婚活の狂気が冷めた朝③
それにしても、田吉とは昨晩会ったばかりと言うのに、もう長いこと付き合いがあるかのような錯覚すら感じる。田井島は田吉の何事もなかったかのように、相手の懐にぱっと深く入り込む能力がうらやましく思えた。
あと十年生きれば、おっさんのようになれるのかな…。田吉は相変わらず、これまでの武勇伝などを話し続けている。
「男たる者、もっと遊ばないとダメだぞ。俺なんか、結婚するまでは休みのたびに合コンへと行っていたぞ。電車の運転手は三勤一休だから、なかなか他の職種の人と予定が合わないから、集まるのはどうしても福祉関係とか病院関係の人が多くてな…。前の嫁さんもそこで知り合った。それから、バーやキャバクラにもよく行ったな…。やっぱり、遊ばないと女は分からんぞ…」
「はあ、そう言うもんなんですかね…」
「さあ、そば屋についたぞ。ここの月見そばときつねそばがうまいんだ」
だんだん、田吉がどうしようもない女好きで、離婚したのも女遊びが高じたものではないかと思うようになった。田吉はまだ核心こそ触れていないが、これまでの話し振りからするときっとそうだろう。
それにしても、世の中には実にいろんな人がいる。もし、花上春樹が突然この世を去らなければ、未だに三人だけの小さな…小さな世界で何も知らずに生きていたんだろうな…と考えるとゾッとする。
そんなことなんかおかまい無く、おっさんは月見そばをずるずると食べている。田井島はあっさりとしたかけそばを黙々と食べる。
「うまかっただろう?」
「はい、おいしかったです」
「それはよかった。遊び慣れるとこう言う店にも詳しくなれるぞ」
いやいや、別に遊んで無くても。こう言う店に詳しい人は詳しいと思うのだが…。まあ、今日は田吉のおっさんについてとことん知るために、あえて自由に泳がせておこう。
「よし、じゃあ、服でも買いに行くか。とりあえず、黒のカジュアルジャケットだけはゲットしようぜ!」
「……」
あまりにも話がテンポよく進むので、思わず財布の中身が気になる。もし、足りないようなら、ATMを探さ無くてはいけない。
「なんだよ…。昨日、田井島が婚活でうまくやりたいと言ったから、協力しているのに…」
恩着せがましいが、今は田吉だけが頼りである。変に財布のことなど言わずにここは適当にお茶を濁しておこう。
「なんか、すみません。シラフだとこんな感じなんです…」
「もう、ペコペコすんなよ…。仕事で付き合っているんじゃないんだぞ。意味も無く謝るのは禁止!」
「ああ、申し訳ありません」
「だ・か・ら…。ああ! シラフでもできる限り、相手のテンションに合わせる力をつけないと…。田井島、いつまでも独身のままだぞ…」




