誰が為に
「今日はずいぶんと迷いが見えますな。」
芝生に転がり空を仰ぐ。
迷ってなどいないつもりだがスッキリはしない。昨日ヴァルトに言われた「か弱い」という言葉がずっと頭の中をぐるぐるとまわっていた。
「うるせぇ・・・」
弱いことは自分でもわかってるつもりだ。だからこうしてがんばってるんじゃないのか。
別に世界を救いたいとか、本当にヒーローになりたいわけじゃない。・・・そりゃ、なれるならなりたい気もするが。それは子供の憧れのようなものであって別に目標や夢といった大層な物じゃない。
「今日は少し早いですがここまでにいたしますか。そのような心持ちでは身も入りますまい。」
ジルバークは早々に木刀を片付け始め屋敷へと踵を返す。
「タイヨウ殿。一つ、忠告です。まあ老人の小言と思って聞いて下され。貴君が一体何を守るために強くなりたいのかは存じ上げませんが、一番守りたいものを見失わぬように。――たった一人の人間に守れるものなど、たかが知れているのですから。」
それだけ言い残し彼は屋敷の中へと姿を消した。
「一番守りたいもの・・・んなもん・・・」
初めから決まっている。決まっているはずなのだが・・・
「・・・ねえ。二人ともどうしちゃったのかな?」
「さあ。朝お見かけしたときにはすでにあんな感じでしたよ?」
魂が抜けたような顔で食事をするヴァルトと、終始不機嫌な様相のおれを見て二人がひそひそと話をしている。
「ケンカでもしたのかな?」
「ですがヴァルト様の雰囲気はケンカとは少し違うような気も、、、。」
「はぁ、、。」
夕食が始まってからすでに8回目のため息をヴァルトがつく。
ため息で不幸になるというのなら彼は今日明日あたりに死ぬんじゃないだろうか?
「・・・ごちそうさん。部屋に戻るわ。」
イマイチ食が進まず半分ほど残してしまい席を立つ。
「もう食べないの?」
「うん。なんかイマイチ食欲がなくてさ。」
部屋を出たもののイマイチ眠れる気はしない。
いつもよりは少し早いが中庭へ出てベンチに腰掛ける。
「ふぅーー・・・」
吐き出した煙がゆらゆらと上がって消えていくのをぼんやり眺める。
「部屋に戻るんじゃなかったの?」
後ろを振り向くと心配してくれたのかシルヴィアが立っていた。
「寝付けなさそうだなと思って。」
「そっか。それにしても暑いね~。」
「そうだな。」
彼女はいつも通りの笑顔で笑い、隣に腰を下ろす。
特に会話も無く、少しの間沈黙が二人を包む。
「タイヨウはしんどくないの?」
「なに?急に。」
不意の質問の意図がいまいち見えず少し困惑する。
そんなにしんどそうな顔をしていたのだろうか?
「ううん。なんかここに来てからのタイヨウはしんどそうだなって。・・・なんとなく思ったの。」
「別にしんどくなんか無えさ。それにまだまだ強くならねえと。」
「それはなんで?・・・わたしの為?」
まっすぐと見つめられ尋ねられた問いに一瞬言葉が詰まる。
「それは――」
君を守りたいと、そう誓ったはずだったのに。なぜか、うまく言葉が出なかった。
「わたしはね、強くなんかならなくたってタイヨウと一緒に笑っていたいよ?だからわたしの為にケガしてまで、がんばらないで?」
「強くなんかならなくたって」。なんだよそれ。おまえまで、そんな風に・・・
「ごめんね。タイヨウにばっかり押し付けて。けどもう一人でがんばらなくていいんだよ?ほら!ヴァルトとかオリヴィエとか強い人もいっぱいいるみたいだしタイヨウも少しゆっくりして――」
「お前まで・・・」
「え?」
「お前まで、そんな風に言うのかよ!」
気づくと怒鳴ってしまっていた。
そんなこと、彼女が思っているはずも無いのはわかっていた。けど、その気遣いの言葉がまた「弱い」と言われてしまったような気がした。
「ここまで、ここまでおれがいたからお前も、ボルクスも助かったんだろうが!それをなんだ?もう代わりに強い人もいるから用済みですってか!おれは、お前らの・・・お前の為に・・・」
おれはいったい何を言ってるんだろう。自分のイライラを人にぶつけて、なんてみじめなんだろう。
「わたしは、そんなこと・・・」
「じゃあなんだよ?おれのことなんにも知らねえのに偉そうに知った風なことを・・・」
「タイヨウだって何も知らないじゃない!!」
初めて聞いた彼女の怒鳴り声におどろき口をつぐむ。
「いつもいつも人の事ばっかりで!わたしがどれだけ不安な気持ちか知らないでしょ!?タイヨウにはすっごく感謝してる。わたしの知らないものを、知らないことを一杯教えてくれて、見せてくれて。心配してくれて優しくしてくれて本当にうれしかったの。」
彼女は泣いていた。おれが泣かしてしまった。
――違う、違うんだ。おれは・・・
「それなのにいつも一人で無茶して、わたしが心配するのはそんなに変なの!?わたしだってタイヨウに笑顔になって欲しい!一緒に笑いたい!それなのにいつもいつも周りばかり気にして肝心なことははぐらかして」
