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美術部の天使と小悪魔と  作者: 冷涼富貴
ネガティブゲイン
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懐かしい感覚

「一年B組、結城華子です! 本格的に描いたことはありませんが、絵を描くのは好きです。よろしくお願いします?」


「……なんで語尾が疑問形なんだ……」


 不可解な展開の末にゲットした貴重な新入生の入部希望者を連れて、部室に来ているレアキャラ

 そして、早速自己紹介を夕貴たちの前でする結城さん……いや、華子さん。


 ユウキつながり、紛らわしいから遠慮なく名前で呼ばせてもらおう。


「いやー、なんとなくいきおいで入部しちゃったから、幽霊化しないとも限らないので」


「…………」


 舌を出しながらそう言い切る様に、俺はあきれて言葉も出なくなったが、貴重な新入部員枠がひとつ埋まったせいか、三年生たちは上機嫌である。


「結城さん、こちらこそよろしくね」

「わー、色白でかわいい! 撫でたくなっちゃう」

「これで美術部廃部は免れそうだ……」


 部員部員が固まって好き勝手にしゃべっている。


 華子さんはすっかり部員たちのマスコット扱いだ。その中から、一歩前へ進みだして華子さんへと手を差し出してくる夕貴。


「部長の、片岡夕貴かたおかゆうきです。よろしくね、結城さん」


 華子さんは、挨拶してきた夕貴をしばらくジーッと真剣な目で見てから……どんな人間をも陥落させられそうな人懐っこい笑顔とともに、差し出された手を握った。


「片岡部長、こちらこそよろしくお願いします!」


「ええ。お願いだから、すぐ退部しないでね」


「あはは、幽霊化はするかもしれませんが、退部はしませんよー」


 華子さんがそう言ってから俺のほうを向いてくる。目と目が合って、思わず俺は顔の向きを変えてしまったのだが。


「わたしが死んだり、ナンパしてきた延樹先輩が退部したりしなければ」


 退部しない条件をしれっと追加してきた新入部員による突然の爆弾発言を受けて、部室内が瞬時にざわめく。そして俺は吹き出す。


「おい! 何言ってくれちゃってんの!」


「あ、そうですね。わたしが死んだら、幽霊化することにかわりはないですもんね。あははー」


「そっちじゃねえよ! そのあとだ!」


「だって、わたしは延樹先輩にナンパされたから入部したんですよ? 先輩がいなくなったら、わたしがいる意味もなくなるじゃないですか」


「何時何分何秒、俺がナンパした!?」


「えーと、四月七日、十一時十三分四十七秒、くらいでしょうか」


「細かいな! なんでそんなの覚えてるんだよ! あと俺はナンパされたほうだ!」


「えー、先輩は女の子に恥をかかせるんですか? 男なら、ちゃんと責任取ってくださいよー?」


 俺たちのあることないことを重ねるやり取りに、部室内のざわめきがますます大きくなる。


 一方、夕貴は乾いた笑いのあとに、右手を左肩に重ねてつぶやいた。


「はは……でもなぜだろう、結城さん……なんとなく懐かしい感じがするな……」


 何となく俺が感じていたのと同じものに、夕貴も気づいたらしい。


 まあ、そんなやりとりに神経をゴッソリえぐられたこともあり、俺はこの時から、こいつを『ハナコ』と呼び捨てにするのに、躊躇ちゅうちょはなくなった。


 そして華子と部室で顔を合わせることがレアケースになることも、この時点でだいたい予想がついた。

 ――――部室の喧騒をよそに、黙々とキャンバスに向かっている渋谷洋司しぶやようじ先輩を横目で見ながら、明日からまた幽霊部員になる自分を容易に想像できたから。


 渋谷先輩は、どうやら春休み中も絵を描いていたらしい。相変わらずのストイックさだ。


「……渋谷君、進み具合はどう?」


 喧騒がおさまってから、もうすぐ完成するであろう絵を確認しようと、夕貴が渋谷先輩に近づく。


「……片岡。ああ、予想以上ではないが、予想通りの仕上がりになりそうだよ」


 渋谷先輩の良い出来なのかそうでないのかわからない自己評価。

 それを聞いて頬を赤らめる夕貴を見たくない。防衛本能が働いた俺は、慌てて渋谷先輩から顔をそむけたのだが、そむけた先でバッチリ華子と目が合った。


「………………」

「………………」


 苦虫をかみつぶしたような俺の顔を見た華子に、きょとんとされてしまう。ポーカーフェイスができないのはこういう時に不便だと実感。


 ――――ヤバい。バレてないだろうな。


 思ったことはそれだけだった。 

 妙に鋭いこいつのことだ、俺の秘めた想いを、けっしてかなわない想いを知られてはいけない。


 幸いにも、華子はその件については、その場で俺に何も言ってはこなかった。


「……それじゃあ、ノルマも達成したことだし、俺は帰ります」


 誰に向けてでもなく俺はそう言い残し、みんなの前で華子に言及を受けないよう、退室を決意した。


 引き留めてくる部員など、いるはずもない。


「…………………………」


 ガタン。


 ドアを閉めた音は、余韻すら残らない。

 誰にも惜しまれず部室を去るときに、いつも俺の中にわきあがる寂しさと、自分の存在意義に対する疑問。


 ――――俺は、誰にも必要とされていない。


 もう、慣れっこになったその感覚。


「せんぱーい!!」 


 ……だが今日は、それをぶち壊してくる部員がいた。


「ナンパした新入部員をひとり置いて、なに自分だけ先に帰ろうとしてるんですかー!」


 後ろから慌てて華子が追いかけてきて、俺の肩をがっしと掴み、必死な形相のまま睨んでくる。


「はぁ、はぁ……まったく。釣った魚にエサはやらないなんて、ナンパ師として最低です。それにわたし心臓が弱いんですから、あまり慌てさせないでくださいね?」


 よっぽど慌てて駆けてきたのか、短い距離なのに、華子は息を切らしている。

 そして俺への言及は、夕貴のことではなく、俺自身の行動についてだった。


「……ぶっ」


 そんなセリフを聞いてしまっては、吹き出さずにいられるわけがないだろう。


「あはははははは!」


「ちょっと、いまのどこに笑う要素があるんですかー!? 先輩ってば、実はひどい人!?」


 ――――部室を出てきて、独りじゃないなんて、いつ以来だろうか。


 人目など気にならなかった。責め立ててくる華子をよそに、俺は大声で笑った。


 そう、愛美が後ろをついてきていた頃のように。

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