それは、夢か幻か
―ガラガラガラっ、、。
おれとヴァルトの二人は一路、『夢幻の丘』なる場所へ”不死殺しの槍”の回収に向かっていた。
「巻き込んでしまってすまないね。」
笑ってはいるがやはり若干のやりづらさがあるのか、ヴァルトは二人になった途端に少し口数が減っていた。
実際には丘のすぐ近くまでは荷車で送ってもらっているので騎手を含め3人いるのだが、後ろの荷台で会話をするのは実質二人だ。
「おれがなんの役に立つのかわかんねえけどしかたねえさ。」
なんにせよパパっと『聖遺物』を回収して二人きりの状況を早く抜け出したいなとはおれも思う。
目をあまり合わせてくれない割によそを向いているときはちらちらと視線を送ってくるが気付かれてないとでも思っているだろうか?
お互いに終始特に会話も無く夜を迎えたので馬を止め野宿の準備をする。
さすがに走らせっぱなしでは馬が潰れてしまう為、どちらかというと馬の為の休憩という事だろう。
「王都の中は魔獣は出ねえの?」
「そうだね。王都のを囲む城壁に術式が埋め込まれているから滅多に出ないよ。年間で見て数頭といった所かな。」
ここまで朝から結構な距離を進んできたが街道にあったような「野営地」が見当たらなかったのでなんとなく予想はついていたが、改めてすさまじい壁だな。
これだけの広範囲に建設するだけでも大変そうなのにそこまで有能だとは。
「今更だがタイヨウ。この間の非礼を詫びるよ。すまなかった。まさかあんな勘違いをしてしまうとは・・・」
今日一日ちらちらとこちらを見ていたのはこれを言うタイミングを伺ってたのか・・・。
「ま、おれも訂正が遅れたわけだし。おあいこって事で。」
「いやよく考えればわかるはずだったのに自分が恥ずかしいよ。」
そう言うと彼は顔を覆って俯いてしまった。
「いや、そんなにそんな落ち込まなくでも、、、。」
「まさか男性と女性を間違うなんて・・・。」
数秒の後、激しく落ち込んだかと思うと急にシャキッと背筋を伸ばすとこちらに顔を向けるヴァルト。
「あんなに失礼なことをしてしまって言えた義理ではないが・・・よければ改めて、僕と友達になってくれると嬉しい。君はなんというか、いろいろと話しやすくてね。これからも話し相手をしてもらえるだろうか?」
「友達なら、喜んで。」
改めて握手を交わし他愛無い話をしながら夕飯を口に運んだ。
「ヴァルト様。到着いたしました。馬で近づけるのはここまでです。」
馬が止まり荷台を降りる。
「ああ、ありがとう。1日で出てくるつもりだが、もし私たちが戻らなければ王宮に戻り応援を呼んでくれ。」
「はっ!」
騎手をしていた衛兵は規律正しく敬礼をした後少し離れた所へ馬を止めるため離れた。
「うわぁ~。雰囲気あるなぁ~。」
着いたと言われたおそらく丘の本体。その一帯にだけ不自然な霧がかかりぼんやりにしか視認はできないが。
「今日は一段と霧が濃い。中に入るとさらに濃くなる可能性もある、気を付けてくれ。」
「りょーかい。ま、入らねえことには何も始まらねえや。行こうぜ。あとはなるようになんだろ。」
「頼もしいね!ではとりあえず頂上を目指してみるとしようか。」
霧の中へ足を踏み入れると視界が想像以上に悪く10m前後くらいの死人がギリギリと言った有様。
幸い丘自体に障害物はほぼ無いみたいなのでただ進む分には問題は無さそうだが・・・
「これ、帰れんのか?」
「下っていればいつかは霧から出られるさ。君の言葉を借りるなら「なるようになんだろ。」って感じかな?」
そう言って彼は冗談ぽく笑っていたがこっちからすれば冗談では済まない。
何せもうすでに踏み込んだところにあった木や、荷車は影も形も見えなくなってしまっているわけだし・・・
「まじでシャレになってねえ気が済んだけど?」
返答が無く本気で不安になってくる。まさか帰りも本気で運任せじゃないだろうな!?
