偉大なる父親。
「―――え?」
ボルクスの不思議そうな顔が目に映る。何が起きたか分からないといった顔だ。
そりゃあそうだろうなと思う。なにせおれも理解しきれていない。おれは尻餅をつき、おれが立っていた場所を見上げている。
「ガフっ、、!ったく・・・最後まで、世話が焼けるなあ坊主、、、。」
そこに立っていたのはバーグだった。深々と魔獣のかみついた首筋から流れ出た真っ赤な血が彼の衣服を染め上げている。
「旦那ああぁあ!」
その魔獣をマルクスが切り伏せ引きはがす。
「おい!布と治療道具ありったけもってこい!!はやく!!」
「急いで術式の上へ運んで!!わたしが・・!」
そう言って立ち上がろうとするシルヴィアの手を掴み首を振るバーグ。
「ひゅー、、、。ありがとうな、シルヴィアちゃん、、。けど、無理のし過ぎは、体に良くないぞ、、、?」
「こんなのなんてことない!だからそんな事言わないで、、!」
もういちど「ありがとうな、、。」そう呟きこちらへ視線を向ける。
「タイヨウ、、悪かったな、、。部外者のお前さんに、、、いろんなもの背負わせちまって、、。」
そう言って彼は笑った。いつもの豪快さはどこへやら。なんとも弱弱しくそれでも満ち足りた笑顔だった。
「・・・何を勝手に諦めてんだよ!まだ、酒も残ったままだろうが、、!?いつかバカ息子と一緒に飲むんだろう、、!?」
彼の所へ這い寄る。もう自力で立ち上がることすらできない自分がなんとも歯がゆかった。
「ああ、、、。そうだったなぁ、、、。せっかくのいい酒だったのに・・・飲んじまえばよかったなあ・・・」
「旦那!これ以上しゃべらないでくれ!くそぉ、、。血が、血が止まらねえ、、。」
バーグの目にすでに力は無く、どこか遠くを見ているようだった。
「おじ、、さん、、?」
ボルクスが彼の元へとすり寄り声をかける。
「ねえ、こっちを見てくれよ、、!僕、、まだ何も見せれてないんだ。強くなるから、、、だから見ててよ、、おじさん、!」
バーグがボルクスの顔を優しく撫でる。大切なものを、我が子を慈しむように精一杯の優しさをこめて撫でる。
「・・・ボルクス。お前なら、なんだってできる。おまえはおれの希望だったんだ。・・・だから、そんな顔するな。ゴホっゴホっっ、、!」
「もういい、もういいからしゃべらないで!」
一瞬悲しそうな顔をした後、息も絶え絶えに彼は続ける。
「・・・悪かったな。あの日お前の母ちゃん守ってやれなくて、、、。その上にお前にいらねえ傷を負わせて、足まで引っ張っちまった。けどもう、大丈夫だ。・・・おまえにも見えたんだろ?光ってやつが。だったら大丈夫、、。」
「嫌だ、、!死なないでくれよ、、父さん、、!!」
ボルクスの叫びにとても嬉しそうな顔を見せその頭を撫でた。
「ははは、、、!がふっ、、。まさかこんな出来の悪い息子ができるとはなぁ。けど、悪くねえ。悪く、、ねぇ」
彼の手が地面に落ち満足げな表情で彼は瞼を閉じる。
こうしてとある騎士の長い、長い戦いは幕を降ろしたのだった。
降りしきる雨の音だけが辺りを包んでいた。
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ベッドに横たわりながら天井を見つめる。
意識を失ったおれが起きたのは二日後の事だった。街の獣除けの術式自体はシルヴィアがすでに直してくれており心配ないとのことだ。
