柚木結鶴の優しさ③
そう言って、柚木は台所へ向かった。しばらく、田井島は柚木の絵を見ていた。人物画に風景画、抽象画など多様な油絵が十作品ほど壁にかけてあったり、イーゼルに立てかけたままであったりしていた。
十畳ほどの広さの洋室には直射日光が入らないよう、窓は黒くて厚いカーテンで遮られている。部屋の蛍光灯も、絵に優しい物が使われているのだろう。田井島は絵に関する知識は一切無いが、素人なりに柚木の絵画に対する心遣いを感じていた。
ふと、一枚の絵に引き込まれる。すやすやと気持ちよく寝ている赤ん坊の周りに鋭く尖ったナイフや怪しく黒光りした拳銃、一匹のライオン、毒々しく光る夜の街、黒尽くめの明らかに危ない男などが描かれている。あまりにも対照的な内容のものが、赤ん坊を取り囲む実に不思議な絵…。
「無力な赤ん坊ね…。みんな、ここへ来たら必ずこの絵に引き込まれるのよ。こうやって描いて思ったけど、赤ん坊って本当に無力…。だから、私はこの絵を描いたのよ」
「なんか、見れば見るほど、引き込まれる不思議な絵ですね」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい。さて、お昼にしましょうか。もう、準備できているよ」
言われるがまま、リビングへと向かう。リビングの扉を開けると、テーブルの上にはさんまの塩焼き、シーザーサラダ、肉じゃが、なめこのみそ汁、しめじの炊き込みご飯が並べられているではないか。一人暮らしの田井島がまず食べることのない家庭料理だ。
かつて、花上春樹が生きていた時、鳥飼と三人で食べる料理は鶏のからあげやハンバーグ、オムレツ、パスタ、カレー、シチューなどの洋食が大半を占めていた。自宅で料理をほとんどしない田井島にとって、よそへ遊びに行って食べる家庭料理ほどありがたいものはない。
「昼から豪華ですね〜。柚木さん、料理も上手なんですね」
「ありがとう。まあ、これでも家庭に落ち着こうと、必死になって料理を覚えた時期もあったからね。さあ、頂きましょう!」
「頂きます!」




