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妖かしつれづれ話 壱の話・紅雀  作者: けせらせら
2/10

 響の暮らす陸奥中里市は自然の多い街だった。

 悪く言えば、どこにでもある田舎町ではあるが、それでも響にとってその環境は悪いものではなかった。

 少し街を離れれば、田園や山々、川などの風景が広がっている。

 意識が戻って3ヶ月ほど経った頃から、響は外出を許されるようになっていた。

 すでに季節は秋を迎えていた。

 買ってもらった自転車に乗って、響はいつものように山のほうへと向かっていた。最近は天気の良い時は出来る限り外出するようにしていた。

 山の麓の道路脇に自転車を止め、森のなかへと足を踏み入れる。黄色や赤に染まった木々の中を歩いていく。

 森のなかの澄んだ空気が全身に巡っていく気がする。

「おや、ここにいらしたのですか?」

 突如、背後から声がかけられ、響は驚いて身体を竦めた。振り返ると、そこにいるのは伽音だった。いつものように黒い薄手のコートを羽織っている。なぜか彼女はいつも黒を基調とした服ばかりを身に着けている。

「伽音さん、どうしてここに?」

「決まっているじゃありませんか。あなたを追いかけてきたんですよ」

「ボクを? 何のために?」

「あなたはケガの治療をしている立場でしょう。無理はいけません。もちろん私が追いかけなくてもちゃんと見守ってくれる人はいるでしょうけどね」

 少し意味ありげに、伽音は空を見上げながら言った。

「ボクは大丈夫だよ」

「大丈夫? 本当ですか?」

「ボクに問題があるとすれば……昔のことを憶えていないというだけだよ」

「だけ? ずいぶん記憶というものを軽く考えているのですね」

「軽くってわけじゃないよ……早くいろいろなことを思い出したいと思ってるさ」

「思い出す? いえいえ、どちらかというと思い出さないほうがいいのですよ」

「どうして?」

「なぜ思い出さなければいけないのですか? 記憶の中には嫌なものだって含まれているものです。嫌なことなら忘れ去ったほうがいい」

「そうなの? ボクの記憶って思い出さないほうがいいいものなの?」

「あなたの場合は……どっちでもいいかもしれません」

「え? なにそれ」

「あまり難しく考えなくていいということですよ」

 そう言ってニンマリと笑う。

「軽く考えるなと言ったのは伽音さんだよ」

「そんなこと言ってませんよ」

「そう……だっけ?」

 その時――

「静かに」

 突然、伽音が唇に指を押し当てた。

 どこかで微かにバサバサと奇妙な物音が聞こえてくる。

「何の音?」

「さて、何でしょうね」

 二人でその音の聞こえるほうへ向かって森の中を進んでいく。

 バサバサという音が少しずつ大きくなっていく。それが鳥の羽音らしいということに気づいた時、その姿が目に飛び込んできた。

 木の根本に、矢に撃たれた雀が必死にもがいている。響は急いで近づくと、思わずその小さな身体に手を伸ばした。

 その手のなかを伽音が覗き込む。

「矢で撃たれていますね」

 それはボーガンの矢のようだった。

「誰がこんなことを?」

「そんなのは簡単です。自分以外の生命を大切に思わない人でしょうね」

 そう言って、伽音は簡単にその矢を抜き取った。だが、それだけで生命が助かるわけではないのは明らかだ。

「このままじゃーー」

「死んでしまうでしょうね」

 冷静な口調で伽音は言った。「助けたいですか?」

「当然だろ」

「では、助けてみてはいかがですか?」

 手の中で、その矢を弄びながら伽音は言った。

「病院に連れて行く時間はーー」

「そんな余裕はなさそうです」

「じゃあ、どうやって?」

「おやおや? 草薙さんはそれを知りませんか?」

 いかにも驚いたかのように伽音は言ってみせた。ただ、それはどこか芝居がかっている。

「どうすればいいの?」

「簡単なことです。あなたの息を吹きかければいいのですよ」

「え? からかっているの?」

「まさか、どうして私があなたをからかわなければいけないのですか。この目を見てください。私はいつも本気です」

 伽音は顔を近づけた。漆黒の瞳で響きを見つめる。

「息で生命を助けるなんて出来るわけないじゃないか」

 記憶を失った響でも、そんなことで生命を救えないことは知っている。だが、手の中の雀の動きが小さくなっていく。

「それは普通の人でしょう。あなたは違う」

「でもーー」

「まずはやってみればいいじゃありませんか。息を吹きかけるくらい、そんなもったいぶるものでもないでしょう」

 確かにそのとおりだ。

 響はそっと弱っている雀に息を吹きかける。その動きに合わせるように、隣の伽音も顔を寄せて同じように小さくフッと吹く。

 その瞬間、ビクリと強く雀が反応した。


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