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星に願いを

 

 暖かで優しい陽だまりのような心地よさ。柔らかくて包み込むような月明かりのような眩さ。

 ふと気を抜けば二度寝してしまいそうな陽気の中、ぼんやりと目が覚めた。


「やっぱ・・・こうなるよな・・・」

 普段なら間違いなく二度寝どころか四度寝くらいかましてしまいそうな心地よさだがそんな暢気なことを言っている場合ではもちろん無い。


「はぁ。我ながらこの寝坊癖にも困ったもんだ。」

 腕には力が入るから剣は握れる。足は踏ん張れるから立ち上がることもできる。


 最初のため息(呆れ)はこの絶望的ともいえる状況に対してでは無い。


 がっかりしたのは自分の情けなさにだ。この魔法を使うことは彼女にとって「恐怖」でしかないはずなのだ。

 けれど彼女は結局、これからの自分よりも――今目の前で倒れているおれたちを優先してくれた。


 辛かったはずの選択を、己の弱さのせいで強いてしまったことへの呆れだった。


 体は立ち上がるだけの余力を取り戻した。なら――

「さて・・・やるかぁ・・・」

 寝ぼけた頭を振り起こしフラフラと立ち上がる。


 自分でも驚くほどの余裕っぷりだ。リザリーが起き上がっていたらまたブーブー文句を言われていたに違いない。

 けれど残念ながら立ち上がったのはおれ一人。

「どいつもこいつも、寝坊助め。」


 一様に倒れ伏す皆の顔には生気が戻っていた。おそらくはこのあたり一帯全てに魔法を使ったのだろう。意識こそ戻ってはいないが、今すぐにどうこうという事は無さそうな感じだ。

「ごめんな、シルヴィア。また、無理させて。」


 おれのすぐそばで魔法の行使による疲労か辛そうな表情でうずくまるシルヴィアの頬に触れ、声をかける。


「ううん。わたしこそごめんね・・・また、わたしのせいで、、、。」

 何ともデジャヴな問答だ。結局、おれはあの日この娘のなにをも、救ってやることができていなかったのだ。


 今にも泣きだしそうな彼女に微笑み首を振る。

「今度こそ、ちゃんと守ってみせるから。」

 守っていたつもりが、おれは今まで何度この娘に守られたのだろうか。


「本当に驚いた・・・まだ立つんだ・・・?」

「無駄なのに。ってか?あいにく、そんなにさっぱり諦められるほどおれはサバサバして無かったらしいからよ!」

 こいつなりの称賛とも取れる言葉にヘラヘラと笑顔を返す。


 別に余裕をかませるほど強くなったようなことは無い。何かが大きく変わったわけでは無いのだが

「ようやく、覚悟が決まったってところだな。腹が決まれば、意外と落ち着くもんだ。」

――すべてを懸けて。

 

 今頃になってやっとちゃんと理解できた。

「ま、有り体に言うなら・・・こっからが本気ってやつだ。」

 伸びをして後ろを振り返る。

「・・・タイヨウ?」

「そ~んな顔すんなって。大丈夫。皆を助けてくれてありがとうな。シルヴィアはおれのヒーローだ!」


 いつも通りいいね!を決めておれは一歩踏み込んだ。





 目には見えぬ刃が前か後ろかあらゆる方向から襲い来る。

「はっ!はぁ!だらぁぁあ!」

 その悉くを聖剣で受け止め、受け流しミットライトへと押し進む。

「急にどうして・・・?今の君が、どうして・・・?」


「これが主人公補正ってやつだよ!よく覚えとけ!」

 カッコつけてはいるがおれは実際には剣を握っているだけ。

 実際に攻撃を防いだり、反撃しているのは『聖剣』だった。


 主人公補正とか何とか言っているでその辺りはオフレコにするつもりだが・・・

「どうして・・・どうして君はそうまでして彼女を・・・彼女だけを・・・!」

 立ち向かうおれに対して、今までには無かった勢いのある言葉尻で彼女は問いかける。

「んなもん決まってんだろ――」


 見えぬ無数の刃の間隙を潜り抜け、自らの間合いへとようやくたどり着き

「好きな女の子おまえでくらいカッコつけたい・・・男心ってやつさ。」

 剣を横薙ぎに振り抜く。

 深手、とまでは言えないがようやく一太刀。なんとか戦いっぽくなってきた。


「っ!どうしてなんだい・・・何も知らないのに・・・なにも理解なんてしていないのに・・・」

「さあな?そもそも、好き相手だからって何もかも理解しようってのが土台無理なんだった。分かり合えねえことだって必ずあるし、理解できないことだって絶対にある。嫌いなところだってそりゃああんだろ。」


 今までのおれは、頑張っていればいつか彼女が理解してくれると。いや、理解されて然るべきだとまで思っていた。

 そして――彼女の全てを理解できると思っていた。


 でも、そんなことはあり得ない。お互いに気に入らないことだってあるはずだし、文句だって出るはずなんだ。


「料理はまずいし、おれは朝弱いのに朝からテンション高えし・・・人一倍嫌われるのが怖いくせに、土壇場になったら自分の事よりも人のこと気にするし。あと、料理がまずい。」

