最愛の人から一番聞きたくない言葉②
「私、決めたの…。花上のそばにいて、あいつが二度と無茶をしないように、守ってあげることにした…。もしかしたら、これまでみたいに、もう三人で仲良くできないかもしれないけど…。田井島なら、分かってくれるよね?」
「分かった…」
残酷過ぎる問いかけを否定できるなら、喜んで否定する。しかし、否定したところで、何の意味がある? 鳥飼の決心を砕く言葉を、今さら見つけられるはずもない。そしたら、答えは一つしかない。
「もし、二人が付き合う事になっても、俺はこれまでと変わること無く、これまで通り、花上と鳥飼と接していくよ…」
精一杯の強がりだった。笑顔でいるように努めていたけど、きっと顔は引きつっていただろう。いや、今にも泣き出しそうな顔をしていたに違いない。心の中では、堪えきれずに既に涙があふれている。小さな心はすぐに涙で満たされる。このまま、涙の海で溺れ死ねたら、どんなによかったことか…。
もし、あの時、花上が三十歳になってから、車にひかれそうな子どもを助けるため、命を捨てて助けると分かっていたら…。あの日、全てが壊れたとしても、自分の思いを伝えるべきだったと…田井島は今さらながらに後悔していた。今さら、そんなことを考えても仕方ないのに…。
それにしても、このような結末になったと言うことは、花上春樹は学生の頃から全く成長していなかったと言うことか? あの頃と違って、鳥飼と結婚して、子どももいたというのに…。
結局、十年前の鳥飼のグーパンチは花上の胸まで届いていなかった。あいつは誰にも断ること無く、勝手にこの世界からい無くなったのだから…。
花上の幸せは、鳥飼の幸せだった。鳥飼の幸せは、田井島の幸せだった。だからこそ、田井島は二人の幸せを見守る道を選んだ。それがいばらの道だとしても…。例え、自分で愛する人を直接幸せにでき無くても、親友の手で愛する人が幸せになるなら、それでいい。いつしか、そう思えるようになっていた。
二人が結婚してからも、何かと理由をつけては、二人の家によく遊びに行った。こんな幸せがずっと続くと思っていたのに…。
しかし、そもそもの前提が間違っていたことにようやく気付いた。幸せな日々はずっと続いて、不幸なことは百年経ってもやってこないと言う考えが、都合のいい思考停止を引き起こしていたのだ。
人は誰もが、明日は今日よりもさらに幸せになることを期待して、百年経ってもやって来ない幸福な夢に依存して生きている。
そして、今まさに目の前に迫っている不幸に対しては、恐ろしいほど鈍感で、悪いことは永久未来やって来ないと高をくくっている。その結果がこれだ。
田井島はもう二度と、根拠も無く未来を楽観視しない。どんなに苦しくても、ありのままの現実を直視することを堅く誓う。また、安っぽい幸せのために、安易に他人へ依存せず、自分の幸せは自分の力でつかみ取ることに決めた。そう思わないと、親友の突然過ぎる死が無駄になりそうで怖い。
まずは、花上と鳥飼から独立することから始めよう。田井島正行はようやくたどり着いた家の前で、軽く両頬を両手で挟み込むように叩いてから、体中に勢いよく清め塩をまいた。