「おい、聞いてんのか?・・・ヴァルト??」
そこでようやく気付いたの。つい先ほどまですぐ隣を歩いていたはずのヴァルト姿が無い。
「マジかよ・・・おーい!!」
はぐれただけならば声も聞こえるはずだが返答がまったく無い。というか近くに生き物の気配がまったく無い。
一瞬、魔獣が出た時のことが思い浮かんだが、あの感じとも少し違う。本当におれ一人ぼっちになったような感覚。
「おいおいおい・・・勘弁してくれよ・・・」
おれの想像していた以上にヴァルトが楽観主義であるともう少し早くに気づいておくべきだった。
一体なんの自信があってあいつは堂々と何の装備も無くここへ踏み込んだんだ?
ふと目の前で人型の影が動き呼び止めようと声をかける
「あ!おいこっちだぞヴァルト。後ろ――」
呼び止めた影がふらりとこちらを向く。残念ながらその顔はおれの連れ合いの騎士ではなかったわけだが。
「・・・趣味悪いな。これは『夢幻の丘』の面目躍如ってやつ、、、?」
「ひどいなあ。わたしの顔忘れちゃったの?」
こちらを向いた女性は笑顔でこちらに話しかけてくる。
「んなわけ。一生忘れるわけないだろう?――ハル姉。」
「よかった。忘れられちゃったらショックだもんね?」
彼女は嬉しそうに微笑みがらおれを見つめていた。
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「ふむ参ったな。彼が方向音痴だとは言い含められていたが・・・まさかこんなに早くはぐれてしまうとは。」
闇雲に動くのは良くないと思い一旦足を止めて考える。
「さて、気配もないし声をかけても返答も無い。どうしたものかな。」
中に入ってみて想像の以上の霧の深さだった段階で引き返すべきだったかと悔やむ。
「・・・お互い丘の頂上を目指しているのだし上を目指していけば近づくだろう。うん、そうしよう。」
彼もそこいらの獣に負けるほどやわじゃない。ここは彼を信じて上で待つことにしようと決めて歩を進める。
さすがに方向音痴でも山ではなく緩やかな丘だ。上と下を間違うということは無いだろう。
それにタイヨウも心配だが、今頭を悩ませているのは自分自身の整理のつかない気持ちだ。
タイヨウが男であったという事実。確かに言われてみれば女性にしては言葉遣いが少し粗野で声も低かったなと思う。
もしや僕は男色家なのか?とも思ったがそういうわけでもなさそうだった。現に今までタイヨウ以外の男性にそういう魅力を感じたことは無い。
そして何より困ったのはいまだに彼の事を目で追ってしまう自分がいることだ。いままで、それなりに自分を律し模範であるための生き方をしてきたつもりだ。
国の皆を守るために力も着け日々修練も怠らずに過ごしてきたと言うのに。
「恋煩い、というものがこれほど厄介だとは思わなかったな。困ったものだ・・・」
「何か悩みごと?」
「いやそれがだね――」
とっさに距離を取り剣を構える。声をかけてきた人型はまだ影のままではっきりとは視認できない。
「おどろいたな。これでも腕にはかなり自信があるのだけれど。まさか、こうも簡単に後ろを取られるとは・・・」
普通に返答しそうになった自分の油断っぷりにも驚いたが、剣を握って早十と余年。ここまで簡単に背後を許したのは初めての出来事だった。
「そんなに構えなくても大丈夫よ~。相変わらずねえ。」
声からして女性だ。今のところ敵意や魔力は感じられない。
「あいにくといきなり背後をから声をかけてくるようなご夫人とは知り合ったことが無くてね。お顔ぐらい拝見させていただいても?」
「まだわからない?強くはなってもその辺は鈍い子ね~」
そう遠くない距離。その気になれば一息で間合いを詰め首を落とすこともできる。
だが、影から聞こえてくる声を聞いた体がそれを拒否する。ありえないその人影に頭は気づいている。
「久しぶりヴァルちゃん。元気にしてた?ずいぶん大きくなったのね・・・」
自分を見つめる瞳はとても優しく慈愛に満ちていた。
「は、母上、、?」
まさかここまで強烈な幻覚だとは思っていなかった。
生まれつき魔法はあまり得意ではなかったが、代わりにどの種族の人にも魔法に対する抵抗力が備わっているがそれが人と比べて私は大幅に高かった。
事実、今この国で魔法を用いて私に傷をつけられる者などオリヴィエを含めて本当にごく一部だ。
なのでどのような幻覚であろうと魔力を帯びたものなら私には大した効果は無い。と高を括っていたが――
「考えを改めなければいけないね・・・」
自分の慢心を後悔する。
「どうしたの、そんなに怖い顔をして?母さんに会えてうれしくないの?」
「申し訳ないが、僕の母はすでに他界している。――それに、結構怖い人だったから開口一番そんなに優しいことは言わないと思うよ?」
