ダメな大人と宴と盃
阿鼻叫喚の様相を呈した昼食を終え復興作業に戻ったおれたち。
「おまえら、いつこの街を出る予定なんだ?」
息を吹き返したマルクスが声をかけてきた。
「ん~。ハッキリは決めねえけど?街の復興自体も落ち着いてきてるし、3日前後ってとこかな?なんだよ?早く出て行けってか?」
「バカ野郎、いまさらそんなこと言うかよ。街の連中がな、世話になったからちゃんとお礼がしたいって事で、送別会をしようってことになっててな。準備してもその前に出て行かれちまったら意味無くなるだろ?」
「へぇ~~~」
話を聞きニヤニヤしながら彼の方を見つめる。
「言っとくが言い出したのはおれじゃねえぞ!?おれとしては人間なんか早く出て行ってもらうにこしたことはねえんだから!」
何も言っていないのにえらく慌てて弁明を始めた。
「はいはい。なにも言ってねえよ。こんなゴツくてむさい男のツンデレなんかどこにも需要無えっての。」
「おい!言葉の意味はわからなったがなんとなく馬鹿にされてるのはわかるぞ!」
「おーい!マルクス!楽しそうなところ悪いがこっち手伝ってくれるか?」
「楽しんでねえよ!話の続きは後でだ!」
そう言い残し彼は別の所の手伝いに駆り出されていった。
「あのマルクスさんと楽しげに話す人間の方なんて初めて見ましたよ。」
「最初はたしかに気に食わなかったけど、話してみればなんてことない仲間思いの良いやつじゃねえの。」
少し休憩と近くに積まれた木材に腰掛ける。
「そうなんですけどね。彼の人間嫌いは相当の物でしたから。僕はまともに会話ができるようになるまで5年以上かかりましたからね。ハッキリは知りませんが過去にいろいろとあったみたいで。」
「ふ~ん。まあ確かに一番最初のおれを見る目は、好き嫌いの範疇を超えてた感じはあったな。お前がいなけりゃ間違いなく襲い掛かってきたと思うぞ。」
何があったのかは知らないが、何かあったのは間違いないだろう。
「ま、種族が違うとか些細な問題なんだって。人類みな兄弟。見た目が違ったって男はいくつになってもバカって事さ。」
「本当に変わった方です、タイヨウは。」
「そもそも・・・そんなこと気にしてたら、おれなんて惚れた相手がいきなりエルフだぞ??」
「確かに。」
「なになにー?何の話してるの?」
なんとも気の抜けた顔で走ってくる彼女の顔を見て、二人で顔を見合わせ笑みがこぼれる。
「あー!またわたしは仲間外れ?」
「男には男同士でしかできねえ話があるのよ。な?」
隣で笑うボルクスの肩をたたき目配せをする。
「ごめんなさいシルヴィア。そうゆう事なので内容は教えられないのです。」
「さ、続き続き!パパっと終わらしちまうか―!」
立ち上がり一つ伸びをする。
とても平和な昼下がりのひと時だった。
「お前らの送別会3日後の夜に決まったからそこまでは街にいてくれよ。」
「いてくれよー!」
デオンたち子供勢を引き連れたマルクスが作業を終え帰ろうとするおれたちを追いかけてきてそう告げ、また走り去って行った。
「なんか忙しそうだなあいつ。」
「今はこの街に騎士がいませんからね。街の警備の統括などもマルクスさんがやってくれているので、復興作業以外にもかなりの量の仕事があるのかと。事件の顛末などもまとめておかないと新しく来る騎士の方たちへの報告もできませんしね。」
確かによくよく考えれば大事件だ。国を守るはずの騎士が率先して街を襲った。その上それを素性も分からないような奴と結託して退けた。話しだけ聞けばカッコいい内容だが自分が報告する側となればこれほど厄介なことは無いだろう。
事件の元凶は取り逃がし、その上渦中の人物身元不明の上は旅人ですでに街には不在。わからないことだらけのままの報告書なんて提出する方がどんどん怪しくなるようなものだ。
「なんか悪い事したかな。せめてエンダを捕まえられてれば・・・」
黒幕が騎士であったことを伝えたのは隣にいる二人以外ではバーグとマルクスの二人だけだった。街の人たちにいらぬ不安を抱えてほしくなかったこともあり黙っているのだが、話す方がいいのだろうかと悩んでいたところでもある。
考え込んでいると不意におデコを指でつつかれた。
「もう!また怖い顔してる。そうやってなんでも自分がって悩んじゃダメだってば。」
