最愛の姉と、最愛の妹
俺には、妹がいた。
過去形だ。
ひとつ年下の、愛美。何をするにも、俺の後をついてきた、人懐っこい妹。
小さい頃は、近所に住む幼なじみの、片岡夕貴と、俺と、愛美。いつも一緒だった。
俺にとっては姉のような存在だった、ひとつ上の夕貴。三人で遊んだ楽しい記憶は、容易に思い出せる。
夕貴は絵が上手で、いつも俺や愛美の似顔絵を描いてくれた。それを見て、『うわー、そっくり』とか、『ぜんぜん似てないよー』とか、いろいろ言い合いながら、それでもその似顔絵を俺も愛美も宝物にしていた。
だが、いつも描いてくれるのが夕貴ばかりでは、俺と愛美の絵しか増えない。そう思ってある日、俺は夕貴の似顔絵を書くことにした。
絵をまともに描いたことなどない俺が、最初から上手く描けるわけがない。上手く描けずに破り捨ててはまた描き直し、ようやく他人に見せられるような絵が完成したとき。
俺は、絵を描き上げたという満足感に高揚していたせいか、ひっそりとその絵の片隅に『愛しのユウキへ』と文字を追加してしまったのだ。
おかげで、その絵を夕貴に贈ることはできなかった。仕方なく、机の引き出しにしまっておき、その存在が記憶の片隅からも消え去ってしまった頃。
偶然、愛美がその絵を発見したらしく、ふくれっ面で俺に文句を言ってきた。
『延樹お兄ちゃん、夕貴お姉ちゃんの絵は描いて、なんで愛美の絵は描いてくれないの?』
いつもは犬のようになついてくる愛美が、珍しく拗ねているので、俺はつい軽い気持ちで約束をしてしまう。
『わかったわかった。愛美の似顔絵も描くから』
『ほんとー? 適当に流してごまかそうなんて、許さないからね』
『……なんでわかった』
『あたりまえでしょ、お兄ちゃんの心の中なんて簡単に読めるんだから』
『……愛美はエスパーか?』
『エスパーじゃないよ、お兄ちゃんとずっと一緒にいた妹だよ』
『はは、そうか、そうだな。……絶対に描くよ、うまく描けるかは保証しないけど』
そんな口約束を聞いて、犬のような目を潤ませながら、喜んでくれた愛美。
『約束だよ! 可愛く描いてね! そして、ちゃんと“愛しのマナミへ”ってメッセージも入れてね』
満面の笑みでそう要求をしてから俺に抱きついてきた、愛美のぬくもり。
ふわふわでくりくりな短めの髪の毛が、俺の頬に当たる、くすぐったさ。
あの感覚は、今でも忘れられない。
――――その約束が果たされることは、なかった。