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いばらき観音

作者: 猫山つつじ

「たとえ観音様の念力でも、どうにもなるまいな」

 敵の軍勢に追い詰められた殿様は言いました。

 行く手には、うっそうとした森に包まれた大きな山が立ちふさがっています。

 道はありますが、山頂に続く一本道で、逃げていってもやがて追い詰められてしまいます。

 深い森の中には多くの狼が潜んでおり、逃げ込んでも餌食にされてしまうか、いずれ落武者狩りに遭うだけでしょう。


 殿様は、ある国を治めていました。 

やさしい名君との評判で、国は栄え、人々は幸せに暮らしていました。

 殿様は人だけでなく動物にもやさしくて、病気や怪我をした犬や猫を見かけると、自分で手当てをしてあげるほどでした。

 御先祖様が外国の偉い僧侶からもらったという、金箔の貼られた手のひらくらいの小さな観音様を大事にして、日々人々やあらゆる生き物の幸せをお祈りしていました。


 あるとき、仲良くしている隣の国から、敵に攻められているので助けてほしいという使者が来ました。

 殿様はさっそく、援軍を出すことに決めました。

 一番の知恵者の家来は殿様に言いました。

「これは、我が国を狙う何者かのわなかもしれません。偽の使者でないか、よく調べてからにされるべきかと存じます」

 なぜなら、隙があれば豊かなこの国を奪おうとする国は、たくさんあったからです。

 でも、それに対して殿様は言いました。

「城が落ちそうだと言ってきておる。困っている者を、どうして見殺しにできようか。調べてからなどと言っていては、間に合わないではないか」

 そうして、殿様は隣の国に援軍を送ることに決めました。

 でも結局、家来の言ったことのほうが正しくて、援軍を出して自分の国が手薄になったところに、敵の軍勢に不意打ちされたのです。

 殿様は、懐に大事な観音様を忍ばせて、わずかな手勢とともに辛くも城から逃げ出しました。


 山のふもとの一本道で殿様が途方にくれていると、不意に傍らで声がしました。

「ずいぶんお困りのようですね」

 見ると、大きな亀に乗り、うっすらと青白い光に包まれた童子が、殿様を見つめています。

 童子は山頂に続く一本道を指差しました。

「この道を行くのです」

「しかし、この道は行き止まりだぞ」

「ほかに道はありません。この道を進むのです。私から離れてはいけませんよ」

 童子はとがった耳をしていて、けもののようなひげも生やしています。

 物の怪のたぐいではないかと恐ろしく思いましたが、殿様はわらにもすがる思いで童子の言うとおりに山道を登り始めました。

 離れてはいけないと言われたので、亀に乗った童子といっしょに、登っていきました。

 でも、亀があまりにも遅いので、敵はすぐに追いついてきて、矢を射かけてきました。


「もはや、戦うしかありませんね」

 そう言うと、童子は突然猫の姿に変わりました。

「私の母は、病気で倒れているところをあなたに助けていただいたのです」

 そのようなことがあったような気もしますが、はっきりとは覚えていません。でも、記憶をたどっているひまはありません。

 猫は続けました。

「今こそ、ご恩返しいたしましょう」

 猫は自分の毛をありったけむしりとると、ふうっと、息を吹きかけました。

 すると猫の毛の一本一本は、それぞれが同じ猫の姿になって走り出し、坂を駆け下って何千何万の数で敵の兵たちに飛びかかりました。

 兵たちにとりつくやいなや、猫はいばらの木になって、とげだらけのつるで兵たちを絡めとりました。

「痛い、痛い。これはかなわん」

 これを見ていた敵の大将は、なんとかいばらのつるから逃れた兵をまとめると、大慌てで逃げ帰っていきました。

 あまりの不思議な出来事に、夢かうつつか区別もつかない思いの殿様でしたが、ふと我に帰ると、猫と童子を乗せていた亀とは、いつの間にか姿を消していました。


 殿様は、一番の知恵者の家来に尋ねました。

「これは一体、どうしたことなのであろうか」

 家来は答えました。

「このようなことは、いかなる書物でも読んだことはございません。しかし、観音様は三十三の姿になってあらゆる生き物をお救い下さるとか。もしや殿様の日頃のご信心に感じ入った観音様が、自ら変化(へんげ)してお助け下さったのではありますまいか」

 そこで殿様が懐から取り出して見てみると、はたして観音様の金箔は、ほとんどはがれ落ちてなくなっていました。

「やはりあの童子と猫は観音様であったのだな」


 やがて国を立て直した殿様は、山のふもとに観音堂を建て、とがった耳に猫のようなひげのある童子の姿の観音様をまつりました。

 殿様が自分を守ってくれたいばらの木をたくさん植えたので、いつしか人々に、いばらき観音と呼ばれるようになりました。


 時は流れて、それよりずっと後の戦乱で、観音堂は焼けてしまったようです。

 いばらがたくさん生えているとか、地名が似ているということで、観音堂のあった所としていくつかの場所が名乗りをあげています。でも、どこにあったのか、今となってははっきりとわかりません。

 観音様は三十三の姿になって、どこにでも現れるといいます。なので、どこにあってもいいし、いろんな所にあってもいいのかもしれません。

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