知らず知らずのうちに出来ていた眉間のシワを無理やり伸ばされる。
「ちょ、痛い痛い、、。」
おデコをさすりながら「そんな怖い顔してたか」と少し反省する。
「僕なんかが言っても何の励ましにもならないかもしれませんが・・・あの時はあれが最善の選択だったと思います。現にこうして、街の人たちは笑えているんですから。」
笑顔でそう言ってくれる弟分。
「それに、街の誰もが思っている事です。街が壊れたことより、黒幕を取り逃がしたことより、助けてもらってありがとうと。少なくとも僕はこの数日で何度も耳にしましたよ。」
どうにもおれは意外とネガティブな質らしい。気付くとできたことよりも、できなかったことの方に目が行ってしまう。
まだまだだなおれも。肩をすくめて笑みを浮かべる。
「はい。これでよろしいでしょうか?」
「はい、よろしい!笑ってなきゃ福は来ないんでしょ?じゃあ笑ってなきゃね。」
満足げな笑みを浮かべたシルヴィアは小走りで駆けていく。
「ほらほら、お腹すいちゃった!早く帰るよ2人とも!」
「あ、待って下さいシルヴィア!」
駆けていく二人の背中を見ているとおれを「親友」だと呼んでくれた二人の顔を思い出した。
今度こそは離さないようにしっかりと掴んでいよう。二度とあんな思いをしなくて済むように強くなろう。
「タイヨウー!置いて行っちゃうよー!」
夕日に溶けて行くその姿を見てなんとなく決意しなおした。
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それからの3日はあっという間だった。復興作業もかなり落ち着き予定では明日、今日の送別会を終えたら街を出るつもりだったので街の人たちが気を利かしてくれ準備などの為に1日時間を空けてくれた。だが結局――
「タイヨウみてみて!これひみつきち!」
「でっかいむしつかまえたー!」
「たいようおんぶ!」
「もう!みんなタイヨウにめいわくかけちゃダメ!」
ぶらぶらしているところを子供たちに見つかり街中を連れまわされていた。
「だあー!順番にしゃべれって!デオン引っ張るな痛い!ラック飛びつくな!おれの服に虫を詰めるなガレス!!」
今日はいつもいい子にしてくれているリルまで暴れこそしないがぴったりと手にしがみついて離してくれない。それになんだかやたらとシルヴィアの方を見ている。
「ボルクス!シルヴィア!ちょっと一人か二人面倒見て!送別会してもらう前に力尽きる!」
「あはは。タイヨウ大人気だね!リルちゃんお姉ちゃんと女の子同士仲良くしよ?」
そう言って手をつなごうと差し出すもののプイっとそっぽを向かれてしまった。
「ふんだっ!リル負けないもん。リルだってあと5年もしたら、、。」
などとよくわからないことを呟いていた。
「小さくても女の子なんですね。」
その様子をボルクスはとても楽しそうに見守っていた。
「いや、、だから助けてってば、、、。」
それにしても・・・
「子供の秘密基地だと思ってナメてたな・・・」
「立派だよねー。」
子供たちの秘密基地。街を出て少し歩いた森の中に木々で形成されたドームがあった。
獣除けの術式までしっかりと張られていることからおそらくは大人の手によってちゃんと作られたものなのだろうが、それゆえに知っていなければそう簡単には見つけられないだろうしっかりしたものだ。
「でけえな・・・」
「はい。狭さを我慢すれば町の人たち全員が入れるんじゃないでしょうか?」
収容定員400人ほどの小規模ドーム。たしかに、秘密”基地”というにふさわしい規模だな。
「なにボーっとしてんのタイヨウ?」
「つぎはおいかけっこしようぜー!」
「わかった、わかったから!引っ張るなって!」
その後も一日しがみつく子供たちに引きずり回されるとになるのだった。
「さくせんせいこうしましたたいちょー!」
「おう!よくやったちびっ子ども。」
あの後も引きずり回され日が傾いてきたころにたどり着いたのはいつもの広場だった。
いつもと違うのは送別会仕様なのか、派手さこそないもののキレイに飾り付けられ料理や酒が並んでいる事だった。
「いやあ悪いな。準備してる最中に見られたくなかったのと、チビどもの相手役をさせれるって事でちょうどいいやと思ってな。」
