柚木結鶴の優しさ⑥
「私の昔話をしてもいいかな?」
柚木が遠くを眺める目で田井島を見つめる。田井島は大きく頷いて、これから語られる言葉に心してかかる。
「一九九五年一月十七日のこと…。私は当時、東京芸大の三年生で東京にて一人暮らししていた。子どもの頃から絵が好きで、私は立派な画家になるために大学で勉強していたんだよね」
一九九五年一月十七日は兵庫県南部地震、いわゆる阪神・淡路大震災が発生した日である。まさか、その日に何かあったのだろうか…。柚木は続ける。
「あの日、実家の神戸では両親と五つ下の妹が、震災で亡くなったの…。それはあまりにも突然のことだった…」
言葉こそ短かったが、とても重い事実を突きつけられた。田井島は何も言えない。無言で柚木に続きを促した。
「とても仲のいい家族で、私が画家になるために東京芸大へ行くと決めた時に『関西にある芸大ではあかんのか?』と父母に言われたかな…」
自然災害が家族の仲を引き裂くなんて…。何ともやりきれないではないか…。田井島はどんな言葉をかけたらいいのか、皆目検討もつかなかった。
「私も実家を離れたくなかったけど、当時は本気で画家になろうとしていたから、そのためには芸大トップの東京芸大に行くしかないと思ったの…。それでも、あの頃は何かあれば、帰れる実家があったし、一九九五年も正月休みにいつもと同じように実家に帰った。まさか、あんなことが起こるなんて思ってもなかった。そして、一月十七日に何の前触れもなく、突然別れがやって来たの…」
柚木にそんな過去があったとは…。そりゃ、芸大の准教授のポストに死にものぐるいでしがみつく訳である。そして、ゆくゆくは教授になろうとしている。画家になる夢はついえても、なお絵の世界で生きると言うのはそう言うことか…。
「それから…しばらくは画家になることを選んだばっかりに家族を失って、絵を嫌いになろうとした時期もあったよ。でも、私はやっぱり絵が好きだったし、絵を描き続けることで天国に行った家族が喜んでくれると言ってくれた人が言ってくれた人がいたから、私はどうにか大学を卒業できた」
柚木の話を聞くと、自分の過去がとても小さな話に感じられた。こんな過去があっても、それでも真っすぐに生きていけるなんて…。




