~プロローグ~
―――――――――――――――る?
彼女は涙を流しながら、自らの膝の上に横たわる青年に尋ねる。
精一杯の笑顔で、思いつく限り優しい言葉を。
――――――――――――っ、!
返答は言葉にならない。そもそも自分でも何が伝えたいのかもわかっていない。
それでも、いつかは必ず伝えなければ。最後まで、彼女は泣いたままだったのだから・・・
ピピピピピ・・・
「・・・んん、、。」
朝を知らせる不愉快な機械音で仕方なく目を覚ます。
時刻は7時。目覚まし時計のやつは毎日毎日殊勝なことで、変わり映えのしない音でおれの安眠を妨げてくる。
「くぁ~~~っ・・・」
大きな伸びをしながら先ほど見た夢を思い返す。
思い返すと言っても、夢とは大抵起きた頃には大体内容を忘れてしまっている。
おれも他聞に漏れずその口だ。
起きた時に残っているのは、キレイなおねえさんに膝枕をされている自分の状況をうらやむ心。
そして、決まっていつも最後に映る「泣き顔」が残す後味の悪さだ。
「こんだけ何回も見てんだから、そろそろ学習しようぜ・・・」
残った後味を吐き出すように窓辺でタバコに火をつけ煙を吐き出す。
記憶にある限りでは週に2.3度は同じような夢を見て、同じ女性に膝枕をされている。
まあ、覚えているのはここ3ヶ月ほどの話だけなのだが。
夢の中の話に悩んだところでどうしようもないことはわかっている。わかってはいるのだがどうにもやるせなさが拭えない。
べつに、正義の味方になりたいとか世界中の人すべてが幸せになればなんて思っちゃいない。
ぶっちゃけた話、地球上に存在する9割以上の人間とはすれ違うことすらなくお互いの人生が終えていくのだから考えたってまさに徒労だ。
けれども、こう何度も何度も人の夢の中で泣かれてはやはり気にはなる。
あれがどこの誰で、一体なぜ泣いているのか。そしてあんなにも悲しそうに泣いているのに――あんなにも優しく、キレイに泣いていたのか。
ドカーン!
一人考え込んでいるとこちらも日課になったドアを蹴破らんばかりの勢いで開け放つ音が鳴り響く。
「おっはよーー!!今日も皆のハル姉ちゃんが起こしに来てあげたぞ♡」
「お、今日はお姉ちゃんが来るより早く起きてるじゃん!感心感心!」
と、不法侵入者もとい自称姉 七月 遥が珍しく早起きしたおれを見て上機嫌に声をかける。
彼女は幼稚園からの幼馴染らしく、小、中、高、果ては大学までの1つ上の先輩にあたるらしい。
「・・・毎朝、毎朝うるせえな。ドアは蹴り飛ばすんものじゃねえんだよ、お姉さま?」
朝から本当に騒がしい。これに比べれば先ほどの目覚まし時計の音など川のせせらぎのようなゆったりしたものに思えてくる。
「はーい、照れない照れない!こんなかわいいお姉ちゃんが朝から起こしに来てあげてるんだから、そこは素直に喜ぶとこよ?あ、男の子は朝もいろいろ大変だろうからもう少し待った方がいいかな??」
と、彼女はニヤニヤしながらわざとらしく前かがみでこちらに顔をのぞかせる。
実際に、誠に不本意ではあるが・・・彼女はかわいいという部分にウソは無い。
身長は155くらい。体つきも平均と比べ出るところはしっかりと出てしぼむところはしぼむ。俗にいうボンッキュッボンッ。というやつだろうか。
「や~ん、今日は陽ちゃんの視線が熱い~♡そんなに熱烈な視線向けられたら、お姉ちゃんも勘違いしちゃうよ?♡」
性格も明るく社交的で誰とでもすぐに仲良くなれるタイプ。家事全般なんでもござれでいわゆる女子力も高い。
切れ長で少しつり上がった大きな瞳が一見近づきがたいクールビューティ的印象を与えるが子供のように笑う無邪気さがいわゆるギャップ萌えなるものになるのだろう。
髪の毛はきれいな栗色で、日に当たるとほぼ金に見えるほど明るいのは生まれつきの体質らしく特にパリピなわけではない。らしい。