「どうでもいいことはいっぱい話してくれるのに本当にしんどいことや辛いことは話してくれない!わたしを守るためにタイヨウが辛い思いをするならもう守ってくれなくていい!!」
「・・っんだよそれ、、。おれはお前の為に―――」
「余計なお世話だって言ってるの!」
「何が、余計なお世話だ!一人ではなにもできねえくせに!今までおれのおかげでここまで無事に辿り着いてんだろうが!おれの余計なお世話が無かったらお前はずっと一人であの森に閉じこもってただけだろうが!!」
「おれが怖くないとでも思ったのか!?森で魔物と戦った時。デロスで魔獣の群れに襲われたとき。怖かったさ、辛かったさ!それでもお前を守れるなら、お前が笑えるならと思って、、、!」
彼女は俯き首を横に振る。
「・・・タイヨウは自分勝手だよ。どうしてタイヨウはそこまでしてわたしなんかのために頑張れるの?守って欲しいなんて頼んでない。わたしの為に誰かが傷つくくらいならわたしは・・・一人でいい。」
彼女は涙を拭うと立ち上がり背を向ける。
かける言葉が見つからなかった。自分勝手なことばかり言っておいて今更彼女を引き留める言葉は何も浮かばなかった。
大きく息を吐いた後彼女は笑顔をでこちらに振り向いた。
「ごめんね。タイヨウの言う通り、タイヨウのおかげでわたしはここまで来れたの、、。でも、そのせいでタイヨウは何度も死にかけてる。――だからもう一緒に旅をするのはここでおしまいね。準備があるからもうしばらくはお世話になるけど、このお屋敷を出たら、これからはちゃんと、自分の為に笑ってね。」
立ち去る彼女の背中をただ茫然と見つめていた。
おれはいったいどれほど愚かなんだろうか・・・
「笑ってても、福なんかこねえじゃねえか・・・」
誰もいない夜空に向かって何ともちっぽけな悪態をついた。
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次の日の朝食にシルヴィアは姿を見せなかった。
「え~っと・・・」
一番居づらいのはボルクスだろう。なにせ本当に関係が無いのにただ空気が悪いこの場で一緒に食事を摂らされているのだ。
申し訳ないとは思うが今は軽口を言う気分にもなれず無言で朝食を口に放り込む。
「ごっそさん。ジルバークさん今日も付き合ってよ。」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください。」
足早に部屋を後にし裏庭に向かう。
とにかく今は体を動かしていたかった。そうじゃないと自己嫌悪でつぶれてしまいそうだったから。
「はぁっ、、。くっそ、、!」
踏み込み剣を振るも簡単にあしらわれ地面に転がされる。
「ふう。今日はここまでにいたしましょうか。」
「は?ここまでって、まだ始めたばっかだろ?!」
開始30分もせずにジルバークから中断を告げられる。
「今の貴君からはなぜ強くなりたいのか。それが伝わってきません。漫然と稽古をするならば素振りで十分かと。それに、失礼ながら目が曇り前も見えていないようなものと手合わせをするほど、我が剣は安い物とは思っておりませんので。」
辛辣な言葉を言い残し彼は裏庭から立ち去った。
「どいつも、こいつも・・・」
弱いだの、曇ってるだのと。好き勝手言いやがって。木刀を地面に投げつけ芝生に寝転がる。
いつから弱いと言われることにこれほどまでに不快感を覚えるようになったのか。言われなくても自覚しているのだから今更怒ってもしょうがないとはわかってはいるのだが。
「タイヨウ。少しいいかい?」
昨日よりは少し元気が出たっぽいヴァルトが顔をのぞかせ声をかけてくる。
「実は急なんだが私と王宮へ向かってくれないか?陛下からのご指名でね。」
「おれが?」
話しによると王宮より届いた手紙におれとともに来るようにとの内容だったらしく詳細はついてからとのことだった。
どうせ拒否権は無いだろうし、それに気分転換にちょうどいいか。
「了解。すぐ準備する。」
「あの・・・僕もついて行っていいでしょうか?お邪魔はしませんので。」
「構わないが、シルヴィアはいいのかい?」
「・・・大丈夫だろ。子供じゃねえんだ。行きたいなら自分で言ってくんだろ。」
なんとなく事情を察してくれたのか「そうか」とそれだけ言ってヴァルトも踵を返す。
「じゃあ準備が整い次第すぐに出るよ。」
そうしておれたち三人は再度王宮へと向かった。
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「すまんのお、急に呼び出したりして。」
若干の気まずさはあったものの何事もなく王宮へとたどり着いたおれたち。例の広間にてファウスの前に立っていた。
「いえ。して陛下、今回はどのようなご用件で?」