「なるほどね、、。おかげでおれはもうはしゃぐ元気も無いけどな・・・」
「ははは!何言ってんだらしくねえな。こっからが本番だぜ?それに、悪くは無かったろ?」
広場の中を楽しそうに走り回る子供たちに視線を向け、まあたしかにな。と頷いてみせる。
「さあ、主賓が飲まなきゃ始まらんだろ!せっかくだから乾杯のあいさつもしてくれよ!」
背中をぐいぐいと押され広場中央付近に設置された台の上に乗せられる。
「よ!待ってました!」「ありがとなおまえらー!」「また遊びにおいでねー!」
「んじゃ、まあバシッと頼むわ!」
「お、おう。」
意外と緊張するもんだな。目の前の人たちに視線を向けて少したじろいだ。
「えー!みなさん!本日はこのような会を開いていただき大変うれしく思い――」
「なんだ―?緊張してんのか―!?」「らしくないわよー!」
「ヤジうるせえよ!しゃべらせろ!」
一つ深呼吸をして仕切りなおす。
「あらためて、この街に来れて本当に良かったと思ってます。こんな素性も分からねえ奴にもよくしてくれて、楽しかったです。また遊びに来ます絶対に。」
「もういいのか?何か普通だなお前にしては。」
「今生の別れでもないのに特別が必要か?それに、こんないきなりで感動の演説なんかできるかよ。」
「そうか?少なくともあの日のお前には大したもんだって割と感心したんだがな。」
「状況が違いすぎんだろ、、、。なんで乾杯の音頭で命かけなきゃなんねんだ。」
「違いねえ」そう言って彼は少し笑い。
「よーし!それじゃあ乾杯の音頭はさっき言ったとおりだ!それじゃあいくぞー!・・・あーゆーれでぃー!?」
「「「「「「いええええい!!」」」」」
わぁ!とそれぞれに掲げたグラスをぶつけ合い盛り上がる。
喧噪の中、マルクスは真剣な顔でこちらを見る。
「・・・タイヨウ。おれは、人間が嫌いだ。いまだに信用できねえ。」
「おう。」
「けど、お前は別だ。お前は出会って間もないおれたちの為に、命を懸けてくれた。」
「なんだなんだ、またツンデレか?」
ちゃかしながら彼の顔を見るとまっすぐに、こちらを見て続けた。
「もし今後、お前が何かを守るために、おれの力が必要だと思ったならいつでも頼ってくれ。こんな命一つで良ければ、お前のためにいくらでも懸けてやる。」
マルクスはグラスを差し出す。
乾杯かと思いこちらもグラスを差し出すと腕を交差し自分のグラスを自らの口元へと持っていく。
「獣人流の儀式みたいなもんだ。いわゆる兄弟盃ってやつだな。・・・受けてくれるかい?」
「まさかお前にそんな風に思ってもらえるとはね。・・・ありがたく頂戴しとくぜ。頼りにしてるからよ。」
「おう。」
「人間が嫌い」そう言った彼の言葉にはこれでもかというほどの憎しみがこもっていたように聞こえた。それでも、彼はその盃を差し出してくれた。それはとても重い物なのだろうというのはどんなアホでもわかることだろう。
とても重く、温かい酒をグイと一気に飲み干した。
「さあ、お前らは今日の主役だ!会場うろうろして顔を見せてこいや!」
マルクスに背中をたたかれ壇上から降りる。すると街の人たちが集まってきて口々に話しかけてくれる。
ボルクスもかなり困惑しているが、一番大変そうなのはシルヴィアだった。
こんなに大人数に取り囲まれることなんてそうそうあるもんじゃないが、こと彼女からすればかなりの異常事態だ。がんばりを讃えてくれる人、服やアクセサリーなどをつけて着せ替え人形のようにしようとする世話好きな主婦達、そして数人ながら勢いに任せてシルヴィアに告白まがいの事をする者もいた。
当の本人は入ってくる情報量の多さに目が回っており会話の一割も頭には言ってなさそうだが。
(とりあえず告白してたやつ。顔覚えたからな。)
警戒心と対抗心を燃やしつつ周りの人たちと順番に乾杯してはしゃべり乾杯してはしゃべりを繰り返し続けた。
「はぁ~つかれた~。」
「お疲れ様です。すごかったですね」
新しく酒が入ったグラスをもってボルクスがおれが避難していた広場の端の方へやってきた。
「いや~すごかった。キムタクが街歩くとこんな感じかってのがよくわかったぜ。マジで尊敬す。」
「その方がどなたかは知りませんが、タイヨウが尊敬するくらいなのですからすごい方なのでしょうね。」
