渋い寿司ネタと名探偵
「・・・ただいまぁ。。。」小声で帰宅を告げる。
返答は無し。もとより聞こえる声量で告げていないのだから当たり前か。
しかし、妙だ。人がいる気配がない。予想ではドアを開けるなりドロップキックを食らうくらいの覚悟で挑んだだけになんとも肩透かし感が否めない。
「・・・1時回ってるし、帰ったか?」
独り言をつぶやきつつリビングの電気をつけソファに腰掛ける。ひとまず今夜は窮地を乗り切ったようなのでシャワーを浴びようと決意し、着替えを持ち風呂へ行く。
怒られなかったことの安堵と、何とも言えないさみしさが少し胸に去来する。・・・おれって、意外とMだったのか?若干の不安を抱えながらもシャワーの蛇口をひねる。
ハル姉の性格上、こういう場合に待ち構えていないことが少し気にかかる。
同時に、恐らくはギリギリまで居たであろう姿を考え悪いことをしたなという罪悪感を少々抱きながらシャワータイムを終えリビングの定位置へ。
タオルで頭を拭きながら「明日はご機嫌取りに前言ってたカフェにでも誘うか」と一人決意しケータイをいじる。・・・がつかない。どうやら電池が切れている。
もともと、用事がない限りケータイをいじる習慣が無い為気付かなかった。
「裏面を太陽パネルつけるにするとか、ハンドル付けて自家発電できるようにとかすればいいのに。おれが設計者なら、それくらい小粋なことするけどな。」
できもしない文句をたれながら充電器にケータイを差し込み画面の充電マークを確認。画面がついて最初の通知は予想がつく。
・・・山ほどのお怒り不在着信だ。10はくだらない。要するに明日の朝はこの着信分の小言を聞かされるのか、、、。そう思うと先ほどの罪悪感も少し影が薄くなる。
「そもそもなんでそこまでこだわるかね?・・・考えてたらなんか腹立ってきた。」
お説教もお小言もまだ受けたわけじゃないのだが。
しかして大抵のことは寝れば忘れる。おれはまさにそのタイプだ。いらいらしながら寝ても次の日の朝にはなぜ怒っていたのかさえ覚えていない。というのだから我ながら能天気なものである。
寝室に向かい布団に入るとすぐさま瞼が重くなる。2時を余裕で回っているのだからそりゃあ眠い。
幸い明日は土曜だ。そんなに早くには起こされることもないだろうとか、行きたいと言ってたカフェはどこだったかとか考えているうちに眠りに落ちた。
・・・チャガチャ。
鍵の開く音で目が覚める。体感ではおそらくまだ2時間前後。まさかと思いながら寝ぼけた体を起こす。
そのまさかだった。時刻は5時過ぎ。驚くことにハル姉が今来たのだ。
大きなあくびをしながら寝室を出てハル姉に声をかける。
「さすがに早くないか?てか昨日は――」
ぴしゃりと頬に鈍い痛みが走った。
「なんで帰って来ないの!?なんで連絡くれないの!!?なんで約束守れないの!!?」
頬の痛みに反応する間もなく、あまりに真剣な彼女の剣幕に言葉を失う。
「どれだけ心配したと思ってるのよ、、。」
そして呆気にとられるおれを抱き寄せ苦しいくらいにしがみついてくる。
おれは状況が理解ができずただただ「あ、良い匂いする。」などと年頃の男の子らしいその場に不釣り合いな感想を抱いていた。
あの後10分以上泣き続け泣き止んだと思ったらそのまま眠ってしまった。
眠ってから冷静に見てみると、服装や化粧をしていたことなどから来たのではなく一晩中おれを探しまわり今帰ってきたのだろうという事が見て取れた。
「・・・さっきはごめんね、、。」
状況推察しているうちにいつの間にか目を覚ましたハル姉が呟いた。こうもしおらしくされるとこちらも申し訳ない気分になってくる。
「帰ってこないし、連絡もつかないし、、。もしかしたらまた何かあったのかと思って・・・」
なぜここまで思ってくれているのかは分からないが本気で心配をしてくれていたようだった。
