人の良さに甘えていただけ...①
『へえ、そんなことがあったんだ。それは大変だったね』
「もう、マジでありえないでしょう?」
たまりかねて、華は夜十時過ぎに田井島正行にラインを使って電話する。遥斗は気持ち良さそうに寝ている。この子は父が突然い無くなったことも分からないし、まだ悲しむことも知らない。
そんなことを理解するのに、一歳児はあまりにも幼過ぎる。夕方の義父とのやり取りも何一つ分かるまい。華にとって、田井島だけが頼りであった。
『そうだね。花上の親父さんがそんな固い考えの持ち主だったとはね…。花上とは正反対だな…本当』
「ああ、そうね。ところで田井島…」
『何?』
「今度の週末にさ、ちょっと会えないかな? 仕事が忙しいなら、無理にとは言わないけど…」
『ああ、いいけど…。こっちは独身一人暮らしだから、どうにでもなるから…。で、鳥飼は大丈夫なのか?』
さすがは堅物の田井島だ。こっちが大丈夫だから誘っているのに、こちらの心配をしてくれる。田井島の奥さんになる人はきっと幸せになるに違いない。こんな人がフリーとは実にもったいない…。
「うん、大丈夫。遥斗は母が見てくれるから…。ちょっとぐらいは大丈夫よ」
『そうか…』
「夜遅くにごめんね…」
『いや、いいよ。これで鳥飼が少しでも楽になれるなら、お安いご用さ』
「ありがとう、田井島。お休み」
『じゃあね、お休み』
田井島はいつも優しい。いつも、そっと見守ってくれていた。ああ、その優しさにずっと甘えていたんだな…。私って、本当に嫌な女だと思う。
もし、十年前のあの日、こんな結末を迎えると分かっていたら、花上春樹と付き合わなかったし、結婚もしなかっただろうか…。
いや、こうなると分かっていても、やっぱりあの時は春樹を選んでいただろう。恋愛をするなら、やっぱり春樹を選ぶ。しかし、結婚するなら、田井島を選ぶべきだったと今なら思う。
今度の週末、田井島に会ったらありのままの気持ちを伝えよう。彼だって、まんざらではないはずだ。だって、ずっとそばにいることを選び続けているのだから…。
田井島はその気になれば、私達から自由に離れられる立場にいたのに、彼は離れることを選ばなかったのだ。つまり、それは…。