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雀の気が消えたのは、高塚がいるあの古い建物だった。
開いている玄関から響は入っていった。
中に明かりが灯っている。
響はこっそりとその中を覗いた。きっと教室の一つにでもなる予定だったのだろう。そこは何もない広いだけの部屋だった。
だが、薄暗い蛍光灯の下に広がる光景に響は息を飲んだ。
さっき響たちを襲った男が倒れている。血の中で倒れている。
それを一人の男が見下ろしていた。それは高塚だった。高塚の手には男が持っていた散弾銃が握られている。
高塚は、追いかけてきた響を見てギョッとした顔をした。
「君は……どうして?」
「その男を追いかけてきました。さっき真澄さんがその男に殺されそうになったんです」
「真澄が? 真澄は大丈夫なのか?」
彼女のことを心配するかのように高塚は訊いた。
「大丈夫です。でも、どうしてこんなことに?」
「わからない。でも、殺すつもりはなかったんだ。脅されて銃を奪おうとして……そしたら暴発したんだ。信じてくれ」
訴えるように高塚は言った。
「だ、大丈夫です。すぐに警察を呼びましょう。ボクが証言します。さっき、ボクたちが襲われたことを話せばきっと信じてもらえます」
「おや、草薙さん、あなたはこんなヘタな言い訳を信じるというのですか?」
いつの間にやってきたのか、響の背後から伽音が顔を出した。
「言い訳?」
「そうですよ。散弾銃が暴発? まあ、そんなものは警察が調べればすぐにわかることでしょう。本当に暴発したのか、それとも狙いを定めて撃ったのか」
「何だ? 君は?」
「私? 今は私のことなどどうでもいいでしょう。それよりも今大事なのは、あなたが殺したこの男のことですよ」
「これは私の教え子だよ。東京で教師をしていた頃のね」
「どうしてこの人がここに?」
「居場所を無くした子供のための場所を作るのは大人の仕事だ。私はこういう子どもたちが生きていける場所を作りたかった」
「彼が昔、子供を殺していたことは知っていましたか?」
「なんだって? そんな……まさか」
高塚は驚きの表情を見せた。
「おや? 知らなかったと?」
「知っていたら、もっと違う対処の仕方があった」
「対処? どう対処したというのです?」
「ちゃんと更生させるようにしたさ」
「更生などしたでしょうか? 快楽のために殺人を起こすような人間が」
「快楽殺人だなんて決めつけだ。あの子を殺したのはただの偶発的なものだ。あの少年が彼を挑発したからだ」
「決めつけ? 喉を裂き、腕を切り、目を潰す。快楽殺人そのものじゃありませんか」
「そんなこと彼はやっていない」
「ああ、そうでした。ボーガンで頭を撃たれたんでしたね。間違いました。でも、あなたはそれをどうして知っているんです?」
「え?」
「そもそも誰が少年と言いましたか? 彼は確かに少年を殺しました。けれど、警察は誘拐にあったとしか証明出来ていないのです。まだ遺体は発見すらされていない。その少年と彼をあなたはどうして結びつけて考えたのですか? どうして殺され方を知っているのですか?」
「それは……」
高塚は言葉を詰まらせた。
「つまり、あなたは彼が子供を殺したことを知っていた。そして、彼をかばうふりをして連れてきたのですよ」
「かばうフリって……」
「あなたは彼がどんな人間なのかを知っていたのです。つまり彼に娘さんを殺してほしかったのでしょう? 彼ならばきっと娘さんを殺してくれると信じていた。いや、もっと直接的に命令したのかもしれませんね」
「何を言っているんだ? 何のために?」
「決まっているでしょう。彼女の遺産を奪うためです。彼女にはお祖父様からの遺産が受け継がれていますからねえ。そのお金があれば、塾を開くことだって簡単だ」
「言いがかりだ! 証拠があるのか?」
高塚は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「言いがかり? 証拠? 何のためにそんなことを訊くんですか?」
「証拠もなしにそんな話をするのか?」
「そんなものは必要ありませんよ。あなた、ここがどんな場所かわかっていないようですね。ここは妖かしの地。人の裁きなど必要ありません。ここにあるのは妖かしによる裁き」
「妖かし……だって? 何を言っているんだ?」
「ま、知っていても、知らなくても、どっちだっていいのです」
伽音は高塚の怒りなどどうでもいいといように言った。
高塚の銃口がゆっくりと上がっていく。そして、伽音に向けられた。
「バカだな、君たちは」
「おや、結局、あなたもそうなりますか」
伽音は落ち着き払っている。
さっきからザワザワと何かが近づいてくるのを、響は感じ取っていた。
(なんだ?)
胸の奥が妙に苦しい。
嫌なものが近づいている。
そして、突如、黒い大きな塊が窓から飛び込んできた。
それが何なのか、響にはすぐには理解出来なかった。その塊が一斉に高塚に襲いかかっていく。
それは雀の群れだった。
高塚にも何が起こったのか、きっとわからなかったに違いない。高塚は一発も銃を撃つことは出来なかった。また、撃ったところで何の意味も持たなかっただろう。
わずか数分の後、雀の群れがそのまま一斉に飛び去っていく。
後には肉片も、血の一滴すらも残されてはいなかった。
一羽のだけが何もなくなった床の上に残り、踊るかのようにピョンピョンと跳ねている。その嘴がやけに紅く染まっている。
やがてその一羽の雀も、小さく羽ばたくと窓から飛び出していった。




