせる彼女。
「そんなことより。どう?楽しかったかしら?あなたが夢にまで見た光景だったのでしょう?」
とても愉快なものを見るように笑いながら問いかけてくる。
「・・・あなた、癇に障るってよく言われない?友達いないでしょ?」
腹が立つ。人の繊細な部分を土足で当たり前のように踏みにじるこの女に。
「良かったら私と友達になってみる?自分がかわいいっていう意味では、意外と気が合うかもしれないわ。それに私は褒めているのよ?私は「愛するという行為自体」も愛しているの。それが利己的であればあるほど、私からすればキレイで尊いモノになるのよ。」
虫唾が走る。私とあなたが一緒?ふざけるのも大概にしてほしい。
「あなたとのおしゃべりはとっても楽しいけど、もういい?それにあなた喋れない方が”愛される”と思うわよ?」
一言に込められるだけの皮肉を乗せて告げ槍を構える。
「あら、ざんねん。」微笑みながら肩をすくめ短剣を握る。
どこまでも芝居がかった女だ。
――もう少し待っててね。今度は必ず守ってみせるから。
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金属のぶつかり合う甲高い音が響き目が覚めた。
痛みと疲労でいつの間にか気を失っていたようだ。ぼうっとする頭を叩き起こしてふらふらと立ち上がる。
おれがいたところで何の役にも立たないことはわかっている。だからといって放ってはおけない。経緯はわからないがおれが巻き込んだのだ。ならばせめて見届けないと。
「それに、ここまで来て蚊帳の外ってのはねえだろ、、、。」
そう思い音のする方へ歩き出す。
その光景は命がけのハル姉には失礼かもしれないが――とても美しいと感じた。
「踊ってるみてえだ・・・」
激しくその刃圏のすべてを刈り取るように。しかしとても流麗に跳ねる槍。
その間断をステップを踏むかのように軽やかに紙一重で捌き、流れる短剣。
けれどもその速度はダンスなんて生易しいものでは無い。
例えるならミキサーだ。目まぐるしく攻守を入れ替えながら人の領域では立ち入れない舞踏会なのだ。
「思っていたよりはがんばるわねあなた。そんなに空っぽの状態なのに。」
依然として微笑みを浮かべながら迫る神楽に対し
「っ!いい加減うるさいのよあなた!」
苦し気な表情で槍を振るハル姉。
・・・おれ程度から見ていてもわかる。このまま続けば間違いなくハル姉は負ける。ハル姉の槍は依然として届かない。だが神楽の短剣は徐々に、だが確実にハル姉をとらえつつある。
「なにも、できねえのかっ、、、!」悔しさに拳を握り締め、ただ呆然と見つめる。
そして、無力さに打ちひしがれ立ち尽くすうちに舞踏会は幕を降ろした。
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相手の鳩尾目掛け槍を繰り出す。それを容易く短剣で打ち払い私の喉元に返した短剣が迫る。
「っ!」
体を後ろにそらしギリギリで避ける。一つのミス、一つの躊躇が決定打になりかねない。
さらに追いすがる短剣を槍で受け止める。鋭く、一撃一撃が冷徹にそして確実な死を持って縋りよる。
「しつこいのよあなた。重い上に粘着質なんて最低じゃない!」
短剣を払い距離をとる。
(――勝てないっ、、、!)
こちらは致命傷ではないものの切り傷多数。対してあちらはほぼ無傷ときた。
(想像以上に体が動かない。やっぱり全然足りない、、!)
キィン!ガキっ、ブン!キキン!
金属音を数度打ち鳴らし再度距離をとる。
(やっぱり無傷で勝とうなんて虫が良すぎたか、、)
仕方ないと覚悟を決め槍を強く握りなおす。
「覚悟は決まった。といった感じね。けど、今のあなたに奥の手を隠しておけるほど余力があるようには見えないのだけれども?」
「それはどうかしら?この国では「能ある鷹は爪を隠す」って言うらしいわよ?」
私の言葉を聞き呼応するように彼女も短剣を構え前傾姿勢を取る。
――ひゅうぅ。風が吹きゆける。
刹那、今までで最大の加速で間合いをつぶし最速の突きを繰り出す。
その全霊の最速は彼女の胴をかすめるも深手と呼ぶほどには捉えきれない。
そして私の回避速度を上回る速度で逆手に構えた短剣が私の首筋に迫りくる。
・・・読み通り。見てから反応していては間に合わない距離。だが、躱されることも反撃もすべて予想して動いていれば捉えられる。
剣を素手で受ける。ズブリと肉を貫く感触が伝わる。「っっ!」激痛に一瞬反応が遅れる。
その一瞬を見逃してくれる程優しい女ではない。無防備な腹部に回し蹴り一閃。踏ん張りきれず弾き飛ばされ膝をつく。痛みと衝撃で槍を足元に落とす。
「すごく惜しかったわ。あと一歩で、もしかしたら私に届いたかもしれなかったのにね。けど、あそこで痛みに気をとれてしまうあたりがまだまだね?」
冷ややかな微笑みが月明かりで浮かび上がる。
