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妖かしつれづれ話 壱の話・紅雀  作者: けせらせら
9/10

 雀の気が消えたのは、高塚がいるあの古い建物だった。

 開いている玄関から響は入っていった。

 中に明かりが灯っている。

 響はこっそりとその中を覗いた。きっと教室の一つにでもなる予定だったのだろう。そこは何もない広いだけの部屋だった。

 だが、薄暗い蛍光灯の下に広がる光景に響は息を飲んだ。

 さっき響たちを襲った男が倒れている。血の中で倒れている。

 それを一人の男が見下ろしていた。それは高塚だった。高塚の手には男が持っていた散弾銃が握られている。

 高塚は、追いかけてきた響を見てギョッとした顔をした。

「君は……どうして?」

「その男を追いかけてきました。さっき真澄さんがその男に殺されそうになったんです」

「真澄が? 真澄は大丈夫なのか?」

 彼女のことを心配するかのように高塚は訊いた。

「大丈夫です。でも、どうしてこんなことに?」

「わからない。でも、殺すつもりはなかったんだ。脅されて銃を奪おうとして……そしたら暴発したんだ。信じてくれ」

 訴えるように高塚は言った。

「だ、大丈夫です。すぐに警察を呼びましょう。ボクが証言します。さっき、ボクたちが襲われたことを話せばきっと信じてもらえます」

「おや、草薙さん、あなたはこんなヘタな言い訳を信じるというのですか?」

 いつの間にやってきたのか、響の背後から伽音が顔を出した。

「言い訳?」

「そうですよ。散弾銃が暴発? まあ、そんなものは警察が調べればすぐにわかることでしょう。本当に暴発したのか、それとも狙いを定めて撃ったのか」

「何だ? 君は?」

「私? 今は私のことなどどうでもいいでしょう。それよりも今大事なのは、あなたが殺したこの男のことですよ」

「これは私の教え子だよ。東京で教師をしていた頃のね」

「どうしてこの人がここに?」

「居場所を無くした子供のための場所を作るのは大人の仕事だ。私はこういう子どもたちが生きていける場所を作りたかった」

「彼が昔、子供を殺していたことは知っていましたか?」

「なんだって? そんな……まさか」

 高塚は驚きの表情を見せた。

「おや? 知らなかったと?」

「知っていたら、もっと違う対処の仕方があった」

「対処? どう対処したというのです?」

「ちゃんと更生させるようにしたさ」

「更生などしたでしょうか? 快楽のために殺人を起こすような人間が」

「快楽殺人だなんて決めつけだ。あの子を殺したのはただの偶発的なものだ。あの少年が彼を挑発したからだ」

「決めつけ? 喉を裂き、腕を切り、目を潰す。快楽殺人そのものじゃありませんか」

「そんなこと彼はやっていない」

「ああ、そうでした。ボーガンで頭を撃たれたんでしたね。間違いました。でも、あなたはそれをどうして知っているんです?」

「え?」

「そもそも誰が少年と言いましたか? 彼は確かに少年を殺しました。けれど、警察は誘拐にあったとしか証明出来ていないのです。まだ遺体は発見すらされていない。その少年と彼をあなたはどうして結びつけて考えたのですか? どうして殺され方を知っているのですか?」

「それは……」

 高塚は言葉を詰まらせた。

「つまり、あなたは彼が子供を殺したことを知っていた。そして、彼をかばうふりをして連れてきたのですよ」

「かばうフリって……」

「あなたは彼がどんな人間なのかを知っていたのです。つまり彼に娘さんを殺してほしかったのでしょう? 彼ならばきっと娘さんを殺してくれると信じていた。いや、もっと直接的に命令したのかもしれませんね」

「何を言っているんだ? 何のために?」

「決まっているでしょう。彼女の遺産を奪うためです。彼女にはお祖父様からの遺産が受け継がれていますからねえ。そのお金があれば、塾を開くことだって簡単だ」

「言いがかりだ! 証拠があるのか?」

 高塚は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「言いがかり? 証拠? 何のためにそんなことを訊くんですか?」

「証拠もなしにそんな話をするのか?」

「そんなものは必要ありませんよ。あなた、ここがどんな場所かわかっていないようですね。ここは妖かしの地。人の裁きなど必要ありません。ここにあるのは妖かしによる裁き」

「妖かし……だって? 何を言っているんだ?」

「ま、知っていても、知らなくても、どっちだっていいのです」

 伽音は高塚の怒りなどどうでもいいといように言った。

 高塚の銃口がゆっくりと上がっていく。そして、伽音に向けられた。

「バカだな、君たちは」

「おや、結局、あなたもそうなりますか」

 伽音は落ち着き払っている。

 さっきからザワザワと何かが近づいてくるのを、響は感じ取っていた。

(なんだ?)

 胸の奥が妙に苦しい。

 嫌なものが近づいている。

 そして、突如、黒い大きな塊が窓から飛び込んできた。

 それが何なのか、響にはすぐには理解出来なかった。その塊が一斉に高塚に襲いかかっていく。

 それは雀の群れだった。

 高塚にも何が起こったのか、きっとわからなかったに違いない。高塚は一発も銃を撃つことは出来なかった。また、撃ったところで何の意味も持たなかっただろう。

 わずか数分の後、雀の群れがそのまま一斉に飛び去っていく。

 後には肉片も、血の一滴すらも残されてはいなかった。

 一羽のだけが何もなくなった床の上に残り、踊るかのようにピョンピョンと跳ねている。その嘴がやけに紅く染まっている。

 やがてその一羽の雀も、小さく羽ばたくと窓から飛び出していった。


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