幕間 踏み出す一歩
なんとなく人の輪の中に入りたくなくて端の方に腰掛ける。
タイヨウから遅れること30分ほど。シルヴィアと一緒に町にたどり着くと同時に火の手が上がるのを見た。火自体は燃え広がる前に沈下され
大した被害は無かったが、あの日の光景を思い出してしまった。
燃える町を。横たわる無数の人々を。目の前で失った大切な夢を。
先ほど、僕はみんなを逃がそうと説得するタイヨウの横で頭を下げた。いち早くみんなを逃がすため?タイヨウを少しでも助けるため?どちらも違う。
タイヨウが町の人々を救うために必死になってくれている横で、僕は逃げ出そうとしていた。一早くこの場を離れたい。少しでも早く、少しでも遠くへ。けれど一人で逃げる度胸も無かった。
だから少しでも事態を早く収集させるために頭を下げた。
――なんて、どこまで臆病なのだろう。
そう思うと、前を向いて戦おうとしているみんなの輪の中には、とてもじゃないが一緒にいることができなかった。
「見つけた。」
こちらも人だかりから離れた所で座っている弟分を発見した。
「よう、元気・・・ではなさそうだな。隣座るぞ?」
「はい、どうぞ。」
顔を上げて彼の方を見ることもできない。自分なんかが彼のような人間と対等に話をすること自体が何ともおこがましいような気さえしてくる。
「さっきはありがとうな。助かったぜ。ボルクスがあそこで入って来てくれなかったらくれなかったら、間違いなく収集つかなくなってたよ。」
なんの他意も無い素直な感謝。だというのに・・・今の自分ではそれすらも受け止めることができない。
「いえ、僕は何も。僕にできることなんて・・・あれくらいしか無いですから。」
「落ち込んでるとこに追い打ちかけるかもしんねえけど・・・慰めに来たわけじゃねえぞ。お前はここに残れ。」
「・・・僕が弱いからですか?」
内心ホッとした自分がいた。自分も戦いに行くべきだし、そうしないといけないと思っていた。けれど自分程度がいた所でどうにかなるはずもないのだ。
「強い弱いで言うならお前ならウリディンム相手なら何とかなると思う。猫の手も借りてえ状況だし。でもな、そこじゃねえんだわ。」
そんな僕をよそにタイヨウは言葉を続ける。
「お前が何かを守りたいって、そのために生きたいって思えるんなら連れて行くし絶対に守ってやる。でも今のお前は違う。お前はただ代わりに戦おうとしてるだけや。」
「そんな事は・・・」
ならここで、いつものように。あの時のように膝を抱えていればまた誰かが助けてくれるまで下を向いていればいい。
自分では救えないからと何も見えないフリをして。
「今のおまえは、騎士をやめちまったバーグの代わりに騎士になろうとしてるだけだ。それは憧れとか、夢とかそんな綺麗なもんじゃねえ。それじゃ・・・ただの呪いだ。」
そんなことは誰よりも自分が一番よくわかっていたことだ。気付かないように慎重に、大切に蓋をしていた本心。
騎士になりたいだとか、誰かを守れるようにだとか。ふたを開けてみればなんてことはない。
僕はどこまでも臆病な『自称』騎士なのだから。
「けれど、あれだけの人に守られて生かされた僕だけが、なにかを望む権利なんてあるんですか、、?」
そんな僕にだって人並の良心はあるのだ。今更自分だけ脳王都生きていくことなんてできるはずが無い。
「権利なんか知らねえよ。でも、義務はあるんじゃねえかな?騎士になるとかそんな事じゃねえぞ?」
「義務・・・?」
「お前のお母さんが命を懸けてお前を守ったのはなんでだと思う?バーグが身を挺して庇ったのはなんでだと思う?」
「それは・・・」
「お前に、かわりに騎士になって欲しいからか?お前に多くの人を救ってほしいからか?辛くて苦しくてずっとうつむいたまま歩いてほしいからか?違う。ただ、生きてほしかったからさ。お前の横で一緒に笑うはずだった未来を・・・せめてお前には見てほしかったからだ。お前の望む未来を掴んでほしいからだ。」
それでも。呪いであろうと・・・僕にはそれしか縋るものも無かったのだ。
「残念ながらお前が悩もうと自分の望む未来が見えようと、それを成し遂げたって。お前を苦しめてるもんは無くならねえよ。これは、絶対にだ。」
「だからな。生かしてもらったおれらに義務があるとするなら、あっちに行ってまた会えた時に自信をもって「楽しかった」って言えるよう生きていくことさ。それがなんだってかまわねえ。それにぶっちゃけ、なんで助けてくれたかなんて知るかよ。でもせめて、そいつの分まで勝手に笑ってやんのさ!」
「おれら、、?もしかして、タイヨウ、あなたも・・・」
「・・・だから、おれはおれが笑えると思う生き方をする!最後まで胸を張れるように歩く!そう勝手に決めたんだよ。続けさせてもらったおれの物語をハッピーエンドで締めくくるためにな。」
そう言って、彼はいつものように笑った。
なんとも傲慢な物言いだ。「助けられた理由なんか知るか。それでも、生きてるからには代わりに笑ってやるよ。」だなんて僕にはとてもじゃないが言えなかった。
「さ、話は以上。そろそろ時間だからな。お前は、お前が正しいと思うことをすればいい。怖いと思うことも死にたくないって思うことも絶対に間違いなんかじゃない。お前が何を選んだっておれは味方だ。おれはお前の兄貴だからな!」
いつものいいね!を残し彼は立ち去っていく。
「僕の、僕自身の望み、、。」
正直そう言われても何も浮かばない。あの日、あの時に僕は描いていた未来も抱いていた憧れもすべて、落としてしまった。
今の僕に残っているのはあの夜までの『僕』が抱いていたものだ。それを失くしてしまったから。だから、いろいろな人が持っていただろうものを勝手に拾って詰め込んだ。
そうすることでとりあえず空っぽではなくなったから。
僕には彼のように悲しみも罪悪感も抱えたまま前を向いて笑えるかはわからない。それを聞いたところで「知らん。」とでも言われて終わりだろう。
でも、どうせ借り物を詰め込むのなら――
「自分では想像もできないような・・・大きくて、綺麗なものがいい。」
怖くないんじゃない。怖くても立ち上がるのだ。僕が今、憧れたものはそういうものだ。
ならいつまでも膝を抱えているわけにはいかない。今の僕には想像もできないようなものなのなら、せめて少しでも前へ進まなければ。
夜はいつか明ける。そう思っていたし、願っていた。そして今、ようやく太陽が昇って来たのだ。光の方へ歩いて行けば、必ずあの背中があるはずだから。
いつか胸を張って――『弟分だ』と言えるように。