「タイヨウ!今回は本当に無茶しすぎ!そのおかげで助かったから何とも言えないけど・・・本当に死んじゃうところだったんだよ!?」
今回は前よりひどく、魔力が尽きているにもかかわらず動かし続けた結果、生命エネルギー的なものまで使い本当に危ない状態だったみたいだ。
おかげで目が覚めてからさらに二日経つがいまだにベッドからろくに出ることもできていない。
「はぁ、、。まじで何とかしねえとシャレになんねえな。」
「もう!ちゃんと聞いてるの!?」
「ごめんごめん、ちゃんと聞いてるよ。」
膨れる彼女をなだめいろいろなことが頭をめぐる。
今回の戦い、バーグを含め死者は8名。事態を考えれば上出来なのかもしれない。400人ほどの小さな街とはいえそこが壊滅しかけていたのが8名で済んだのだ。上出来。と考えるのが妥当だろう。それでも――8人も救えなかった。
もっといい方法があったかもしれない。うまくやれば一人の死者も出さず終えることができたかもしれない。どうしても、そう思ってしまう。
「・・・タイヨウはがんばったよ。だから自分を責めないでね?」
見透かしたようにベッドの横に座るシルヴィアが声をかけてくれる。
失ったものを悔やんでも仕方がない。いやというほど知っているつもりだったが・・・
「ああ。ありがとう。」
「どういたしまして。で合ってるのかな?」
2人で顔を見合し笑い合う。
その通りだ。自分で言ったことだ。残されたものにできることなんて胸を張って歩いていくことくらいだと。
コンコンっ。
「開いてるよー」
「おはようございます二人とも。昨日よりも大分顔色が良くなってきましたね。安心しました。あ、これさっきそこでデオンたちから渡された物です。」
そう言って彼は小さなカゴ一杯に詰められた木の実や花やキレイな石や謎の幼虫を手渡してくる。
「これはまた豪勢な見舞いだな・・・」
「まだ出てこれないの?と拗ねてましたよ。」
笑いながら外で騒いでいた子供たちの様子を語ってくれるボルクスの顔を眺める。
正直かなり心配していた。また、前みたいに戻ってしまうんじゃないかと。だが結果はそんなこともなくしっかりと前を向いている。・・・逆に心配になるほどに前を向けている。
「・・・大丈夫ですよ。辛くないと言えばウソになりますがここで立ち止まってしまったら、それこそおじさんに怒られますからね。」
そう言うと彼はじっと目を見て微笑んだ。
「おれってそんなに顔に出てる?なんかもう怖いんだけど。」
バーグを含め亡くなった街の人たちの葬式は昨日のうちに執り行われた。その時も彼は表情を変えずじっと棺を見つめていた。
「もう十分泣きましたから」そう言って笑っていたが、強がりなのは誰の目にも明らかだった。
「さて、ご飯は食べれそうですか?用意はしてあるので良ければどうですか?」
そう促され自分がかなり腹が減っていることに気づかされる。昨日までは全く食欲が無かったことを考えるとずいぶんと回復したもんだ。
「食べる食べる。次は腹減りで死にそうだ。」
「おなかが減るのはいいことですね。」
2人に肩を貸してもらい食卓の方へと移動する。
「・・・今日のご飯て、作ったのどっちだ?」
「僕ですが?シルヴィアの手料理の方が良かったですか?」
「いやいや、それも悪くは無いけど・・・今日はなんとなくボルクスの気分っていうかさ?」
「何か言いたいことがあるならハッキリ言っていいんだよ?」
ジロリとにらむシルヴィアの視線を満面の笑みで受け流す。