「陽ちゃん今日一限からでしょ?朝ごはん早く食べないと遅刻するよー」
勝手に彼女の他己紹介をしながら着替えているとリビングの方から朝食の準備をしてくれている声が聞こえる。
彼女とは家が隣の、いわゆる「幼馴染」と言うやつらしい。
生まれた時から隣の家に住みほぼ姉弟のように育ったようで彼女が「姉」を自称するのもその辺りが所以なのだろう。
「いただきます。」
手を合わせて味噌汁をすする。
・・・何やら視線を感じる。視線の主はこの場に一人しかいないわけだが。
「・・・うまい。」
「ふふ!そうでしょそうでしょ!ちょっとお味噌を変えてみたのと、お姉ちゃんの愛情がこれでもかってほど入ってるからね~!」
満足げな笑みでようやく自分の朝食に手を付けるハル姉。
「それはお手間おかけしまして。おかげで胸がいっぱいで胸やけしそうだわ。」
「あ~、なんか最近冷たいな~。さみしいな~」
ぶー垂れながらパクパクと自分の口へ朝食を運ぶハル姉。
「寂しんなら彼氏でも作ればいいだろ。そしたらおれにも静かな朝がやってくるわけだし、わっしょいわっしょいだな。」
おれからすれば過保護で少々うざ・・・ありがたい幼馴染だが、大学ではもはやアイドル的な扱いだ。そういう話なら引く手あまただろうに。
「それを言うならウィンウィンでしょ?ま、陽ちゃんが早く面倒見てくれる彼女つくったらね~」
聞いたところではこれだけのスペックを持ちながら彼氏いない歴=年齢らしい。
よほど高嶺の花に見えてしまっているのか、彼女自身に問題があるのかは知らないが。浮いた話が一つも無いというのも不思議なことだ。
さて、今更だがおれは神代 太陽。今年で大学3回生になる満20歳の割とどこにでもいる大学生。
失敬。どこにでもいる平凡な。と自己紹介をするとよく「嫌味か?」と怒られるので謙遜なしで話をしよう。
まず、名誉のために。「彼女が出来たら――」と言われたがモテない訳じゃない。
というか、自画自賛で恥ずかしいがかなりモテる方だそうだ。我ながらルックスは整っている方だと思う。身長は173cmとあまり高くないがそれ以外はまあ「上の下」といった所だろう。
外見面で悩むことと言えばやたらと童顔なことくらいか。二十を超えた今でも余裕で高校生に見られるのは少し屈辱である場面がある。
見た目での形に残っている自慢話では、高3の文化祭でミスター・ミスコンテストの両方を優勝し二冠達成という謎の偉業も達成したらしい。
ミスコンに関しては正直まったく嬉しくは無いが・・・
スポーツ面に関してはもはや天才と言っても過言ではないだろう。
自分で言うのもなんだがおれに出来無いスポーツなど無い、そう断言できる。なにせ全国に出場するようなレベルの経験者相手に初めて体験したスポーツで当たり前に勝ってしまう。
記憶にあるだけでも、野球、陸上、バスケ、で経験者を圧倒し、ボクシングに至っては体験入部で前年度のアマ日本チャンプに一度も触れられることなくK.Oしてしまった。
おれについての説明はこんなものだろう。というか、おれ自身これくらいしかおれの事を知らないのだから説明のしようもないわけだが。
何せおれにはここ3か月ほどの記憶しかないのだ。
話は遡ること3か月前のことだ。おれは病院で目が覚めた。
聞くところによると、信号待ちをしていたところにトラックが突っ込んできたんだそうだ。
奇跡的に一命は取り留めたものの5日間ほど意識不明で死の淵をさまよい生還したのだとハル姉とその両親から聞いた。
父母共に記憶喪失以前に亡くなっており、 何不自由なく暮らせているのは両親が残してくれた遺産が結構あったそうでそれを貰いなんとなく毎日を過ごしている。