「まあすごいな。なにせ、国王から護衛までなんでもござれの人だからな。」
「それはぜひ会ってみたいですね。」
興味津々の彼に「それはむつかしいな~」と返答しグラスに口をつける。
しばらくの間無言で盛り上がっている広場を眺める。
「・・・挨拶はちゃんとできたか?」
横で同じようにお祭り騒ぎを眺めていたボルクスに話しかける。
「いえ、恥ずかしながら。式の日以降何度も行こうと思ったんですけどね。行ってしまったらまた前を向けなくなるんじゃないかと怖くて・・・」
苦笑いを浮かべ彼もこちらの顔を見ていた。
何と言ってやればいいのか考える。聞いたはいいものの、この先答えてやれる言葉を用意していなかった。
何とも浅はかな質問だったと少し後悔もした。事実を受け止めその上で今の自分では抱えられないと思い、前を向くことを選択したというのにわざわざその決意を鈍らせるようなことを聞いてしまったと。
「けど、大丈夫です。いつか必ず自分の足で帰ってきて、見たもの聞いたもののことを報告するつもりですから。」
それだけ言うと彼は立ち上がりまた広場の中心へと戻っていった。
決心を鈍らせる余計なお世話、なのかもしれないなと思いながらもつい口を出したくなってしまう。
これは親切心や思いやりなどではない。自分が後悔しているからだと思った。
あの時腕の中で冷たくなっていく守りたかった人。色々と伝えないといけないことはあったはずなのに結局おれは何も言うことができなかった。
ただ、呆然と眺めることしかできなかった。だから、たとえ届かなくても伝えたい。そう彼女の残像をいまだに追いかけているのだろう。
あいつにはそうなって欲しくない。感謝も謝罪も今はできなくてもせめて「行ってきます」の一言を伝えられればずいぶんと違うと思うのだけれど――
「これは、おれの一人よがりなのかねえ。」
空を見上げ頭上に浮かぶ月を見上げて、ただぼんやりとグラスを傾けた。
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翌朝、日が昇る前のいつもの時間に目が覚める。
昨日の送別会という名目の宴会は夜更けまで続きダメな大人たちはそのまま広場で眠っている者も多かった。
「まあ、おれらもその一員なわけなんだが。」
体を起こし膝の上で寝息を立てるシルヴィアの顔を眺める。
できれば布団でちゃんと寝たかったが今回は主賓だったため逃げることが許されず徐々にダウンしていく街の人たちとともに外で朝を迎えることになったのだった。
「んぅ~~。いつもの日課やりますか~」
伸びをしてそっと膝からシルヴィアを降ろし上着を頭の下に敷いて起こさないようにその場を離れる。
依然としてうまく扱えない魔力回路の鍛錬。シルヴィア曰く本来100%の力を使ったとしても<強化>の魔法であんなに早くガス欠になることはなかなかありえないらしい。錆び付いていた回路自体もこの1か月ほど毎日少しづつ使っているので正常に動いているはずだとのことだった。
少し離れた場所で地面に座り込み集中する。わからないことばかりだが弱音を吐いてる場合ではない。いくら強くたって5分しか戦え無いようではいざという時に間違いなく足手まといになる。
それではもしウガルクラスやもっと強い相手が現れた際におれはまた守りたいものを守り切れない。
正直、そんなに何度も何度も命がけの戦いなど無いにこしたことは無いのだが・・・
ちなみに鍛錬をするときに人目を避けているわけではない。ないのだが、なんとなく静かでこの朝とも夜ともつかない雰囲気が落ち着く時間帯なのだ。
結果的に人目につかないというだけで、隠れて努力をするような殊勝なタイプでは断じてない。
というかむしろ気づいてもらってチヤホヤされたいというのはうすうす勘付いている二人には内緒の話だ。
「こんな朝早くからご苦労だな。」
そう後ろから声をかけてきたのはマルクスだった。
「おはようさん。それはこっちのセリフだけどな。」
彼の方を向き直りあいさつを交わす。
「なにか助言の一つでもしてやれればいいんだがな。残念ながらおれたち獣人は魔法とかに関しては種族的にからっきしでな。」
