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その後、結局、雀を見つけることは出来なかった。
雀のことは気になっていたが、それでもそれ以上捜す方法もなく、すっかり雀のことに興味を失ったらしい伽音に半ば強制的に引っ張られて帰ってきた。
帰ってきてからも雀のことは頭から離れなかったが、それ以上に気になったのはあの少女のことだった。
「高塚博己?」
その名前を思い出そうとするように、蓮華咲子の眼鏡の奥で瞳が動く。
彼女は一条家の顧問弁護士として、一条家が経営している会社の手伝いをしている。一条家は街のさまざまな事業に関わっており、弁護士をしている蓮華咲子ならば、ひょっとしたら真澄の父についても知っているのではないかと考えた。
そこでたまたま一条家に来ていた咲子に、彼女の父である高塚のことを訊いてみたのだ。
「知っていますか?」
「聞いたことがありますね。藤巻一二三さんの亡くなった娘さんの旦那さんでしょう?」
「藤巻さんというのは?」
「資産家ですよ。この一条家ほどではありませんが、全国に会社を持っています。草薙さんは、どうしてその名前を?」
「その人の娘さんと知り合ったもので」
「そうでしたか。確かお母さんは亡くなったんじゃなかったですかね」
「亡くなったの? いつ」
「昨年だったと記憶しています。詳しいことを知りたいですか? でも、どうして?」
「いえ、ちょっと……」
響はどう説明していいか迷った。そんな姿を見て、咲子はあえてそれ以上は何も聞こうとはせずに話し始めた。
「藤巻さんには二人の娘さんがいらっしゃいました。長女が瞳さん、次女が希さん。瞳さんは高塚さんの会社に就職し、希さんは東京に行って教師になり、同僚と結婚されてお子さんが生まれました。しかし、旦那さんは事故で亡くなられ、その後に再婚されましたが、今度は希さんが病気になって他界されました」
「じゃあ、それが真澄さん?」
「そうです。藤巻さんは昨年、ご病気になられて会社は娘の瞳さんが継がれました」
「その人はまだ?」
「ええ、お亡くなりになったという話は聞いていません。ただ、ご病気の具合があまり良くないようで、人前には姿を見せませんね。なかなか気骨のある方で、既にご自身の財産は全て処分されたのではないでしょうか。多くは娘の瞳さんが、そして、お孫さんの真澄さんにもかなりの額の遺産が真澄さんにも贈与されたと聞いています」
「そうでしたか」
「何か真澄さんに関わりが?」
「それは……」
響はどう説明すればいいのかわからずに口ごもった。
「いえ、話す必要はありませんよ。ただ、ここ数日、藤巻さんのご自宅の動きがおかしいという噂を聞きました」
「おかしい?」
「警察が動いていたようです。今は元の状態に戻ったようですけどね。何があったのかまで私にはわかりませんが、関わるのならば気をつけてください」
* * *
その夜、ベッドに入った後も響は寝付かれなかった。
暗い天井をぼんやりと眺めながら、藤巻真澄のことを考えていた。
「何を考えているのですか? あの女の子のこと?」
「何をって? え?」
答えようとして、思わず響は飛び起きた。いつの間に潜んでいたのか、黒いパジャマ姿の伽音がベッド脇に座っている。
「どうしました?」
「どうしましたって……いつの間に?」
「そんな驚く必要はないでしょう。私たちは親戚なのですから」
「いや、驚くよ。親戚だからって、人の部屋に勝手に入っていいってことにはならないよ。しかも、こんな夜中に」
「いいじゃありませんか、何なら一緒に寝ましょうか」
伽音は顔を寄せて言った。
「冗談は止めて」
「冗談のつもりはないのですけどねぇ。それよりあの女の子のことが気になっているようですね」
「違うよ」
「おや? 違うのですか? あの子のことはまったく考えていないと?」
伽音はそう言いながら、まるで心の奥を見透かすように響の顔を覗き込んだ。
「いや……まったく考えていないってわけじゃないけど」
「やっぱり考えていたんじゃありませんか?」
「いや、考えてはいたけど、少し意味が違う。あの雀のことも含めてだよ」
「なんだ、アレですか」
少しつまらなそうに伽音はつぶやいた。「てっきり、ああいう女の子が草薙さんの好みなのかと思いましたよ」
響はその伽音の言葉を無視してーー
「あの雀は何なの?」
「雀は雀でしょう?」
「そんな当たり前の話をしてるんじゃないよ。妖かしになったっていったよね?」
「言いましたか?」
「言ったよ」
「そうでしたか。なら言ったのでしょうね。それがどうかしましたか?」
「どうしてあの雀は妖かしに? そして、ボクにはどうしてそんな力が?」
「普通です。常識です。誰でも持っている力です」
平然と伽音は言った。
「そんなはずがないよ。いくら昔の記憶がなくたって、それが普通じゃないことはわかるよ」
「その理解は間違っていますよ。少なくてもここではね」
「ここでは?」
「一条家に関わりがある者の多くは妖かしに近い者たちです。もちろん、あなたの常識の中で言えば、それは普通の人々ではありません。でも、そんなことは気にするようなことではありません。人はそれぞれ皆違うものです」
「気にしないわけにはいかないよ」
「慣れることです。それより、あの雀のことを知りたかったのではありませんか?」
「アレがどこに行ったか知ってるの?」
「妖かしはその身に持った恨みをはらそうとするものです」
「じゃあ、あの辺りにいたってこと」
「そういうことでしょうね」
「まさかあの子を狙って?」
「はぁぁぁぁ?」
伽音は呆れたように首を傾げた。
「何?」
「なぜ、あの子が狙われるのです?」
「ひょっとしたら雀を撃ったのがあの子なら……」
「なるほど。一応、いろいろ考えていられるのですね」
「バカにしてる?」
「いいえ、少しだけです。でも、違うでしょうね」
「どうして?」
「あの雀を見つめた時、エンジンの音が離れていくのが聞こえました。あの子がバイクに乗って逃げ去ったとは思えませんね」
それは響も気づいていなかったことだ。それに当たり前のように言う伽音に驚いていた。
「それじゃ、そのバイクで逃げた男がーー」
「雀を撃った男でしょう」
ふと、昼間、あの建物のなかからこちらを覗いていた男の視線を思い出した。
「まさか……」
「少し安心しましたか? ならそろそろ眠るとしましょう」
そう言って、ベッドに潜り込もうとする。
「伽音さん、ここはボクの部屋で、ボクのベッドだよ。もし出ていってくれないならボクが出ていくけど」
「寂しいことをおっしゃいますねえ。仕方ない。一人で寂しく寝るとしましょう」
緩慢な動作でベッドから出ると、ドアに向かって行く。
「おやすみ」
「そういえばーー」
と、何かを思い出したかのように伽音は振り返った。「あの子はなぜあんなところにいたのでしょうね?」
本日、『平成』最後の日です。こんな日にも読んでいただきありがとうございます。
『令和』になっても、また引き続き読んでいただけると嬉しいです。
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