~幕間~ そして彼女は走り出す
脱いだ服を木に掛け、川に入る。
「はぁ~、わたし、すっごく印象わるいだろうなぁ。」
はぁ。とため息をつく。
フードで顔を隠し、わざわざ離れたところでブスっとしていて印象がいいわけがないのはわかっている。
「そもそも、あんなただのフードで隠せるわけないし、、、」
わたしはエルフだ。見た目の差異で言うのなら人間と比べて少し長くとがった耳くらいだろう。と自分の耳を触る。
――わたしも混ざりたいなあ。
またため息をつき楽しげだったタイヨウ達の光景を思い浮かべる。
エルフは、エルフだというだけで壁を作られることの方が多い。半分以上の人はそうだと思う。それはエルフにも言えることで他の種族を見下している者が多い。
「みんな仲良くできればいいのにな。」
そんなことを呟きながらなんて都合のいいことを。とまた自分が嫌いになる。
仲良くしたい。そう言いながら、自分から距離を置いて会話すらまともにしようとしないのに。
おそらくだがあの護衛の若い男の人二人は気づいていながらわたしのことを特に気にしていない。たまに奇異の目を向けては来るがそれはただ珍しいものを見る興味本位のものだ。
けど雇い主の男の人は、たぶんわたしのことが嫌いだ。わたしを見るあの目には見覚えがある。
まるで汚いものでも見るかのような目。蔑むような冷たい目。
――まるで、あの時の人たちみたいな。
少し前のような、とても昔の出来事のような。そんな光景を思い出す。
あの森のはずれの小屋に一人で住み始める前。一人で旅を始める前の、街にいた時の楽しくて毎日が輝いていた――消えることのない記憶。
川から上がりを服を着ているとガササッ、と木をかき分ける音が聞こえる。
「誰か来たのかな?」木陰から顔をのぞかせると少し離れた所でタイヨウが座っていた。
「なにしてるの?あー。タバコ吸ってなかったからやめたのかと思てたのに!体に悪いんだよ!」
こちらに抜けて来た理由はなんとなく察しが付いた。彼は、優しい人だから。
「・・・惜しかった。もうちょい早く来るべきだったな。」
そしてその理由がわかっているからこそ、ほんの少し嬉しいと思ってしまった。
「なにが?」
「何でもね。こっちの話。」
それにしても、惜しいとは何のことだったのだろう?
太陽の表情が晴れない。なんとなくだが、向こうでわたしの話が出ていたのは聞こえていた。ここに抜けて来たのも想像通りの理由からだろう。
「ごめんね。ちゃんと説明しといたらよかったね。」
騙してしまったみたいで申し訳なかった。
「わたしがエルフだって事には気づいてたでしょ?」
「まあなんとなくな。けど、実際に会うのは初めてだったから。」
「そうなのかなって思ってた。タイヨウは別の国から来た人だから。本当はねちゃんと説明しなきゃって思ってたんだけど。この国の人たちみたいに嫌われちゃうかなって、、。」
タイヨウはそんな人じゃない。この何日か一緒にいて頭ではわかっている。
けれどどうしても、信じられないのだ。
「なんでそんなことで嫌いになんだよ。確かに料理下手はだし、朝からうるさいし、料理は下手だけど。それでも、シルヴィアは見ず知らずのおれを助けてくれた良い人だ。昼間の話と一緒だよ。月がどうとかエルフがどうとかおれには関係ねえ。」
少し、困った顔をしながらもいつものようにおどけた風にけれどまっすぐに言葉を紡いでくれる。
「ひどーい。わたしお料理下手じゃないのに。」
少しだけ衝撃の事実を知る。・・・わたしの料理っておいしくないんだ、、。
けれど、その正直な感想も少し嬉しくなる。
「でも、お昼にその話をした時にタイヨウはこんなことでわたしを嫌いになる人じゃないって思えたの。タイヨウは知らないからわたしと仲良くしてくれてるんじゃなくてそうゆう人なんだなって。・・・お昼の話なんだけどね。月の魔力持ってるのって・・・わたしなの。」
・・・一体何の話を聞かせているのだろう。こんな話、聞いていて楽しいものでもないし。この話こそ黙ったままでいれば、月の魔法さえ使わなければバレない話だ。
それに、余計なことを言えばまた他の人を巻き込んでしまう。
「昔、わたしの大事な人が大ケガをしたの。普通の治癒魔術じゃ治らないくらいの。わたしも理解してもらえると思ってた。けどね結局そんなにうまくはいかなかったの。」
黙ったままもう少しだけ一緒に旅をして、デロスに着いたらいつも通り一人でいればいい。できることならみんなに笑っていて欲しい。でも、わたしはその皆には入れない。
なら、せめて誰かが傷つく前に・・・
「街の人たちからは嫌われちゃうし助けた友達もどこかへ行っちゃった。最後はわたしがいたせいで街が襲われちゃって。」
