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雀が飛んでいくのを響は追いかけていった。
放って置いてはいけない気がした。
森を抜けて、自転車で追いかけている間に、すぐに雀は響の視界から消えていった。
理由はわからないが、それでも響には雀がどこに飛んでいったのか感じることが出来た。いつの間にか、響は住宅街まで戻ってきていた。
角を曲がった時、ふと目の前に3階建ての古びた建物が建っているのが見えた。
雀の姿は見えない。
さっきまで感じられていたのに、すでにその気も感じられない。
「どうかしましたか?」
その声に振り返ると、背後に一人の少女が立っている。
(高校生? いやーー)
響よりもわずかに年下のようだ。小柄で、色白で、その長く黒い髪は、まるで日本人形を思い出させる。
「こんにちは、お嬢さん。私は双葉伽音ですよ」
響の背後から伽音が姿を現した。いったいどうやってここまでやって来たのか、当たり前のように伽音が少女に近づいていく。
「ちょ、ちょっと、伽音さん」
だが、少女のほうもちょっと不思議そうな顔はしたもののーー
「私は藤巻真澄です」と素直に答える。すぐに響も自分の名を伝える。
「ここで何をされているんですかぁ?」
と気軽に伽音が声をかける。
「ここは、父が塾を開くことになっているんです。父の名は、高塚博己といいます」
「高塚? でも、あなたの名前は藤巻って言いましたよ」
「私と父とは血がつながっていませんから」
「なるほど。義理の娘さんってことですね?」
伽音の無神経ともいえる質問にも、真澄は一向に表情を変えることはなかった。
「父なら、ここにはいませんよ」
「あ、いや、別にあなたのお父さんに用があったわけじゃないよ」
思わず響は口を挟んだ。
「それならどうしてここに?」
「雀がね」
「雀?」
「うん、雀がこっちに逃げてきたはずなんだけど見なかったかな?」
「さあ」
真澄は首をひねった。「雀ならその辺にいくらでもいると思いますけど」
「あぁ……そういうのとはちょっと違うんだけどね」
その時――
ふと、視線に気づいて振り返った。
小さなアパートのような白い建物の一室から若い男がこっちを睨んでいるのが見えた。だが、響がそれに気づくとすぐに身を隠した。
「ねえ、あの建物は何?」
響は古びた建物を指差した。
「あれは塾です。いや、そうなる予定らしいです」
「隣は?」
「寮です。まだ住んでる人はいませんけどね」
「いない? 誰もですか?」
「ええ、誰も」
「今、誰かいたように見えたけど」
「ひょっとしたら父の生徒かもしれません」
「生徒?」
「父が教師をやっていた頃の教え子です。塾の手伝いをしてくれるのだそうです。管理のために時々、寄っているようですから」
つまり真澄の父親が、この建物で塾を開校する予定でいるということらしい。だが、あまりに古びた建物で、このままここで塾が開校出来るようには見えなかった。
「塾はいつから?」
「さあ……無理なんじゃないでしょうか」
「無理?」
「改装だったりスタッフを集めたり、設備投資にかなり費用が必要なようです。伯母に出しておらうつもりでいたようですが、そんなお金を伯母が出すはずがありません。父はもともと経営には向かない人ですから」
「そう……それは困ったね」
正直言って詳しい事情が理解出来たわけではない。だが、響は適当に話をあわせた。
だが、一方で真澄はーー
「いえ、別に私は困りません」
と、まるで感心なさそうに答えた。




