2.ブリューゲル 2-1 フランドルの冬の日
そうだ、ブリューゲルだ。
突然、僕の目には、いつか見たブリューゲルの大画面が、二重写しになっていた。
その絵は、暗いフランドルの町の広場に、夥しい人がうごめいている絵だった。
この地方独特の、階段状の切妻屋根の、どちらかといえば粗末な石造りの建物が、画面の手前から極端な遠近法で並び、その奥には小さな教会も見える。右の方には、さらに先のほうまで続いて行く道が見えて、その向こうには橋があって、その先はもう町外れで、おそらく牧場か麦畑でも広がっているのだろうが、そこまでは見えない。
すっかり葉の落ちた木が、遠くの方に何本か、力なく立っている。そのあたりには、大きめの立派な建物があるようであるが、それが何なのかは分からない。
空は、ほとんどその画面には描かれていない。左上の隅に、ほんの少し、それらしい空間が認められるだけだ。それでも、建物の色合い、地面の様子から察すれば、それは、厚い雲に覆われた晩秋か初冬の日で、午後の、夕方と呼ぶにはもうすこし間がある時間であることは分かる。そうして、もうここ何日も太陽が顔を出したことはなく、その日も、もうしばらくすれば、雨か雪か、いや、ひょっとしたら雹が降り出しそうな、そんな気配が感じられる。
要するに、そこは、行ってみたくなるような、のんびりと散歩をしたり、立ち止まって誰かとおしゃべりをしてみたくなるような世界とはお世辞にも言えない、どちらかと言えば、さっさとうちに帰って暖炉を暖かく燃やし、ときおりカーテンの隙間から垣間見れば十分な、そんな寒々とした小さな町の広場であった。もし僕がそこにいたら、回りには目もくれずに、コートの襟を立てて足早に家路に急ぐだろう。
ところが、どうしたことか、そこには、ぎっしりと、ちょっと数え切れないくらい沢山の人々がいた。
それも、一体何をしているのかよく分からない。
いや、もちろんその中の一人一人をみれば、それぞれに何かしらのことはしている者もいる。
取っ組み合いの喧嘩をしている男たち、座り込んで口を開け居眠りをしている男、立ち小便をしている男、博打に興じている男、それを見ている女、その女の財布かなんかを掏りとろうとしている男、とてつもなく長い棒を振り回している男、広場の真ん中に座り込む女、何やらわめきながら走っている女、地面に大の字になってひっくりかえり大きな口を開けている男、腹を突き出して踊っている男、追い掛けて行く女、鍋の中身を地面にぶちまけている女、笑う男、泣く女………