わかっているのに、言葉は止まらない。一体何を言ってほしくて、彼にどうしてほしいのかもわからない。知らなくていいことを知って困るのは彼なのに。
「タイヨウについてきたのだってタイヨウと離れるのが嫌だったからなの。楽しかったから。嫌われるくらいなら一人で居ようって思ってたのにね。」
その通りだ。わたしはまたあの時みたいに嫌われるのが怖かった。でもわたしは、嫌われるように生まれてしまった。なら最初から一人で居れば嫌われなくて済む。そう思ってたのに。
「一緒にいて、笑ってくれるタイヨウと離れるのがこわかったの。――だからデロスに着いたらほんとにおしまい!エルフってだけでも嫌われるのに・・・もしこんなことバレたらそれ以上に迷惑かけちゃうもの。わたしのわがままばっかりで、、。」
・・・彼が憐れんだような目でこちらを見つめている。話してしまえば、こうなることはわかっていたはずなのに。ズキり、と。心がきしんだような気がした。
(ああ。あなたにだけはそんな目をしてほしくなったのにな・・・)
これはわたしのわがまま。誰にも愛されるはずのない呪われた自分勝手なわたしの。だからこれで終わりにしなきゃ。
「ごめんね。そこからはまた一人でがんばるから。もう少しだけ一緒にいてね。」
そう言っていつものようにわたしは笑った。
少しの間静寂が二人を包む。彼は優しいからこんな話を聞いても逃げ出したりはしないでいてくれる。それでもすごく困った顔をしている。
「―――おれは・・」
彼が静寂を破り口を開いた。けれど・・・
「ここにいたか!まずいぞすぐ出発だ!魔獣の群れが近くに居やがる!急げ!」
恐れていた報告とともにその言葉は遮られた。
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後ろから迫る魔獣の群れから逃げながら彼らはこの状況をどう打破するか相談をしている。
――わたしがこの馬車を降りれば、、。
そうすればおそらくは少し時間を稼げる。エルフはそうゆう体質だから。
けれど、その一歩が怖くて踏み出せない。声を上げるべきなのに声が出ない。この場にいる人たちはわかっているであろうその策を口にしない。・・・そのやさしさに甘えてしまう。
自分がますます嫌いになる。皆が笑えるのならわたしなんて。そんなきれいごとを言いながら、わたしは結局わたしがかわいいのだ。
悩んでいる間にも彼らは荷車を飛び降りようとしている。
「タイヨウ!死なないよね?」
飛び降りようとする彼の背中に声をかける。
振り向いた彼はわたしには眩しすぎる笑顔でいつものように親指を立て、荷車を飛び降りた。
そうしてタイヨウ達のおかげで『誓いの丘』になんとかたどり着くことができた。治癒魔法を施しながら先ほどの光景を思い出す。本当にすごかった。まさかあの数の魔獣から逃げきれるなんて、、。
「なあ、あの魔獣ってのは普通の獣とは違うのか?」
タイヨウが口を開き、恐れていた話題が上がる。
「ほう。タイヨウさんは魔獣をご存じないですか。あれも元はただの獣です。ただですね長く生きた獣が月の光にあてられ狂暴化したものがああなるのです。」
会話の感じから、タイヨウが魔獣のことなどにも知識が無いことはわかっていた。
とゆうことはエルフの――わたしの体質も知らないのだろう。
「その魔獣ってのは、野営地の魔法陣みたいのが無いとすぐ寄ってくんのか?おれら、昼間には出くわしたことなかったけど?」
タイヨウが会話を続ける。
――やめて。
「あいつらは月にあてられてああなっちまってるんでね。基本夜しか出ねえんですよ。」
「そうですね。わたくしも長く旅をしておりますが今のところ昼間に出くわしたという話は聞きませんで。最近ではごくまれにあるようですが?――まあ出くわした理由はほかにあると思われますがね」
そう言いながら、行商人の彼がこちらを見つめる。
――やめて。
それに合わせてタイヨウが不思議そうな顔でこちらに視線を投げる。
――やめて、、。
視線の下から大きい方の護衛の人が唐突に
「すげえな嬢ちゃん。治癒魔法も使えんのか!」と口を開いた。
「うん。攻撃魔法はからっきしなんだけどこれだけは昔から得意なの。」
この人は、分かっていて会話を遮ってくれたのだろう。ホッとしてしまった。
――本当に最低だ、わたしは。
あんなくだらない昔話よりも、この話をしておくべきなのに。
「?なあ、ちょっと静かすぎねえか?」
自己嫌悪に浸っていると、今度はタイヨウが口を開いた。
確かにすごく静かだ。そして、とてつもなく嫌な予感がする。
「これってあの剣が近くにあるからか?それともおれらがドンパチやって騒ぎすぎたせい?」
「いや、お前さんの言うとおりだこれは静かすぎる。もしかしたらさっきのウリディンムがまだ近くに居やがるのかもしれねえ。この場所ならウリディンムよって来やしねえと思うが―――」