本人に聞かれたらさぞ怒られるだろうなと思い、少し笑いながら影に応える。
「そう、その通りね。察しの通り母さんは影だもの。あなたの中にある、あなたが描いた母親の影。」
「そうすると、僕は思っていたよりも母上に対して甘えたかったのかな?開口一番褒められるなんて。」
言い終えてから自分の一人称が『僕』になっていることに気づく。
精神干渉してくる系統の魔法だ。気を抜かないように注意しなければ。
「でも、本当に強くなったわ。母さんは素直にうれしいのよ?」
どれだけ偽物とわかっていてもやはりキツイものがあるなと彼女の笑顔を見つめる。
「そうだね、強くなったよ。だからそろそろいいかな?これから友達も探さないといけないんだ。」
「そっか、残念。で?強くなって満足できたの?」
「満足?満足などできるはずも無い。国を守る為に「十分」なんて言葉など無いさ。」
「ふぅ~ん。じゃあどうしてそこまで強くなりたいの??」
「そんなもの決まっている。この身は国の剣だ。国を守る為意外に理由など無い。」
何をいまさら。これが僕自身の心象から来ているのならこんなに時間を無駄にするような質問は無いだろうに。
「国を、ね。でもあなたは戦うのが嫌いで優しい子だったのにいいのそれで?」
「いったいいくつの時の話をしてるんだ。」
なぜかはわからないが出所の分からない苛立ちが湧きだす。
「じゃあ、質問を変えるけど。あなたが剣を握ろうと決めたのはいつだったかしら?」
「そんなもの幼い日から握っている!一体何が言いたいんだ?しつこいようなら切り伏せてでも進むことになるが。」
「え~ん。母さん悲しい。そんなひどい言葉使う様になっちゃったなんて~」
そう言うと彼女はおどけた様子で泣いたふりをした後
「本当に、悲しいわ。あなたは昔から鈍い子だったけど・・・剣を握る意味。そこだけはしっかり見えてると思っていたのに。」
悲しそうな、申し訳なさそうな顔でこちらに呟いた。
「・・・『聖槍』を回収しに来たんでしょ?この先にあるから持っていきなさいな。でも今のままじゃダメよヴァルちゃん?しっかり自分が剣を握る理由を――敵を殺す理由を自覚しなさい。」
「黙れ!!」
気づいたときには剣を振りぬいていた。
振りぬいたところで相手は幻覚でそこには何もないのだからただ空をなぞっただけなのだが。
「殺す理由?何を言ってるんだ、僕は守るために剣を取ったんだ・・・」
頭を振り深呼吸をして心を落ち着ける。
「ふぅーっ。・・・何を取り乱しているんだ私は。」
気を取り直し顔を上げるとそこにはうつろな目をしたタイヨウが立っていた。
「タイヨウ!」
彼の肩をゆすりながら、まずは合流できたことを喜ぶことにした。
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「で、幻覚か幽霊かわかんねえけど何か用か?恨み言ならいくらでも聞くけど、本物なら文句より先にドロップキックが飛んできてるだろうけどな。」
誰がどんな目的で作った物かわからないが造りが甘いぜ。
「そんなことしないよ?だってわたしはあなたが作ったわたしだもの。」
「おれが作ったね。で、あんま悠長にしてる時間も無えんだわ。」
「?用があるのはあなたでしょ?あなたが話したいことがあるから、わたしが出てきたの。ここはそーゆう場所だから。」
また訳の分からないことを。今更幻まで作り出して話したいことなど・・・まあ無くはないが。それは本物に会えたらの話だ。
「特に思い浮かびません。てことで、もう行ってもいい?」
「またまた~。久々に会えてうれしいくせに♡」
「久々のその感じ疲れるなあ。」
これがおれが作った物なら意外とこういうノリが嫌いではなかったって事なのか?だとすると何とも悩ましい話だ。
「照れなくていいのよ~?」
どうすれば解けるのかもわからないのでとりあえず一服しようと座り込む。
「あ~無視する~。まあいいや、じゃあ勝手にしゃべるね。どう?こっちには慣れた?」
「ぼちぼち、かな?この世界はなんなんだ?」
「残念ながらその質問には答えてあげられませーん。というかわたしはあなたの作ったハル姉なんだから、あなたの知らないことは知らないよ?」
なつかしい笑顔で彼女は意気揚々としゃべり続ける。
「じゃあまじで何しに出てきたんだよ・・・」
「あはは!ごめんね?じゃあ次の質問!・・・居場所は見つかった?」
彼女の質問に一瞬身が強張る。
「・・・おれはいじめられっ子か何かか?家なき子でも無し、最初から居場所くらいあるっつの。」
「ふぅ~ん。またそうやって逃げるんだ?」
おれの深層心理らしいが一体何がしたいんだこいつは?