「でも、連絡をくれなかったことにお姉ちゃんは怒ってるの。それとこれとは別だもの。20歳なんだし、子供じゃないんだからって思うのはわかってるの、、。だからね、間に合わないときは迎えに行くから連絡くらい頂戴?」
「いや、そこまでしねえでも大丈夫だって、、、。むしろハル姉をそんな時間にうろうろさせる方が・・・」
言いかけて口をつぐむ。一体どの口でそんなことを言っているのか。
そこまで過保護な理由は分からないが、少なくとも昨日一晩女の子を一人でうろうろさせる原因はおれだと言うのに。
「晩御飯だって用意してるのに無駄になっちゃうし。昨日のメンチカツは会心の出来だったのに、、、。」
頬を膨らませながらブーブー言っている。コロコロとよく変わる表情だ。
・・・良かった、いつものハル姉だ。怒られているのだが少し安心する。
「・・・その、昨日はごめん。連絡くらいはすべきでした。」
頬杖をつきながらジトっとこちらを見てくるハル姉に「ごめんなさい」ともう一度小さく頭を下げる。
「ハル姉今日って時間ある?この後、お詫びってわけじゃねえんだけどさ・・・良かったら前に行きたいって言ってたカフェにでも行かねえ?」
「ふ~ん、私のメンチカツを無駄にしたお詫びがコーヒー1杯なんだ?」
「もちろん、パンケーキもお付けさせていただきます」
「・・・お姉ちゃん夏服も見に行きたいな~」
呆れて笑ってしまった。さっきまでのしおらしさはどこへやら。そもそも「お金の無駄遣いは禁止」、とあなたに差し押さえられお小遣い制を強いられているのですが?などと言ってしまえばややこしいので口には決して出さないが。
「本日は仰せのままにお付きあいさせていただきます。」
「やった!」と笑い立ち上がるハル姉を眺める。
「・・・いま絶対、「こいつチョロいな。」って思ったでしょ」
「ソンナコトハゴザイマセンヨ」言いながら目をそらす。
「じゃあシャワー浴びて着替えてくるね!陽ちゃんも眠いだろうから少し寝て13時ころにまた来るから準備してるように!それとも昔みたいに一緒に寝てあげよっか?」
「わかったわかった。んじゃ、また後で」
正直、言われた通り眠い。
さすがに帰宅後寝てしまったハル姉が起きた時に寝ているのはまずいだろうと頑張ったのだ。
ただおなかも空いたので何か食べてから眠ろうと、昨日の晩ご飯予定であった会心のメンチカツが目に入る。
「食べるんだったらあっためてあげるよ?」
「それくらい自分でやるよ。それよりもハル姉も眠いだろ?早く帰ってちゃんと寝ろよ?」
「あ~。なんだかほとぼりが冷めたとたんに冷た~い」
またブーブー言い出したハル姉を横目にメンチカツを一口。
(なるほど、これは会心の出来だ。確かにうめえ。)
「じゃあおめかししてくるから楽しみにしててね♡おやすみー!」
「ほやふみ~」メンチカツを頬張りすぎうまく発音できなかったが伝わったのだろう。満足げにハル姉はわが家を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おいし~~!」
いかにも「映える」パンケーキを頬張り上機嫌なハル姉の目の前でコーヒーをすする。
「さて、こっからはどうすんの?」
「ん?今日はごめんなさいのデートなんだからちゃんとエスコートしてくれなきゃ!」
・・・余計なことを言うんじゃなかったと後悔する。
そして到着したのはみんなご存じ駅前と言えばの某ショッピングモールである。
ここに来れば何でもそろう。おれの知る限りこの世のすべてのファッションを取り揃えてると言っても過言ではない。
「到着いたしましたぞお姉さま」
「うむ苦しゅうない。」終始上機嫌なハル姉を連れいざ店内へ。
「せっかく駅前まで来たし映画で見ていくか?」
