6 再び、ブリューゲル 6-1 花嫁と花婿
そうだ、ブリューゲルだった。
その絵は、農家の納屋で行われている結婚式というか、披露宴の食事会だ。画面の右手前から左奥に向かってテーブルがあって、大勢の農民たちが席について勝手に飲み食いしている。手前には、スープを板にのせて配って歩いている二人の男や、葡萄酒を壺に注いでいる男、それに、バグパイプを演奏している男達がいる。そうして、左奥の入り口には、おそらくこの家の花嫁を一目見ようというのだろう、近所の連中が大勢つめかけて、何やらわめき合う声まで聞こえてきそうだ。
花嫁こそ一応それらしい場所に座らされて、何やらすましてはいるが、要はそれをネタに皆が集まって宴会をしているという感じだ。
ところが、この絵の一番不可思議なところは、花婿がいない、ということだ。
いや、どこかにはいるのかもしれない、それらしき男を何人か挙げることは出来なくはないのだが、それでも決め手がない。
およそ婚礼の場を描いて花婿をそれと特定できないのであれば、常識的にいえばその絵は失敗であるはずだ。にもかかわらず、この絵が紛れもなく「結婚式」の絵であって、しかもその雰囲気を見事に伝えているというのは、一体どういうわけだろう。
おそらく花婿は、宴会の最初こそ花嫁とならんで挨拶くらいしたかもしれないが、それが終わるとあとは、料理が段取りよくできてきているか、酒が切れているところはないか、村の顔役は来てくれているかなどと気を使いながら忙しく出たり入ったりして、その間には、悪友や物見高い近所のおやじなんかにひやかされるのを曖昧に受け流したりしているのであろう。
そして、そういう花婿の方が、金屏風の前で前途有望などといわれて作る表情に戸惑っているどこかの国の新郎よりも、よほどもっともらしいというか、つまり、生活の匂いを感じさせるために、一度見たら忘れられない絵になってしまうのかもしれない。