「まだ目が死んでいないことだけは褒めてあげるわ。けどこれ以上足掻かれるのも面倒だから、大人しく眠って頂戴ね?」
構えなおした短剣を手に彼女がこちらへ駆ける。
「ありがとう。」この瞬間を待っていた。先ほどの攻防で組み伏せられれば最善ではあったがおそらく厳しいだろうことは想像できた。
予想通り終わってみれば結果は最悪。剣を受けた手はほぼ機能を失い、挙句蹴りのダメージでわたしは見栄を張って立っているのがギリギリ。
もうわたしに満足に槍を振る余力はない。振れたとしても当たらないだろう。だから、当たって貰おう。
そばに転がる槍の端を最後の力で思いきり踏みしめ切っ先を持ち上げる。顔を上げた槍が向く先は彼女が駆ける動線上。我ながら完璧なタイミングで彼女の目の前に突如として槍が牙をむく。
「・・・なめてたわね」
ズブッ。相変わらずの笑みを浮かべたままの彼女を地面から伸びる槍が深々と貫いた。
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月明かりに照らされた二人の女性の姿は本当に劇の一幕のように美しく見えた。
「・・・・・・」
言葉も出ない。そもそも目の前で人が死のうとしているのに「美しい」という感想もいかがなものか自分の神経を少し疑う。
「ごふっ、、。驚いたわ。まさかここまで考えてたの?」
即死かとも思われる一撃を受けなお神楽が口を開いた。
「正直、大分賭けだったわ。けどわたしの命くらい秤に乗せないと、どう頑張っても勝つ手段が浮かばなかったのよ。でも焦っているのはあなたも同じだったみたいだしね・・・」
神楽から槍を引き抜き言葉を続ける
「でも、そこまでしてあなたがしたかったことは・・・少し、分かるわ。」
槍を引き抜かれ神楽の体が崩れ落ちる。
「ふふっ・・・本当に残念。・・・あなたとは、本当にお友達になれた気がするわ。だからこそ・・・本当に残念だわ。」
「あなた本っ当にしつこいのよ。・・・けど、可哀想だとも思うわ。だからそろそろ眠りなさい。」
そこまで聞き届けた神楽は心底、「残念だ。」という笑みを残し倒れ伏した。
そばで立ち尽くすおれに気づきハル姉が歩み寄ってくる。
「陽ちゃん!待っててって言ったのに!もう!なんで来ちゃうかな!」
あきらかに自分の方が深手を負っていて歩くのもギリギリだというのに第一声はおれの心配か。さすがはハル姉だ。
「かなわねえなぁ、、。おれのことより自分は大丈夫かよ?明らかにやばそうな出血だけど?」
「かなり痛いけど死にはしないかな?あ~かっこよく倒して颯爽と戻る。で陽ちゃんはわたしに惚れ直す!って流れだったのにかっこ悪いとこ見られちゃったね」
見られちゃった!とでもいうように彼女はおどけてみせる。・・・本当にかなわない。
「惚れ直すも何も、もともと惚れてませんけどね。けどめちゃくちゃかっこよかった。ありがとう。」
「ん~?女の子相手にかっこいいってのもどうなんだろうね?まあでも悪い気はしないかな!」
えっへん!と胸を張ったところ「いたっ!」とわき腹を抑える。
「そんな気はしてたけどこれは確実にあばら折れてるな~、、」
「おそろいだねっ」と涙目で笑いながら親指を立てこちらにアピールしてくる。
「そんなのいいから大人しくしてくれ、、とりあえず長距離歩くのは無理だ。救急車?警察?そもそもなんて説明すんだよ・・・」
「いやー本当に疲れたね~。さすがにヘトヘトだ~。おんぶしてくれてもいいんだよ?」
「いや、してあげたいのは山々だけど、マジで勘弁して、、、」
「え~~~!今日くらいいいじゃん!」
そう言っていつもの調子でジャレてくる。
「「痛ったい!!」」傷の痛みに声がハモった。
「この激バカ!あばら折れてんのに飛びついてくる奴がどこにいんだよ!」
「ここにいたね~・・・」
またも涙目になりながら「ごめんね♡」と舌をペロッと出しこちらを見るアホ姉。
いつの間にか小さな雲がかかりあたりも暗い。
まるでスポットライトが消え幕が下りたような雰囲気であまりにもタイミングが出来過ぎだと思い苦笑いを浮かべる。
(色々聞きたいことは山ほどあるけど、取り合えずは水が飲みたい、、、で、一回横になりたい。話はその後でも遅くねえだろ。)
この事情説明とかどうすんだ?とか、気にかかることは多いがまずは休みたい。
大して何の役にも立っていないのに情けないとは思うが。
「とりあえずは公園の外まで歩こうって思ったけど歩けるか?」
「そうだね、いろいろややこしくはなると思うけど自力で家に帰るのは厳しいしね、、、」
二人してぼろぼろの体を引きずりながらなんとか公園の外を目指す。
ドサッ。
「?。ハル姉だいじょう―――」
倒れる音が聞こえ後ろに入るハル姉の方を振り向く。
「陽ちゃん、、逃げ、、て、、」
後ろに立つハル姉の口から言葉と共に、血が零れ落ちる。
「やっぱり詰めが甘いわ。あれくらいで死ねるのなら、私も苦労はしないのよ?殺すならちゃんと首を撥ねておかないと。」