「じゃあさじゃあさ。私あれ見たい!」指をさした先にあったのはバリバリのアクション映画だった。
「・・・静かな恋愛ものとかみ見れねえもんな。」
フッ。と笑いながら小バカにはしてみるがおれも恋愛ものなどの感動する映画は苦手だ。
泣けないからじゃない。むしろ逆なのだ。完全に人ごとの方がなぜかやたらと胸に来るというか・・・
自分の私生活には感情移入できないのに、他人事には感情移入しやすく、泣いてしまうからこそ恥ずかしいのだ。
映画も見終わり買い物も大方終了。荷物持ちよりも、突然始まったハル姉’Sコレクションには参った。何を着ていても似合ってはいるのだがそれにいちいち感想を求められる身にもなってほしい。
「想像の三倍くらい疲れた、、。」
「いや~ごめんごめん!お買い物とか久々だったからつい楽しくて」
当の本人は満足そうに笑っている。
ただのお詫びのつもりだったが存外悪くない。こうも無邪気に笑われて悪い気がする人間はさすがにいないんじゃないだろうか。
「後は晩ご飯か。今から帰って作るのも面倒だろうし、なにか食べて帰るか。」
「焼肉か。お寿司か。究極の選択とはこのことであるな太陽氏・」
「昨日メンチカツで肉だったし今日は寿司でいいんじゃねえか?」
「ふむ、よかろう。では今日はお寿司を献上することを許そう!」
晩飯もやっぱりおれ持ちか・・・
「おっすし~おっすし~♪こはだ♪しめ鯖♪たっまご、しゃこ~♪」
「・・・もうちょい女子大生らしいチョイスは無かったのか?」
そう言いながらスキップで進む彼女のあとを追いかけた。
「なあ。前から聞きたかったんだけど。」
「なあに?」
「いや門限のことだけど・・・なんでそこまでこだわんだ?」
前々から思っていた質問を、回ってきたマグロの中トロを手に取りながら尋ねる。
「だーかーらー。何回も言ってるけど、お姉ちゃんがさみしいの!それとも話を蒸し返してまた怒られたいの?」
返答は決まってこれ。あながち嘘ではないとは思うのが怖いところだが。
しかし、さすがに今朝のことは考えても約束をただ破った程度での取り乱し方とは思えない。
「いやいや、だとしたらさすがに愛が重過ぎるだろ。・・・ハル姉なんか隠してない?まさかとは思うけど、幽霊とか本気で信じてたりとかする痛いタイプとか?」
と冗談交じりにハル姉を見つめる。
「まあそんなかんじかな。」そう言いわざとらしくハル姉が肩をすくめる。
「ま、おいおいね。口で言われても理解できないことってあるじゃない?それに実際記憶も治りきってないわけなんだし?まずはちゃんと体を治すまでは療養しなさい!この話はこれでおしまい!」
・・・まさかそういうたぐいの痛い話だとは。3か月前のおれは霊能者だったとか?それはそれで楽しそうだ。とか中学生男子のような妄想に少し胸を膨らませる。
そして、おれって思ったよりもガキなんだなと、思い描いたあり得ない話をハル姉が取るだけとって食べれないと言い出した〆鯖たちとともに飲み込んだ。
結局、質問ははぐらかされたまま帰宅する。
目の前で吸うとブーブー言われるので我慢していた煙草に火をつける。
まさに百害あって一利なしとはこいつのためにあるような言葉だろうと手元を眺める。まあ、だからといってやめるかとは言えば答えはノーだ。
そもそもいつから吸ってるのか知らないがよくあのハル姉の前で吸い始めたもんだ。
吐き出した煙を追いかけて空に目をやる。相変わらずきれいな月がこちらを見ている。
見られている。というのもおこがましい話か。あちらからすれば一人一人なんて認識もしていないのだろうし。
そもそもが生物ですらなく、要はデカい石ころだ。されども石ころで、空に浮かんで輝いているというだけでよくもまあ、あんなにキレイに見えるものだ。
――っズキ。
胸が痛む。おれの左胸には事故で負った大きな傷跡が残っている。もうしっかりと塞がっているのだが、たまに疼くように痛むことがある。「またか。」と胸を少しさする。