病院でなにも理解できず目を覚まして最初に目に入った物は、キレイな顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いて喜んでくれたハル姉の姿だった。
―――あぁ、この人はおれにとって大切な人なんだろうな。
何の根拠もなく素直に思ったのをよく覚えている。
記憶が無いせいか、今おれがいるこの『現実』が何とも他人事のように思えてしかたがない。
毎日に何か不満がある訳でも、記憶を取り戻したいと焦燥にかられる訳でも無く。
ただ漫然と、人から教えてもらった「桐生 太陽」という人間をなぞらえて息をしている。
何事にも身が入らず、やる気が出ない。ありていに言うなら「平熱が低い」。それも以上に冷め切っている。みたいな感じかなと思っている。
「まあ、気が向いたらな。」
気のない返事を返しハル姉の分も合わせ皿を下げる。
なので現状彼女が欲しいとか思う訳も無いのである。自分の事がよくわかっていないのに人の事を知ろうなど何とも気の多い話だろう。
「ハイ!じゃあ、そろそろ学校行くよ!目を離すとす~ぐサボるんだから。」
ハル姉に促され渋々鞄を手に取り家を出る。
学校のサボり癖も確かに否めない。楽しい、楽しくないとかではないのだ。
なんとも思えない。まさに灰色の青春。周りではしゃぐ人の声も、流れる音楽も、目の前で起きている光景さえ自分の物とは思えない。
まるで置いてけぼりを食らったような、そんな感覚だ。それならば、まだ「面白くない」と感想を抱ける方がマシだろう。
しかしそんなことを、ここまでかいがいしく世話をしてくれているハル姉に言ってしまえばまた過度の心配をするに決まっている。
これは心に秘めておこう。それくらいの良心はおれにも残っているのだ。
満面の笑みで手招きするハル姉に苦笑いを浮かべながら「へいへい。」と適当に相槌を打つ。
さあ、向かおうか。居場所の無い大学へ。
相槌に不服だったハル姉のドロップキックを受けながら学校への往路を歩くのだった。
そうして取り立てて何もなく一日の終了を告げる16時30分のチャイムが鳴り響く。授業を受けていた生徒は散り散りに帰路へついていく。
周りではみなが口々にこの後の予定や明日からの話楽しそうにしているのがなんとなく耳に入る。
補足しておくとおれは友達がいないわけじゃない。友達らしき奴らと毎日話をし、昼食を食べ、気が向けば帰り道に遊んだりもしている。
だがやはり、おれからすれば知り合ったのは記憶喪失後の学校開始2週間ほどの事なので申し訳ないが仲睦まじくとはいかない。
「な__、今日__って_言ってん!」
置いてけぼり。それはおれが思っているだけで周りからすれば知ったことでは無いだろう。
しかし、おれの方から何となくよそよそしくしてしまえば周りの人間は少しづつ減っていき、一部を除いては見事に会話をすることも無くなった。
そしておれ的にもその方が気が楽なのだ。見ず知らずの他人と「友達のように」接するより鼻から知らない「他人」として接しない方が――
「おい!陽!!何回無視すんだよ!!!」
耳元を流れていた声がおれに向けられたモノだったことにようやく気づき顔を上げる。
190近い長身に茶髪にピアス、いかにも今風な大男。チャラそうな見た目とは裏腹に人当たりのよさそうな笑顔と人懐っこそうな犬を思わせる雰囲気の男、高畑 隆星だった。
ちなみに彼が離れずにいてくれる「一部」の一人だ。
「ああ、ごめんごめん。んで、なんだって?」
「だ~か~ら~、飲みに行きませんですか?って聞いてんですよー!おれ泣いちゃうぞ~~。。」
シクシク。とわざとらしいウソ泣きをしている彼を眺める。
なんとなく憎めないタイプの人間。それがコイツだ。
「はいはーい、わかったわかった。そんなんだから陽にめんどくさいって言われんのよ、隆くん?」