かしこまるヴァルトが髭を撫でるファウスに用件を尋ねる。
「うむ。わしの「千里眼」にお告げがあってな。貴君らには『聖遺物』の回収に向かってもらいたい。」
「『聖遺物』ですか。ですがなぜ突然?」
「さあな。わしにもわからん。じゃがそういう風に未来が見えてしまったのじゃ。ヴェーレンに相談し協議の結果タイヨウとヴァルト、貴君ら二人に回収に赴いてもらうことになった。残念ながらわしにもこれ以上言えることは無い。」
何ともまあ、大事な物の回収に行くというのに雑な情報だ事で・・・呆れた表情が顔に出ていたのかファウスは申し訳なさそうに
「すまんとは思っとるんじゃ。じゃがわしの「千里眼」はこのくらいの未来視しかできんのじゃよ。」
と少し小さくなりながらこちらに話しかけてきた。
「確かに情報は少ないが陛下の千里眼は外れはしない。色々と急ですまないが明日の明朝、王宮を発ち回収をしてきてほしいのだが構わないかな?」
会話に入ってきたヴェーレンがこちらに尋ねてくる。
「御意に。して、その目的地はやはりあそこですか?」
「ヴァルト卿が想像している通りの場所だ。王都を出て少し東にある『夢幻の丘』。そこに鎮座する『不死殺しの聖槍』を手に入れてもらいたい。」
ヴェーレンはなんとも物々しい名前を口にした。
「で、その『夢幻の丘』って名前からしてやばそうだけど、実際どうなんだ?」
広間を出て廊下を歩きながらヴァルトに尋ねる。
「そうだね。なんでも幻覚の類を見るらしくて下手をすれば廃人だそうだ。」
中々に恐ろしいワードを爽やかな笑顔で口にするヴァルト。
「そんないい笑顔で言われてもな・・・うわ、楽しそう!とはならねえぞ。」
「ははは。その通りだね。まあ所詮はうわさだよ。問題は『聖槍』のありかの方だね。」
「場所がわかってるなら問題なくない?」
前回は抜くまでに一波乱あったわけだが今回はその幻覚とやらが乗り切れれば問題なさそうな雰囲気じゃないのか?
「正確な位置がつかめないんだよ。なので丘に入ってから自力で探すほかないだろうね。陛下からも情報が無かったという事はそこまでは見えなかったという事だと思うからね。」
「それはなんかめんどくさそうな予感。」
言葉通りの感情を顔をしかめて表現してみる。
「お疲れ様でした。結局何のお話だったのですか?」
別室で待機を食らっていたボルクスが前から走り寄ってくる。
「なんか割と大仕事。」
しかめ面のまま彼に返答し曖昧な返答と表情を見て察してくれたのかそれ以上詮索をしてくることはなかった。
「さすがですね。まさか三銃士の方といきなり同行を求められるとは。やはりただの変人では無いですねタイヨウは!」
後半少し引っかかるが、自分の事のようにボルクスは喜んでいた。
「私は少し寄る所があるから先に部屋に戻っていてくれるかい?」
「はーい。」
「わかりました。」
途中ヴァルトと別れ王宮内に用意してもらった部屋へと戻る最中
「・・・シルヴィアとケンカでもしたのですか?」
ボルクスはいきなり核心をついてきた。
「・・・なんだよ急に。」
思い出して少し不機嫌になりながらも返答する。
「何があったかは知りませんし聞きません。正直に言うと痴話ゲンカには興味もありませんしね。」
うん。気を遣うとか言うのは無いらしいね。
「・・・痴話ゲンカとか、気楽なもんならよかったんだけどな、、、。」
実際のところそんなに軽いものでは無いだろうとは思っている。
あれはケンカなんていいものじゃない。ただの、八つ当たりだ。
「痴話ゲンカですよ。じゃなければ「タイヨウが心配だから着いていてあげて」なんて僕に頼むと思いますか?僕としては王宮に来たかったので自分の都合もありますが。」
「へぇ・・・」
何とも我ながら能天気だとは思う。あれだけひどいことを言っておきながら気にかけてくれていることにすこし舞い上がっているのだから。
「ですから今回の任務はちょうどよい機会だったんじゃないですか?少し時間を空けて頑固なタイヨウは頭を冷やして。」
「お前いちいちディスってくんのな。」
「でぃす?」
「悪口ってこと!」
「けれど事実でしょう?僕は事実無根の悪口は言いませんよ。」
すんっとした顔でこちらを見るボルクス。
全く、これではどちらが兄貴分でどちらが弟分なのだか・・・
「時間が経てばシルヴィアだって落ち着くとおもいますよ。そうしたら許される範囲でまた3人で旅をしましょう。僕らにはタイヨウが必要ですから。それはきっとシルヴィアだって同じはずですよ。」
微笑む弟分にものの見事になだめすかされてしまった。
けれど確かにいいタイミングで時間を空けれたのかもしれないな。帰ったらちゃんと謝って話をしよう。やっぱりはおれは彼女に笑っていてほしいのだから。
またも表情から汲み取られたのかおれの顔を見てボルクスは満足げに笑っていた。