「?今のってもしかしてわたしの悪口!?」


 好きだから。全ての事を美化して飲み込もうとしていた。でもそんなのは本当に誰かを「好きになる」って事じゃないんだろう。だって――


「だって、おれは・・・そんなシルヴィアが好きなんだから。」

 おれ程度のすべてなら喜んで懸けられると。そう思えるくらいには、どうしようもなく惚れてしまったのだ。


「お前の質問と話が噛み合ってんのかは知らねえ。知らねえけど、だからおれは退くつもりは無いぜ。お前が、『神さま』が、彼女の居るこの世界を滅ぼそうとしてんなら――おれは、神さまだって殺してみせるさ。」


 握った聖剣が熱を発し光を帯びる。おれの決意に呼応するように。「進め」とでも言わんばかりに熱くなる。


「もういいよ・・・もしかして君なら。そうも思ったけど・・・やっぱり君たちは怠惰だ。だから今度こそ終わらせてみせる・・・!」

 うん。まあそりゃいきなり意味不明な愛の告白を殺し合いの途中に聞かされれば怒るわな。


 胸の前で円を作るように構えられた彼女手には淡く、とてもきれいな蒼い光が現れ・・・

「〈女神の鉄槌(メテオライト)〉・・・」

 ぽつりと呟いた魔法の言葉を合図に空へ打ちあがった。


「どこ狙ってんだ?」

「これでいいんだよ・・・私は怠惰なんだから、自分では何もしない・・・」

 そう言うと、彼女は空を指さす。


「だから君たちは・・・堕ちてくる絶望に身を焦がしながら、自身の無力さを憐れむがいい。」

 その指がさした先。雲を押しのけ姿を顕わすは星の欠片。


 宙を駆け、大地を割る天の拳。


 カッコよく形容してみたが、まあ、あれだ。いわゆる隕石だった。

「これはまた、派手なもんを・・・」


 宙に浮かびこちらを見下ろすミットライトを目で追う。

「これで本当におしまい・・・防いだり破壊なんて出来っこないし・・・破壊出来た所で、砕けた欠片だけでも確実に誰も助からないよ・・・」


 彼女の言う通り。あまりにも超大な星の欠片は砕けたとしても十二分にこの()()に致命傷になりうる傷を残すだろう。

 それにあれは魔法では無く、魔法によって呼ばれた物。対魔力とやらがどれだけ強くても跡形も無い。


 大抵のもんは殴れば壊れるんすよ!ってロリっ子も言ってたしな。


 それほどの人知を超えた光景にも、不思議と恐怖は無かった。

 なんとなく、おれには出来ると。おれならば守れると思ったのだ。


「そういや言い忘れてた・・・ちょっとデカい気もするけど、このままだとおれ()()ままだしな。ビシっと言っとかねえと。」


 一度は譲ったバッターボックスだが、せっかくの場面で回ってきたのだ。さらにはおあつらえ向きの隕石()まであると来た。しっかり決めないとな。

「・・・ピンチヒッター、おれ。」


 長い長い一夜の出来事も、こうして最終局面を迎える。


「最後まで、迷惑かけて・・・ごめんね」

背中越しに聞こえる彼女の声は、すでに全てを諦めたような悲しい音色だった。


「今までは、みんなで笑いあうなんて夢みたいな話だったのに・・・最後に少しだけでも夢が叶って、本当にうれしかった!」


 声のほうへ振り向くと、大粒の涙をこぼしながらも、心底嬉しそうに彼女は笑っていた。

「わたしと出会ってくれて、ありがとう!」


 本当に悲しくなる。おれが勝てないと思われていることが、じゃない。

「おいおい、何諦めてんだよ。頑張りがい無えなぁ・・・その「楽しい」は、今から始まんだぞ?言ったろ?笑わしてやるってさ!」



 ただ身近な誰かと笑って日常を過ごす。そんな誰しもが過ごす普段通りを”夢”とまで言ったのだ。

 そんな事があってたまるか。夢って言うのは叶うかどうかもわからないような、儚くて奇麗で、壮大な物語であるべきなんだ。だから人は、星なんてものに願いを託すのだ。


「これで決まりだな。」

「ずいぶん余裕なんだね・・・もうすぐみんな死ぬっていうのに・・・」


「・・・死なねえよ。これのどこが”みんな笑ってハッピーエンド”だ。物語で勝つのはな、正義でも悪でもねえ。愛が勝つって相場は決まってんだ!」


 かの有名な人も歌ってはいたではないか。「必ず、愛は勝つ」と。あんなに有名な歌も知らないなんて異世界ってのはかわいそうに・・・


 それに諦められるわけがない。もう一つ目標もできたのだ。

 事と次第によっては神様は倒さずにおいてやろうかと思っていたがやはりぶっ飛ばさなくては気が済まなくなった。


 ほかの誰しもが営む「普通」を「夢」とまで言わしめるほどの理不尽を。たった一人に押し付けた神様を。そんな世界を、誰しもが許容したのなら。


 せめておれだけは彼女の味方であろう。たとえこれが自分一人のわがままだとしても、知ったことでは無い。