その後ろから声をかけてきた彼女は古見きらら。犬っぽい高畑とは反対には彼女は一言で言うなら猫。という感じだ。きれいな長い黒髪に猫目。こちらも身長は女性にしては高く170近いモデル風な女の子だ。
「そんなことないですぅー。おれと陽とは中学からの親友ですぅ―。な?陽??」
「で?どこ飲みに行くんだ?」
「あれぇ~また無視だ~、、、。おれってばもしかしてもう死んでるとかそういうオチ、、、?」
申し訳ないことに覚えてはいないのだが二人とも中学からの付き合いらしい。
新学期になってからも変わらず仲良くしてくれており、ハル姉以外では数少ない気を使わなくていい相手だ。
(良い奴なんだよな、二人とも。)
「とりあえず駅前まで行こっか。そしたら何かしらお店もあるだろうし!」
大きな体で縮こまり体育座りをする高畑をその場に残し駅へと向かうために教室を後にする。
「え?マジでおれのこと見えてるよね??発案者もおれだよね???」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うぇ~い!」
いかにも大学生なテンションではしゃぐ高畑。
「こいつ・・・誘ってくる割に弱いんだよ、、、。」
「あはは!ほんとにそれ~。ほら!隆!情けなくないの?陽はこんなにシャキッとしてるのに~~」
そういうと古見も目が座ってきている。ケータイに目をやり時間を確認。22時30分。飲み始めて4時間近くたっていることを考えれば妥当か・・・
ため息をつきながら、酔っ払い二人に帰り支度を催促する。
「陽、帰んの~?」
「あたし眠い~、、二人とも連れて帰ってね~」
終始笑い続ける高畑に、人の膝の上で寝ようとしだす古見。
なんでこう二人そろってぐでんぐでんになるのかね毎回毎回、、、。
突然だが我が家にはルールがある。
まあ、ルールと言っても
・ご飯はお姉ちゃんと食べること・ズボンとパンツは分ける・ご飯のいらない日は連絡を。などごく普通のご家庭にもあるであろうルールだ。
だが、一つだけ必ず守るように言われているルールがある。
0時までには必ず家に帰ること
「子供じゃないんだからさ・・・」
呆れ笑いを浮かべるおれに
「0時過ぎても一人なんて、お姉ちゃんさみしくて死んじゃうんだぞ☆」
などと言いながらも、ハル姉の目が全く笑っていなかったのを覚えている。
それからというもの、たとえパンツとズボンを一緒に放り込もうとも、ご飯がいらない連絡を忘れようとこのルールだけはなんとなく守っているのである。
「で、あの酔っぱらいはどこほっつき歩いてんだ?」
帰り支度中に「おれ、トイレ!」と言ったきり、隆が15分ほど帰ってこない。
「まだ吐くほどは飲んでないと思ってたんだけどな。」
膝の上で眠るきららを降ろし様子を見に行こうと重い腰を上げようとした時
「まじで?じゃあよかったらおれらの席混ざんない?ガサツな毒舌女しかいないから華がないのなんの。」
と聞き覚えのある声が知らない顔とともに席に帰ってきた。
「キレイなバラには棘があんだぜ?起きてたらぶっ刺されるぞ?」
「甘いぜ陽。やつが寝ていることくらいおれにはお見通しなのさ。」
「人を待たしといてのんきなもんだ。」
じろりと高畑の方を見たあと彼の横に立つ見知らぬ女性に目をやる。
「違うんだって!トイレから出たら女子トイレの前で気分悪そうにしててさ!おれってば紳士だから困ってる人はほっとけない的な、ね?」
「で、人を待たしてナンパをしてた言い訳は以上か?」
我ながらこれ以上ないくらいの爽やかな笑顔で返す。
「・・・いや、まじでごめんて、、。」
しょげる隆を横目に隣の女性にもう一度視線を送る。
見た目はおれたちより少し上っぽい?まさに大人の色気たっぷりといった感じで左目の下にある泣き黒子がとても印象的だ。