からっきしでも何となくおれが何をしているのかはわかるらしい。残念ながらおれは今のところ魔法が視覚化されなければ感知することは全くできないがこちらの人間は精度に差こそあれある程度「魔力」の流れというものが感知できるのだそうだ。
「それは残念だ。早速手の借りどころかと思ったのに。進歩してる感じがまったく無えからやりがいぜ、ほんと。」
両手をひらひらと振ってお手上げといった風にして見せる。
「まあ、お前ならそのうち何とかなるさ。なんとなくだがそんな気がするぜ。」
これでも何の進歩もないことに実際中々焦っていた。そこへの彼の素直な励ましが、何の根拠も無くても割とうれしかった。
「・・・お前雰囲気変わり過ぎだろ。」
「そんなことはねえよ。おれはもともと優しいんだ。」
彼は何とも嘘くさい笑顔で笑いポケットから何かを取り出した。
「話は変わるんだが、これボルクスに渡してやってくれないか?」
「なん?これ。」
手渡されたのは手紙だった。
「旦那から頼まれてたのさ。いつかあいつが帰ってきた時に、自分が生きてるかわからねえからって。いつ渡そうか悩んでたんだけどな。言葉通り帰ってくるまで待とうかとも悩んだが、なんとなく今渡してやる方がいい気がしてな。」
「中身は見たんのか?てか自分で渡せよ。」
「バカ野郎。そんな無粋なことはしねえよ。そうしたいところなんだがな。これから俺は近くの街に行って事の顛末の報告やらをしなくちゃいけねえんだな。だから一足お先に別れの挨拶もしとこうと思ってな。」
なるほど、と頷き手紙を自分のポケットにしまう。
「もう少し報告できる内容が多ければここまで焦らないんだがな。これでもかなり引き延ばしちまった。黒幕はいない、窮地を救ってくれたやつは身元不明の不審者ときたもんだ。」
やれやれと言った顔で彼はこちらを見てくる。
やはり懸念は当たっていたようで中々めんどくさそうだな、というのは彼の表情から見て取れた。
「そこに関しては申し訳ないと思っている。ま、頑張ってくれ」
ぺこりと頭を下げ一応の謝罪を口にする。
「悪いと持ってんなら申し訳なさそうな顔しろってんだ。」
軽く頭をはたかれ顔を上げる。
「けどま、お前には返しきれねえ借りができちまったからな。うまいことやるさ。そんじゃそろそろ行くわ。元気でな――兄弟。」
「えらくあっさりしてんなあおい。何かもうちょっとくらいシンミリしてもいいんじゃねえか?」
背中を向けたまま手を振り歩いていくマルクスが立ち止まり顔だけこちらに向ける。
「お前の言葉を借りるなら「今生の別れでもないのに特別が必要か?」だな。なにか手伝えることがあったらいつでも呼んでくれや。それじゃあな。」
最後にニカっと笑い彼はそのまま立ち去って行った。
思い返せばたかだか一か月ほどだったがとてもいい街だったなとごろんと大の字に横になりながら考える。
人生新鮮なことが多いほど体感時間は長く感じるらしいが、その通りだと思う。
「早いような、遅いような・・・1ヶ月ちょいだったなー」
白く染まってくる空を見上げているとあの夜を毎回思い出す。これから先忘れることも無いと思う。何も無いおれを愛してくれた人たち。そしてそれら全てをあざ笑うように奪い去っていった女。
ふと首元に光るネックレスに視線が行く。見た所で何か変わり映えがあるわじゃないが。首元に光っているのはこっちに来る前から着けている物とリル達からもらったお手製の物の二つ。
――おれはこれでいいんだろうか。
ネックレスが答えてくれるわけじゃないがなんとなく心の中で問いかけてみる。
本当にいろんなことがあった。記憶も無くなんとなく過ごしていた日々。こんなおれに良くしてくれた友人たち。最後までおれの事を思ってくれた自称姉。3回も死にかけたと思ったら不意に訪れた初恋。
まだまだ謎だらけで進んでいるのやら、止まっているのやら何とももどかしい気分ではあるが仕方がない。どう願っても過去は変わらないのだから――
「いかんいかん。ネガティブ退散!」
頬をたたいて起き上がる。
(さて、あのダメな大人たちはそろそろ起きてくるころかな?)
そろそろ戻ろうと体を起こし木々の隙間から差し込む朝日に目を細める。
その眩しさに目が眩み一瞬視界が白く染まり――
『―――待ってるから』
いつか見た夢の中の声が聞こえた気がした。