今の弱った状態でシルヴィアの料理を食べれば場合によってはベッドに逆戻りだったが・・・とりあえず危機は回避できたみたいだ。
ご飯を食べ終わりコーヒーをすすりながら久々にタバコに火をつける。
何せこの三日間は眠っているか起きていてもシルヴィアがべったり監視していたので一本も吸えなかったのだ。
「ふぁ~うまい。」
気の抜けた声を出しているとボルクスがバーグのタバコを取り出し火をつけ始める。
「おまえ、タバコ吸い始めたん?」
「はい。こんなことでおじさんやタイヨウに近づけるとは思っていないのですが、少しでも大人になれるかなと・・・」
若干むせながら少し恥ずかしそうに目を伏せ彼もタバコをふかす。
おそらく彼なりの、バーグへのリスペクトのつもりなのだろう。そうやって少しづつでも受け入れていけるのならいいことだ。
「あ~あ~・・・ボルクスまで~。そのうちボルクスもタイヨウみたいに変な子になっちゃっても知らないからね!」
まあシルヴィアはとても不服そうだが。
「まあいいじゃねえの。色気づきたい年頃って事だ。」
少しからかい交じりに笑いボルクスを見る。
「まったく。二人してまた僕を子ども扱いですか。」
今度はボルクスが不服そうに膨れていた。
「そうふくれんなよー。それよりも、今後の段取りどうするよ?」
「そうだね。とりあえずタイヨウがちゃんと動けるようになるまでまだ2.3日かかると思うから出発はそれからになるけど」
現状気にしないといけないのはおれの体調の事もあるが、何より気になるのはボルクスの心の整理がちゃんとつくかどうかだ。
シルヴィアも同じことを考えていたようで視線がかち合った後二人でボルクスの方を見る。
「あの・・・僕もついて行っていいのですか?」
「え?逆に来ねえのか?嫌なら無理にとは言わねえけど。」
思っていたのとは違う返答に少し驚く。
「いえ、あの時は勢いというか・・・成り行きで動向を許してもらったのかと思っていたので・・・」
「わたしたちは全然いいよ!むしろお願いしたいくらい!」
「そうそう。おれはいまいちまだこの国のことわかってねえし、シルヴィアはほら。なんか抜けてるし?」
「なあに?また悪口??」
本日2度目の睨みを先ほどと同じく笑顔でやり過ごす。
「そう言ってもらえると嬉しいです。―――それでは改めて、不束者ですがよろしくお願いします。」
と深々と頭を下げる彼に
「嫁入りか!」
ついツッコんでしまった。
「ま、まにはともあれ・・・改めてよろしく頼むぜ!」
「こちらこそよろしくね、ボルクス!」
かくしておれたち異世界人とエルフのパーティに『自称騎士』が加わることになった。
「ええと、それでこれからの事なのですが。お二人が良ければ、もう少しデロスに滞在してもいいでしょうか?僕が燃やしてしまったこともありますし・・・街の復興をもう少し手伝いたくて。」
「それはもちろん!おれも責任感じてたしな。それにガキんちょどもと遊ぶ約束も果たしてなねえしな。」
「うんうん!わたしなんかで良ければいくらでも手伝うよ!」
「すいません。いきなりわがままを言ってしまい。」
そう言ってまた頭を下げるボルクスに
「てか街燃えたのなんか、全部魔獣のせいにしとけばいいんだよ。」
と小さくつぶやいたのを聞かれシルヴィアにほほをつねられた。
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ブスっ!