しかしほっておけば勝手に引いていくのでさほど気にもしていない。
なぜかそのタイミングで神楽 愛の顔が脳裏をよぎる。
「ははっ。おれも隆のことバカにできねえやつか?」
突如として胸を襲った「恋の痛み?」を一笑し布団に潜り込む。
眠りに落ちるころには胸の痛みはすっかりとなりを潜めていた。
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『―――で―――。――――――――――待ってるね。』
あいも変わらず起きた時にはほとんど覚えていない夢を見る。ただ一つだけ新たな収穫だったのはどうやらおれは「待たせている。」という事だ。
どこで、誰を。そこに関しては何の進展も無いわけだが。
そもそも起きた頃には顔すらまともに思い出せない。これではいざ本人を見つけてもそれがその子かの判別すらできまい。
「・・・バカらしい。着替えよ。」
今日は人類の天敵。――そう月曜日だ。それだけでテンションは下がるのに余分な悩み事はよそう。
「今日は珍しく静かに入ってきたのか、あのアホ姉。」
姉の成長に感心しながら着替え途中の半裸状態でリビングに入り声をかける。
「おはよー!最近起こさなくても起きるようになったのね!えらいえらい!」
本日も朝から上機嫌で何より。寝起きの悪いおれからすれば尊敬に値することだ。
そんなことを思いながら、干した後畳まずに放置された洗濯物たちから服を探す。
ガシャン!後ろから何かを落とす音が聞こえた。
何事かと視線を戻すとハル姉が手に持った皿を手を滑らせ落としたようだった。それよりも気になるのは彼女の視線の先だった。
背を向けたおれの方ををまるで幽霊でも見たかのように凝視している。はて?そんなところに何がと思い鏡ですぐ近くの姿見鏡で確認してみる。
血だ。それも結構な量の。先ほどまで着ていた寝間着を確認するとどうやら出血元は胸の傷跡。
「こんなの初だな?」
そう思い触ってみるが特に痛みなどはなく血もすっかり止まってしまっている。
「それどうしたの?誰かと喧嘩でもしたの??」
物騒なことを、、。
「いやいやそんなわけねえだろ。それとも、もしかしておれって事故の前はそういうタイプだったの?」
「なら、いいんだけど、、。って、よくない!血は止まってるの?病院行く?」
「いやもう止まってるみたいだな。痛くも無いし大丈夫だろ。」
「・・・うん。そっか。けど体調が悪くなったとか、なにか変わったことがあったらすぐに教えてね?」
謎の出血のせいで朝から過保護モード全開だ。まあそれなりに血が出ていたみたいなのでいきなり見たらだれでも驚くか。
「それよりハル姉こそケガねえか?」
「ありがとう。わたしは大丈夫。本当に無理しないでね、、??」
「しねえしねえ。休めるならいくらでも休むよ。」
いつも通りおどけた口調で言ってみるもののいまいちハル姉の表情が晴れてこない。
多少気にはかかるがまずはシャワーを浴びなければ。乾いてはいてもこのままでは服を着ることもできない。
「ん、ごちそうさまでした」手を合わせ声をかけるが反応がない。
その後も終始ハル姉の表情が晴れることは無かった。
「ハル姉、大丈夫か?おれよりもよっぽど体調悪そに見えるぜ?」
これにも返答がない。再度「ハル姉?」と声をかけたところでやっとこちらの呼びかけに気付いたようだ。
「うん?ごめんね考え事してた。どうしたの?」
「いや体調大丈夫かって?あと、ごちそうさま。」
「はい、お粗末様でした。今日一限からでしょ?そろそろ出ないと遅刻しちゃうよ?」
確かにいい時間である。ただこの状態のハル姉を置いて行っていいものかと考える。
「なあに?心配してくれてるの~?やだっやさしい~~♡」
