三
夕飯ができたので、ブルームさんがひなを起こしに来てくれた。
「よく眠れたかな」ブルームは部屋を見渡しながら、そう問うた。ひながうなずいたら、彼のどこかに隠れていた心配そうな表情がちょっとほっとしたように見えた。ひなは、再び違和感を覚えた。
夕飯は野菜たっぷりと肉豊かで、とてもおいしかった。食べ終えたら、その夕飯がアランさんの手作り料理だったので、ひなはちょっとびっくりした。アランさんは、料理できそうな人には見えないからだ。
食べ終えたら、ひなは流し台に向かって、誰の命令なく皿を洗おうとした。なぜなら、親戚といた時と、孤児院にいた時も「働かない者には食い物がない」ということが心に刻まれたからだ。ひなは、午後眠っちゃって夕飯のお手伝いができなかったので、今度は皿洗いにしようと最初から決めたんだ。
しかし、皿を洗い始めたら、ブルームさんが驚いたような声をあげた。「ひなちゃん、何をするの!?」
「お皿を…洗います」
「お手伝い、ありがとうね」ブルームさんがそう言った。慌ててひなを流し台から離れさせた。「でも大丈夫だよ。家事は僕とアランがやるから、ひなちゃんはただ、幸せいっぱいで元気に大きくなるだけでいいよ。ね、アラン?」
と、後半はアランさんに聞いた。聞かれた方は、ちらっとひなを見て、静かにうなずいた。相変わらず、無口と無表情なアランさんなので、何を考えているのか、ひなには分からない。けど、ブルームさんは絶対にひなをお皿洗いさせまいと強く言ったので、ひなは仕方なく、アランさんの反対側のテーブルでデザートを食べた。おいしかった。
夕飯を終えたら、大人二人とこども一人は、チェスをした。正確にいえば、ブルームさんがひなにチェスを教えながらチェスをやった。アランさんはただ近くに座って本を静かに読んでいただけ。
九時すぎはこどもの寝る時間。ブルームさんとアランさんがひなのベッドまで、おやすみなさいと言いに来た。
ひなは見慣れない天井をみながら、ゆっくりと眠った。再び変な夢を見た。この家の家庭道具が自分で家事をやって、ひそひそとひなのことを話した。とても変な夢だった。
どんな夢を見ても、朝は必ずやってくる。アランさんがひなを起こしにきた、無表情な顔で。ひなは顔を洗って、歯磨きしたら、台所へ行って、朝ごはんを食べた。しかし、ブルームさんの姿が見えなかった。
ひながブルームの姿を探すように回りを見渡しているうちに、アランさんは無表情な声で言った。「ブルームなら、もうすぐ来る」
アランさんが言ってから、三秒も経ってないのに、大きな足音が聞こえた。そして、スーツ姿のブルームさんが現した。
「アラン!朝ごはん!」と叫んだら、ひなに向かって、全ての歯が見えるくらい微笑んだ。「おはよう、ひなちゃん!よく眠った?」
「おはようございます」ひなは静かに答えた。「普通に寝ました」
「よかった」ブルームさんはまた笑った。そして、アランから朝ごはんのお皿を受け取って、びっくりするほどの早いスピードで食べ始めた。ひなはこんな速さでごはんを食べるのがはじめてで、自分の分を食べるのを忘れるくらい、じっとブルームを見つめた。お皿が空っぽになったら、ブルームさんが飛ぶように立ち上がった。待っていたアランさんが彼にサラリーマン用のかばんを差し出し、自分の顔をブルームさんの近く差し出した。
ブルームさんは慣れたように、アランさんのぽっぺたにキスした。そして、軽やかにひなのところへ来て、ひなのほっぺたにキスした。手を振りながら、大きい声で「行ってきまーす」を言って、家から飛び出した。
「いってらっしゃい」と、アランさんが無表情で言った。そして、ブルームさんのお皿を片付け始めた。ひなが食べていないことを気づいて、ひなを見ながらこう言った。
「食べない?」
「いや、食べます」あまりの驚きに行動が止まったひなは、半分以上残っているごはんを見てそう答えた。