一
『今から、家族になります』
一
りんごは八つに割られ、一人に一個ずつを配られた。
大きくはないりんごの八分の一は、とても小さかった。「ひな」は自分の分をしばらく見つめた後、ゆっくりと食べた。すっぱかった。けれども、それは誕生日ケーキの代わりであった。孤児院のこどもがもらえるバースディプレゼントはこれくらいしかないのであった。
親が亡くなったひなは、親戚に引き取られて、暴力を受け、ろくにご飯さえ食べさせてもらえなかった。ひなは、結局孤児院に在籍いた。精神診断を受けながら、孤児院で日々を過ごした。孤児院の仲間が誰かのところに引き取られ、だんだんいなくなってきた。しかし、ひなは孤児院を訪れてきたお客さんの目に、興味を引くこともなさそうなので、三年経っても、孤児院にいたままだった。
食事を片付けた後、孤児院を訪れてきたお客さんが二人いた。一人は三十五歳から四十代とみられる男だった。メガネをかけ、体にきっちりした黒いスーツを着こなしている。目つきが怖いと感じるくらい、厳しい印象が伝わる。もう一人は、三十代くらいで、まだまだ若々しくみえる、少年みたいな笑顔を持つ男である。
孤児院の院長はあの二人の相手をしているうちに、院長夫人がひなとこどもたちを教室に戻らせた。お客さんがくるたびに、同じことをやった。わざわざ、こどもたちを商品みたいに並べて、購入しそう、こどもを引き取りそうなお客さんに見せるのだ。
ひなは誰とも喋りたくないから、教室のすみっこに座り込んだ。心の中で読みかけた本のことを夢中に考えていた。読みかけた本とは言っても、けして新しいものではなく、何十回も読んだものであった。ただ、とても、とても貧しい孤児院にあったものの中では、それしかないのだから。
夢中に考えているうちに、お客さんたちはどこかへ行ってしまったので、こどもたちは許可を得て、自分が担当する任務に戻った。ひなはもう九歳なので、ほかのこどもより年長、働きの範囲も広くなった。今みたいに、晩のご飯を炊くとか、台所を掃除するとかは、毎日の任務であった。
ただし、今日は違って、ひなは院長に呼ばれた。事務室へ行ったら、先のお客さんたちと会わされたのだった。
「ひなちゃん、こちらはアランさんとブルームさんだよ」院長が嬉しそうな声で言った。「アランさんたちはね、ひなちゃんと一緒に暮らしたいだって、ひなちゃんはどう思うの?アランさんたちと行かない?」
ひなは院長を見た。院長はずんぐりとした人だから、頬の肉が目を隠すくらい大きかった。そんな院長の細い目には、「早く答えろ!はいと答えるんだ!」ということばしか映ってなかった。
今度、ひなはアランさんたちを見た。少年みたいな笑顔の男はひなに優しく笑ってくれた。でも厳しそうな男は、無表情な顔でひなを見つめ返した。孤児院にいようが、誰かに引き取られようが、ひなの状況は全く変わりはしない。ひなはそんなことを思っているうちに、ブルームさんがひなの前に座った。そして、太陽みたいに笑った。
「突然なのは、僕も分かっているさ。けどね、僕たちはどうしてもひなちゃんの家族になりたいんだ。ひなちゃんは、僕たちの家族になってくれないかな?」ブルームさんはそう言いながら、ひなの小さな手を和やかに取った。
彼の優しい声と大きくて温かい手は、ひなに不思議な気持ちを起こさせた。ひなは自分の手を見つめたまま静かにうなずいた。
孤児院が書類の手続きをするので、アランさんたちのやることはただサインをするだけで、ひなを引き取ることが完了した。ペットショップでペットを買うより、ずっと簡単だと言っても、言いすぎではない。
数分後、ひなはずいぶん使ったとみられる車に乗せらせた。だんだん小さくなっていく孤児院を振り返って見るうちに、ひなは自分の運命が裏返されるなんて、想像もできなかった。