「・・・ケンカ売りに出てきたのか?」
「まあ、自分がそれでいいならいいんじゃない?これからも誰かの為にがんばればいいよ。」
「言いたいことがあんならハッキリ言えよ。めんどくせえな。」
「わたしが言わないのはあなたが言ってほしくないからでしょ?もうわかってるんでしょ?別におれがいなくても・・・って」
このタイミングで出てきてのあおり方なら百点満点。はなまるをくれてやりたい気分だ。
「はいはい、よくできました―――」
「そうやって自分をごまかして、いつまでも続くと本当に思うの?あなたがあの子を守ろうと思ったのも、命を懸けて戦うのも全部結局は自分の為。最初の森での戦いで前に踏み出したような顔をして、理由を「いない人」から「目の前にいる人」にすり代えただけ。」
「最初の町でボルクス君に言った言葉は全部自分に向けて言ったもの。いつまでも前を向けず歩き出せない自分に言い聞かしてたんでしょ?誰かがいないとそんなに怖い?自分が特別じゃないって気づくのがそんなに不安?」
これは幻覚だ。頭ではわかっていてもその言葉一つ一つが重く響く。
「いまさら必死なフリをすれば許されると思う?もういいんだよ?そんなに無理しなくたって・・・誰かがかわりにやってくれる。もっとできる人がいる。自分が一番わかってるでしょ?」
黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ。
「そうそう!陽は良くがんばったって!」
「あんたはいつも軽いのよ、、。でも今回はコイツの言う通りね。陽はもう休んでいいのよ?」
後ろからかつての親友二人が声をかけてくる。
「ほら、だからもう休みましょ?」
「悪夢の同窓会かよ・・・」
「そうやって軽口をたたいて余裕があるフリをしていつまで歩けるの?人の為、誰かの為とうそぶいて。本当にそれで幸せになれる?」
「うるせえよ・・・おれは・・・」
ゆっくりにじり寄る三人に抑え込まれ地面に押さえ付けられる。
振りほどけない。手足にうまく力が入らず、されるがままに横たわる。
「違う・・・おれは、ただあの子の為に・・・自分の為なんかじゃなくて。」
「まだそんなこと言うの?あなたはただ返すことのできないもの、他人の為と偽ることで自己満足に浸ってるだけ。誰かを助けることができれば――守れなかったものが報われると。」
ハル姉の手は優しくおれの首筋に触れ、徐々に力が込められていく。
「だからここであたし達と一緒に休もう?ね?」
「そうそう。どれだけ人のために頑張っておれたちはいねえんだしさ。だったらここでまたみんなで。」
隆もきららも笑ってくれている。
「おれは――」
おれに馬乗りになったハル姉は優しく微笑み、突然手に込められていた手の力が緩んでいく。
「それでも、まだダメなんでしょ?だったら満足できるまで頑張ってみなさい!お姉ちゃんはちゃんと知ってる。陽ちゃんは人の為にがんばれる優しい子だから。」
「―――――――っ!」
誰かが呼んでいる声がするが聞き取れない。
「陽ちゃんは何も間違ってないよ?――ほら、お友達が待ってる。誰になんて言われたって・・・お姉ちゃんは陽ちゃんの味方だから!」
「まっ、、!おまえは、、!」
言葉を発しきる前に霧が一層濃くなり視界が白に包まれる。目を開いたときにはすでにその場にはおれ一人に戻っていた。