口調こそいつもの彼女だがいまいち心ここにあらず感が否めない。
「ありがとっ。お姉ちゃんは大丈夫だから学校行ってきなさい?」
こうなったらおそらく何を言っても聞かないだろうと諦めて自分の準備をする。
「体調悪いんなら休んだらどう?早く帰ってくるようにするし、おじさんおばさん帰ってこねえならうちで寝てればいいし。」
「や~ん。自分のベッドで寝かせて何するつもりなの??でもダメよ、、わたしはお姉ちゃんなんだから、、。」
くだらない一人芝居を見届け、これならとりあえず大丈夫かな。と自分を納得させ学校へ向かう事を決意する。
「いってらっしゃい。本当に気を付けていくんだよ?」
と背中に声をかけてくれる彼女に「いってきます」と告げドアを閉めた。
後悔先に立たず。とはよくぞ言ったもの。
今にして思えば、この段階でもっと色々なことにアンテナを張っておくべきだった。
昼休み。学食で昼ご飯を食べながら考える。おかしい。何か違和感がある。
朝からずっと思っているのだがそれが何なのかがはっきりせずモヤモヤしている。
「おはよ。ってもうお昼だから「おはよ」は変か。」
そう言いながらきららが自分のお盆をおれの目の前に置く。
「ういす。まあ別に何でもいいんじゃねえ?あいさつすることが大事と思いますよ僕は。」
彼女は月曜は昼からなので大体この時間の重役出勤だ。何ともうらやましい。
「珍しいね。今日は隆は一緒じゃないんだ。あいつ見かけるときはほとんど陽と一緒なのに。ついに陽離れの時期が来たかな?」ときららがキョロキョロと周りを見ている。
「それだ。」ときららを指さす。
「?何が?」
朝からの違和感の正体がやっとわかった。周りが妙に静かなのだ。
あいつとは学科もゼミも同じ、ついには選択授業まですべて同じなのだ。よって基本的にあいつがいない状況が珍しい。
さらにはあいつの高身長以外で自慢できることと言えば、小学校から続く皆勤賞くらいのものだというくらい休まない。バカは風邪をひかないとは言うが・・・
「朝からなんか静かだなって。見晴らしもいいし。なるほどな~。」
「あーわかるわかる。たしかに隆がいると視界が狭いよね。」
二人でいもしない男の話で盛り上がる。
「けど、隆が代返も頼まず休むのはに珍しいね。ほんとに体調崩したのかな?」
たしかに、と頷く。授業自体サボることも珍しいが、休む時は必ずワイロの缶コーヒーを持ってきて前日までには言ってくるのだが。
「しかたねえ。帰りに見舞いでも行ってやるか。きららも行くか?」
「あーごめん。あたし今日はバイトだわ。バイト終わりにでも覗きに行ってみるよ。ま、こないだの居酒屋であった女の子とうまくいってるみたいだし?夜更かしして寝坊でもしたんじゃない?」
ほう。心配して損した。まさか隆程度に神楽 愛を御しきることが出来ようとは。
「ならちょうどいいか。ついでにその辺も聞いてからかってくるわ。」
アポなしで行っていないと面倒なので連絡だけは入れておくことにしよう。
さて、どんなお土産話を聞けるのか楽しみだ。
そうして時間は流れチャイムが鳴り本日の講義終了を告げる。
「・・・返信。返ってこねえな。何時まで寝るつもりだ?」
四限終わりなので時刻は16時半。さすがに寝ていることはないだろう。
「陽!今から行くの?あいつに会ったら連絡くらい返せって伝えといてー!」
「了解。バイトがんばれ。」
走り去っていくきららに手を振り隆の家を目指そうかと外へ向かう。
念のため風邪であることも考慮してコンビニで差し入れのジュースやお菓子を買い込み到着。
結果は留守。寝ているだけかとも思ったが何度インターホンを鳴らしても無反応だったのだからおそらくいないのだろう。
そう思い差し入れだけをドアノブにかけ隆の家を後にする。
「きららに一応連絡だけしとくか」
隆が不在だった事の連絡を入れながら、隆の部屋を見上げる。