 彼女が自分よりも、名前も知らないような他の誰か(そんな世界)を優先したように、おれは他の誰(世界)よりも彼女を優先しよう。


 それが誰かの悪であったしても、おれはもう迷うことは無い。それで彼女が笑顔になれるなら――おれは喜んで英雄にでも魔王にでもなってやる。


「ちょうどいい所にいい感じの流れ星もある訳だし・・・シルヴィア?他になんか叶えたい夢ってある?」

「なに言ってるの??」

 泣きすぎて、きれいな顔がグシャグシャじゃないか。


 彼女の涙を手で拭いながら、思いつく限り優しく語り掛ける。

「顔グッシャグシャじゃねえか・・・はい、チーンして。」

「へ?あ、うん・・・。」


 先ほどまで動きまわったあげく、地べたに転がった後ではあまりきれいなものじゃないのは申し訳ないが。


「よろしい。・・・で?何がしたい??」

「そんなこと言ってるじゃ場合じゃ・・・」

「いいからいいから。言うのはタダなんだぜ?ほら。」


 せっかく又と無い大きな流れ星だ。願い事を三回言って、一礼二拍手してもまだお釣りがくるほど長く願えるのだから。


「もし、許されるのなら、色々なところに行きたい・・・いろんなキレイなものを見て、おいしいものを食べて。それを、キレイだね。おいしいねって笑いたい。みんなと――タイヨウと一緒に、、、!」


 語る彼女の目には再び大きな涙が浮かぶ。

「うん。いいなそれ。春は桜に夏は海。秋の紅葉に、冬の雪。ありきたりやけど全部見よう。一緒に。これは終わったらデートしねえとな!」

「でーと?」

「親密な男女の密な行楽行事だ。」

「なんか、余計にわかんなくなっちゃった、、、。」


「お子ちゃまだなぁ~。ま、おれが手取り足取り教えるよ!――だから、もう泣き止んでくれよ?『笑う門には?」

「――福が来る』。フフッ。本当に変なの。こんな時でも、タイヨウと一緒だと笑えるんだね・・・」


「そういうこと!・・・さ、ほんまにそろそろシャンとしねえとな。」


 シルヴィアの頭を撫でて、立ち上がる。

 そろそろ時間いっぱい。まじめにやる時間だ。


「タイヨウ。」

 踏み出そうとした瞬間、シルヴィアに呼び止められる。

「ん?」

「・・・いってらっしゃい。でーと、楽しみにしてるね?」

「まだ前の分のただいまも言ってねえよ・・・ま、期待しといて!」


 そうさ、色々と彼女は知らないことだらけだ。

 人生辛いことの方が多いし、意外とつまらない。でも、ちゃんと楽しいことだってあるんだから。

 遠足のおにぎりも、ピクニックのサンドイッチも・・・ま、おれも覚えちゃいないが。


 人を好きになることの素晴らしさも彼女は知らない。ならぜひとも知ってもらわなくては。そして星に願いを託すなら 


「その相手は、どうかおれでありますように!」

 手を合わせて遥頭上の「流れ星」に投げかける。


「長い最後の挨拶だったね・・・でもどうせなら、最後まで一緒に居たらよかったのに・・・」

「激バカ野郎が。これから先嫌って程一緒にいるんだから、たまには距離とって心細くさせたりすんのも技術なんだよ。・・・って誰かが言ってた。だから――」


 あ、あと一つ。何個願うんだと言われそうだが、言うのはタダなのでもう一つだけ――

「だから、その為に。おまえが。おまえらが、邪魔だ。」


 頭上を睨む。こちらを見下ろす罪人を。罪人が振り下ろした鉄槌を。全てを見下ろす、金色の双眸(満月)を。


「そんな言葉・・・もう聞き飽きたよ・・・」

 おれの視線に、通り過ぎた過去を懐かしむような。それでいて謝るような呟きを罪人はこぼした。


「これで、ほんとに終わりだ。そろそろ寝ねえと、デートに寝坊したらやべえからな!」


 自信があった。おれならばできると。おれの全てを懸けることで、彼女を守ることができると。


 剣を胸で構える。

『ほんとのほんとに・・・覚悟はいい?』

 (さっき)で聞いた女性の声。


「もちろん。準備万端よ。」

 返答は無い。代わりに、聖剣は無機質に言祝(ことは)ぐ。

 ようやく準備が整った担い手へ。鞘から放たれる喜びを。終わりの始まりを。


――もう一つだけ、願えるなら・・・時間が欲しいなぁ

「――聖剣、顕現。其は、闇退ける太陽の輝きなれば。」

 頭に浮かんだささやかな願いとは別に、聖剣から流れ込む言葉を口から紡ぎ出す。


 同時に、手の中の剣が小さな太陽のごとく輝く。

「この光は人々の希望。あらゆる夜を照らし、あらゆる悪を焼き尽くす日輪。真名開帳。――聖剣、『アッシャムス』。」

 人の身に余る『奇跡』が今、目覚めた。

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