鋭い一撃が突き刺さった。背後からの急襲を避けることができず痛みが走る。
「痛ってぇ!今は仕事中だからおとなしくしとけっつったろ!」
「あははー!タイヨウすきだらけー!」
「にげろー!タイヨウがおこったぞー!」
完全に油断していた。かんちょうをくらった尻をさすりながら落とした材木を拾う。
「タイヨウだいじょうぶ?」
「いい子にしててくれんのはリルだけだなあ。」
しみじみと呟き心配そうにしてくれるリルの頭を撫でてやる。
「えへへ。おしごとおわったらあそんでね!」
嬉しそうに笑うとリルもほかの子供たちを追いかけ走っていく。
この子は天然の男タラシになるタイプだなと先ほどの笑顔を思い浮かべながら頷く。順調にいけば間違いなく美人に育つだろう。そうなればあの笑顔にやられる男子は後を絶たないはずだ。
「チャラチャラした奴なんかにリルはやらねえけどな!」
「ちゃらちゃらがいまいち何か分からないですが・・・いつからタイヨウはあの子のお父さんになったんですか?」
すぐ近くで一部始終を見ていたボルクスにツッコまれる。
「うるせい。あの子も警戒心が薄そうだからな。こっちがしっかり警戒しとかねえと。」
もう一度深く頷きあの子の将来を考える。
「またくだらないこと考えてるでしょう。いいから早く手伝ってください。」
「お前最近冷たいぞ!なんか前はもっと優しかった!お兄ちゃんは寂しいぞ!」
1週間ほどが経ち体はほぼ全快していた。獣人が平均的に人間の数倍、力が強いという事もあるのだろうが街の復興も想像以上に早く順調に進んでいた。
あいかわらず、いや前以上に街民のみんなも良くしてくれておりシルヴィアは自分がエルフであることで波風を立てるのでは?と心配していたがそれも杞憂に終わった。
むしろ今回の彼女の頑張りでエルフに対しての印象が大きく変わったみたいだ。
「おーう、二人ともそろそろ休憩しようや。チビたちもタイヨウと遊びたくてウズウズしてるみたいだし昼飯でも一緒に食ってよ。」
マルクスに呼ばれ手を止めて彼らの方へ向かう。
最近は一部普段通りの農作業などをしている人以外はほぼ総出で復興作業をしているため昼ご飯は炊き出しのように大人数で取るのが常だった。
「ご飯できましたよー!ほらほら、皆手を洗って来てね?」
ちなみにシルヴィアは力仕事は壊滅的に向いていない為子供たちの面倒などを見る係になっている。
「お腹すいた~。今日のご飯はなんじゃろな。っと。」
「タイヨウは本当に変わった言葉使いをしますよね。」
「そう?」
そんな他愛無い話をしながらお昼ご飯のおにぎりなどを受け取る。
そこでふと気づいた。待て。なんでお前がそこにいる?最悪の場合を考えて常に警戒していたはずなのに――
「うぐああああああ!」
マルクスの悲鳴が広場中に響き渡った。
「なんだ!?」「どうした!?」
しまった。もっと早くに気づいておくべきだったのだ。普段との違いに。
「くそっ!遅かった、、、!」
最悪の事態が起きてしまった。
「どうしたんですか!?タイヨウ何か知っているのですか!」
「いいから!水を大量にもってこい!!」
そう。まちがっても給仕係にシルヴィアが紛れ込まないように細心の注意を払っていたはずなのに、、、!
この街に来てから彼女は料理の練習をしていた。その結果彼女の料理は進化していた。見た目は大きく改善されとてもおいしそうになり――そしてなぜか、味はさらに悪くなった。
知らずに口にすれば意識を失いかねないほどに凶悪なものに進化していたのだ。
「マルクス!しっかりしろ!大丈夫か!?」
大量の水を彼の口に流し込み頬をたたく。
「ぶはっ!な、なんだいまのは、、!何が起きたんだ、、!」
信じられないものを体験したような顔で彼は息を荒げながら尋ねてくる。
「落ち着け、もう大丈夫だ。」
しがみつく彼をなだめ犯人の様子をうかがう。
この犯人の一番たちが悪いところは自分自身ではこれをマズいと理解していないのだ。
正直おれの持ちうる知識では彼女の作る料理を表現することは叶わない。まさに『奇跡』としか表現のしようがないのだ。
「どうしたのみんな?食べないの?」
彼女は無垢な笑顔で『奇跡』を街の人に勧めている。
全く悪気もなく完全な善意による行動。ゆえにいい人ばかりのこの街の人々は大体の事情を察していても断ることができない。
唯一の救いは全ての料理が彼女に奇跡の産物ではないことだ。街人たちはその救いに、一縷の望みを託しおにぎりを受け取っていく。
――あぁ、他意の無い善意というものはこんなにも人を苦しめるものなのか・・・
おれにできる残されたことはただ祈ることだった。強大な奇跡を前に人にできることなどその程度の事なのだとむざむざと見せつけられた。