カーテンの隙間から見える暗闇がこちらを覗いている気がした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――隆を見かけなくなってから二日が経った。
依然として連絡はつかず、少なくともおれの知る範囲では学校にも姿を見せていない。
あいつの友達にも聞いてみたがやはり姿を見ていないとのことだった。
「学校で聞けば実家の連絡先でも教えてくれるかな?」
そう思いゼミの教授に確認をしたところによると、親戚に不幸があったらしくしばらくの間休むと姉からの連絡があったとのことだった。
なら連絡くらい返せよと思いながら「ありがとうございます。」
とお礼の言葉を教授に告げ、その場を後にする。
お気に入りの屋上の喫煙所でタバコをふかす。何かが引っかかる。
まるで探偵みたいだ。かの有名はホームズさんなら何かが引っかかれば事件は解決するのだろうが。そんなことを考えながらベンチに横になる。
・・・何か大切なことを忘れている気がするのだが。
「こんなところで寝てたら風邪ひくよ。暖かくなったと言ってもまだまだ夜は冷えるからね。ちゃんと帰って寝なさい。」
おじさんの声で目が覚めた。視線を上げると喫煙所で見かける顔見知りの用務員さんがこちらを覗きこんでいる。横になったまま眠っていたらしい。
「ああ、おっちゃんごめん。すぐ出る。・・・っ痛!」
体を起こそうとし左胸の痛みに身がこわばる。
「大丈夫かい?」心配そうに見つめるおじさんに
「・・・古傷がうずくってやつかな。大丈夫。1.2分したら落ち着くから。」
手をひらひらさせ何でもないとジェスチャーしながら返答する。胸をさすりながらゆっくりとを吸い吐き出す。
「・・・ありがとう、もう大丈夫」背中をさすってくれていたおじさんにお礼を言い立ち上がる。
「暗いから気を付けるんだよー!」と背中越しに声をかけてくれるおじさんに軽く頭を下げ喫煙所を立ち去った。
はて?眠る前に何か考えていたような気がするのだが?と時折首をかしげながら家に到着。
もう少しで何が引っかかっているか思い出せそうな気がするのだが・・・
「ただいまー」
リビングに声をかける。
「おかえり~。遅かったね!」
お玉を持ったままハル姉がパタパタと駆け寄ってくる。
「お玉くらい置いてこいよ、、、」
「またまた~こんな美人で優しいお姉ちゃんのお出迎えだよ?ご飯ももうできるけどどうする?私にする?お姉ちゃんにする?それともハル姉?」
「はいはい、お決まりお決まり。先ご飯がうれしいな。腹減った。」
「ぶー。陽ちゃんノリ悪いな~。隆くんならすっごい喜んでくれるよ?『おれもこんなねーちゃん欲しい!』って!取られちゃうぞ~?」
「そんなに隆くんちがいいなら隆くんちの子になりなさい。よそはよそ、うちはうちです。」
「こんな会話隆くんが来た時もしたね~」と楽しそうに笑っている。
確かに。と頷き不意に隆やきららがうちに遊びに来た時の記憶がフラッシュバックする。
あれはおれが退院してから割とすぐの事だった。
いつもの二人がお見舞いがてらに家に来たことがあった。
くだらない話をしながらも気にかけてくれていた二人を思い出す。
おれからすれば過保護な幼馴染も、一人っ子で幼馴染というものもいない隆にはさぞいいものに見えたらしく、とても羨ましがっていたのを覚えている。
そこでようやく気にかかっていたことに気づいた。
何とも薄情な男だ。あれだけ気にかけてくれていた友人の話を今の今まで忘れていたなんて。
高畑隆星の姉・から連絡があった?一人っ子なのに?
得も言われぬ不快感のようなものが胸に去来する。
「ごめん。ハル姉ちょっと出てくる!」
「こんな時間から!?どこに行くの!?」
「0時までには絶対帰るから!」
それだけ言い残し外へ飛び出した。