身長も高めでスタイルもよく、どこか子供っぽいハル姉とは真逆のタイプの美人だ。
「・・・ああ、まさに隆のタイプ、どストライクなやつね。」
「そー言うんじゃないんだって!本当にこのおねえさんがしんどそうにしてたから!」
弁解をしているが下心があることは否定しないようなのでその辺りはまた後日にしよう。
「うちのバカが迷惑かけたみたいで。お友達とか大丈夫なんすか?」
微笑まし気におれと隆のやり取りを見ていた女性に声をかける。
「今日は一人なんで大丈夫なんです。こちらこそいきなり輪に入ってごめんなさい。神楽 愛っていいます。ちなみに年上に見られがちなんですけど皆さんと同い年ですよ?」
そして介抱していたと言うが、ある程度世間話をしていたことも裏が取れたな。
にこやかに返答と自己紹介をしてくれる神楽。それにしても同い年とは驚いた。
下に見られがちなおれからすれば羨ましい限りだ。そんな事思いながら神楽を見つめる。
「あの、顔に何かついてますか?」
酔っていることもあるのだろうが少し赤らめた顔で上目遣いに聞いてくる。
・・・不覚にも少しドキッというかゾワッというか初めての感覚に襲われた。
「・・・なるほど。隆が落ちるわけだ。」
隆とは高畑の呼び名である。以前はそう呼んでいたらしいので口に出すときは気を付けている。じゃないと拗ねるから。
「お兄さんこそ、初対面でそんなに見つめられたら勘違いしちゃいますよ?」
妖艶という言葉がぴったりな笑顔でそういう神楽。
「そういや、こっちの自己紹介がまだだよな?おれは桐生 太陽。寝てるこいつが古見 きらら、横のでかいのが聞いたと思うけど――」
「高畑 隆星くん、ですよね?声をかけてくれた時にお聞きしました。」
「で?結局どういう経緯でお前なんかがこんなべっぴんさん捕まえてきたんだ?」
先ほどから怒られるのではないかとそわそわしている高畑へと話題を戻す。
「そうそう!愛ちゃん一人でふらっと飲みに来てたらしくてトイレの前でうずくまってたところをおれが颯爽と助けてきたのさ!」
「・・・とりあえず事件性は無いと。」
「本当におれの事なんだと思ってんの?謂れのない誹謗中傷はんたーい!」
「うっさいのよ隆!寝てるんだから騒がないでよ!」
「そうだぞ隆。」
「お店では静かにしないといけないんですよ?」
高畑が息を吹き返してきたタイミングで古見が目を覚まし総攻撃を受ける。
「腑に落ちなーい。。」とつぶやきまたもしゅんとする。
「てかなに?あたしが寝てる間に見知らぬ美人が増えてる!」
「おまえも起きたと思ったらうるせえな・・・」
終始微笑む神楽 愛を横目に事の成り行きを一から説明するのだった。
「さて。あらかた説明も終わったし、盛り上がってるとこ悪いけどお開きでもいいか?」
何を隠そう時刻はすでに23時30分。0時までに帰らなければハル姉のアイアンクローが待っている身としてはもうタイムリミットなのだ。
まあ実際、酔っ払い二人を見送って帰れば0時に確実に間に合わない。
「帰って早々ご機嫌取りか・・・」とこの後に待ち受けるであろう試練を想像する。
「今夜は、寝かせないぜ?♡」と酔っていても通常運転でおれの顎をクイっとやってくる隆。
「残念です。せっかく仲良くなれたのに・・・」
いまだに顎に手をやってくる隆の鳩尾に渾身のボディをねじ込みながら神楽に視線を移す。
「いや、おれのことは気にしないで行って来てくれよ?おれが帰るだけだからここはお開きって意味だし。」
「いえいえ!だったらまた今度誘ってください!」
「そう?まあ、いいんならおれは構わねえけど。なら多数決で帰宅が可決されたわけだし、帰り支度しろよ?」
「え~じゃあ、駅までおんぶしてくれる?」