「グオオオオオオオオオオォォォオ!」
地鳴りのような遠吠えが、あたり一面の静寂を貫いた。
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「あああぁ、、。やはりエルフなどと共にいるからこんなことになるんですよ!この女がいるからわたくしまで!」
彼の言葉が何度も頭の中をこだまする。まわりでタイヨウの怒った声が聞こえるが内容が頭に入ってこない。
「~~。その汚らわしい体質のことを離せば森で一人になってしまう!だから言えなかったのですよ!違いますか!?」
あまりにも核心をつかれてしまった。その通りだ。わたしはまた・・・他の会話が全て頭を素通りしていく。
「・・・ごめんなさい。わたしがエルフだから。だから。ごめんなさい、、。」
いまさら謝ったってなんにもならない。謝るくらいなら最初から一緒に居なければよかったのだ。
「・・・謝る必要なんかねえよシルヴィア。要するにあれだろ。さっきの遠吠えの主を倒せばいいんやろ?それで万事解決だ。なんとでもならあ。」
そういって剣を手に取り立ち上がる姿に――安心してしまう。
・・・そしてそんな自分がどんどん嫌いになる。
勝てるわけがない。今度の魔獣はさっきのとは比べ物にならない。それなのにまだわたしを庇う様に立ってくれる彼の背中に、縋ってしまいそうになる。
今ならまだ間に合う。わたしが一人で森に駆け込めば少なくとも時間稼ぎにはなる。けれど
――もう一人にはなりたくない。一人は・・・寂しいから。
体がこわばり結局何もできない。まだ、「もしかしたら、タイヨウなら、、。」なんて虫のいいことを考えている。
けれど次の瞬間に目の前に現れた怪物はじっとわたしの方を見つめ、胸に抱いた淡い希望を奪い去っていった。
そこからは本当に一瞬の出来事だった。
目の前の魔法陣には大きい方の護衛の男性が息も絶え絶えに横たわり、もう一人の男性に至ってはすでに人の形すら保っていない。
「シルヴィア頼む。何とかならねえか?」
タイヨウが尋ねてくる。
「・・・この傷じゃ・・・」
(これは普通の治癒じゃどうにもならないよ、、。)
そう思いながら横たわる男性を見る。
「はぁ、、はぁ。無駄だよ、嬢ちゃんも無駄な魔力使うんじゃ、、ねえぞ。」
声を出すのもつらいはずなのにこの人は、この先のわたしたちを思ってくれている。
タイヨウは相変わらずわたしたちを守るように剣を構え相手を睨みつけている。
――わたしだけだ。
この状況を招いたのはわたしなのに、わたしだけが自分のことを考えている。
前に立つタイヨウ背中を見つめていると声が聞こえた気がした。
『助けるよ。おれにしかできねえことだ。ほかの誰でもない、おれにしかできねえことなら。やるしかねえだろ?』
思い出し、なんとなくわかった気がした。彼と離れたくなかったわけ。
優しくて、強くてちょっと変で。色々あるけど、わたしには眩しかったんだ。
周りなど気にせず、自分がしたいと思ったことをする。そう迷わずに口にできる彼が。わたしもこんな風に生きていけるかな。・・・そんなことを思ってしまったのだ。
――だったら、わたしにしかできないことをしないと。
魔法陣に魔力を込めなおす。わたしにしかできないわたしの力。
「いいえ、大丈夫。わたしなら助けられるから。だからお願い。タイヨウを守ってあげてください。」
横たわる大きい方の護衛の人に小さな声で語りかける。
「嬢ちゃん、まさか・・・こりゃあ、、?」
治っていくケガを眺めながら怪訝な顔でこちらを見る。
「うん。『月の魔法』だよ。こんなので治されても気持ち悪いかもしれないけど少しだけ我慢してね。」
お願いなんてできる立場に無いのはわかってる。けれど、せめて彼だけは助けてほしいと心からの願いを込めて。
彼は、わたしにとっての”太陽”なのだから。
「シルヴィア、お前、、。」
「・・・これは「わたしにしかできないこと」でしょ?」
振り向いた彼はなぜ?といった顔をしていた。
しかし前を向き直った彼は「・・・そうだな。じゃあ今度はおれの番だ!」決意のこもった言葉を口にした。
彼が何をしようとしているか今ならよくわかる。
「これで大体傷は塞がったから安静にしててね。」
これでこの場でわたしにできることは全部やったはずだと頷く。
魔力を両手に溜めながらタイヨウに声をかける。
「うん、タイヨウにしかできないこと。二人を守って。・・・最後までわがまま言ってごめんね。」
両手を開き、〈発光〉と詠唱を口にする。ただ強く光り、目をくらませるだけの簡単な魔法。
こちらを振り返ったタイヨウの顔を瞼に焼き付け、わたしは森へ向かって駆け出した。