いつものことだが古見の酒癖は女の子としては危ないものだと思う。本人曰く「時と場は選んでるわよ?人間リフレッシュも大事だと思わない?」だそうだ。まあ、日ごろ気にかけてくれているお礼と思いあきらめている。
「はいはい。けど荷物くらいはまとめてくれ。」
お会計を頼み席から立ち上がる。
「たった今握りつぶされた少数派の意見はどこへむかうのでしょうか、、、?民主主義とは一体、、、?」
うずくまりながら最後の抵抗を試みる隆にニコッと満面の笑みを返しおれたちは店を出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
女子二人を駅で見送り隆と授業がだるいだの愛ちゃんがかわいかっただの、明日はバイトだ、愛ちゃんがかわいい。と二人で取り留めのない話をしながら夜道を歩く。
「何とか愛ちゃんの連絡先ゲットだぜ!これも日ごろの行いかな~」
そう言いながらケータイ画面に嬉しそうな顔でキスする隆に
「良かったじゃねえの。けどこんな所でそんな盛大に運使ったなら夜道に気を付けろよ?」
「・・・なあおれの事本当になんだと思ってんの?」
「まあまあ。」
かなりの浮かれようではあるが素直に喜ぶこいつを見てるとなんとなくこっちもつられて笑ってしまう。
「・・・良かったぜ。」
「はいはい、愛ちゃんは確かにかわいかったな。けど、喜ぶ前にちゃんと行動起こさねえとな。」
「ちげーよ。いや、違わねーか?そっちも良かったけど。・・・最近なんか悩んでたろ?まあ、記憶が無くておれらのことだって覚えてねえんだもんな。あんときはマジでショックだったんだからな!」
どうやらおれが想像していた以上に色々と考えてくれていたようだった。
「実際さ・・・おれらで力になってやれることなんて無えのかもだけどさ。やっぱ悩んでんの見て、無視とはいかねーよな。ほら、おれってば紳士だし?」
そういっていつものおどけ口調で、しかしいつもの人懐っこい笑顔とは別の優しい笑顔を向けてくる。
「・・・なんでそこまで?」
素直な疑問だった。他人のために、自分なんかのためにどうしてそこまで気を使ってくれるのかと。今の自分には全く持って理解の及ばない感情だった。
「そりゃあ、親友だからだろ?」少し恥ずかしそうな笑顔と共に彼はそう言った。
正直、記憶も無く疎外感を感じているおれにはいまいちピンとこない返答ではあった。
けどそこに何の他意もないことは感じ取れた。・・・素直に居心地がよかった。なんとなく胸にあった疎外感が少し薄れた気がしたからだろう。
「親友って、聞いてるこっちが恥ずかしいっつの。・・・まあけど、ありがとうな。」
本心からの感謝を伝えるのは恥ずかしいもんだなとほほを掻く。
彼は満足げに笑いながら
「困ったことがあれば何でも言ってくれよ親友!特に何もできねえけど物事をポジティブに考えることだけは誰よりも得意だからさ!笑う門には福が来る~♪ってな!」
得意げにオリジナルの鼻歌を歌いだす。
「だっっさ。ポジティブに考えても音楽家は無えな。」我ながら意地の悪い笑顔で感想を述べる。
「っるせ!それはあれだ。音楽の道は無理だという発見があったのさ。って考えんだよ!」
そう言って隆も楽し気に笑う。
「あっ!!レポートやってない!ごめん、先帰る!また明日な!」
先ほどまでの有頂天はどこへやら。そう言い残し慌ただしく手を振りながら駆けていく。
「おう、また明日。」走り去る彼の背に声をかけ見送った。
時刻はすでに0時30分を回っていた。
「家に着いたら完全にお説教だな。」
帰宅後の光景を浮かべる。まあしかし、気分はそう悪くない。そう思いながら一人で少し笑みを浮かべる。
(昼は暑いくらいだったのに。夜はまだ冷えるなあ。)
そう思いなんとなく空を見上げる。
――とてもきれいな月がこちらを見下ろしていた。